カテゴリ:


「もうすぐ受験なので頭をスッキリさせて勉強したいからコンサータを処方してください!」

あるいは

「とあるクリニックで、受験生だからコンサータを飲んでおきなさいとすすめられたけど、どうなんですか?」

という理由でクリニックに来るひとが増えています。

また、とある開業医は、

「とりあえずADHDっぽかったらコンサータ出しとけばええやろ。発達障害は治らんし、コンサータはやめられへんから、手っ取り早くリピーターになるで!」

と、非公式の場で主張したりしています。

コンサータは覚醒剤の親戚みたいな薬なので、たしかに集中力を高める作用があります。なので、ADHDの治療目的だけではなく、能力を向上させる/エンハンスメント目的で使用される場合があるようです。

また、コンサータは若干の依存性があるので、カンタンに処方できないよう登録制になっていて厳格に管理されています。とはいえ、ちょっとした事務手続きをふめば、どんな医師でも処方できる仕組みだったりするのであまり意味はなかったりします。


実際のところ、コンサータの効果はどうなのか?

ぼくは基本的には、比較的重症のADHDをもつ小児の患者さんに限定してコンサータを処方しています。なので、成人にエンハンスメント目的で使用した経験は乏しいのですが、伝え聞くところによると、コンサータを服薬することで集中力が研ぎ澄まされて試験に合格しました、だとか、集中する課題があるときだけコンサータを使用してのりきるひとがけっこういるようです。

たとえば、創作活動のときだけ使用する画家とか、手術のときだけ使用する外科医とか、いるみたいですが、はたしてそんなうまい話があるのでしょうか?

ADHD症状とクリエイティビティのトレードオフについては以前少しまとめました。小児の重症例については有効だとは思う反面、エンハンスメント目的にコンサータを利用するを手放しで歓迎することには、今のところ少し慎重になったほうがいいと考えています。



苦役を緩和するためのクスリ

もともと覚醒剤は、終戦後に大量の備蓄が市中に流出したことからわかるように、戦時中には大量生産されていました。労働や兵役のつらさを緩和する目的で広く使用されていたわけです。つまり、ムリしてパフォーマンスを上げるために用いられてきた歴史があります。



また、主に使用されるのは前線の兵士や工場労働者たち、あるいは夜なべで内職する主婦たちなど、目の前にあるしんどいタスクを忠実にこなすことを課せられたひとたちだったようです。

なので、野山をかけめぐるように教室内を動きまわるADHDをもつ子どもをつかまえて、ほとんど興味のない授業に集中させるためには有用な薬なのかもしれません。

逆に、俯瞰的にものごとを眺めて、必要に応じて細部に気を配ることには不向きであるように思えます。たとえば、画家が細部のデッサンに集中しつつ遠目で全体像のバランスをみて軌道修正する場合だとか、外科医が細部の手技に集中しつつ患者さんの全身状態をマネージメントする場合とか、柔軟な発想だとかクリエイティビティを要する仕事には向いていない可能性があります。

コンサータをうまいこと使って業績を残したひとっているのでしょうか?あまり聞いたことがないので、いたら教えてほしいです。


明るい展望があれば刹那的な薬物使用は必要ない

また、コンサータを利用することによって過剰な集中を維持すれば、12時間後にはそれまでごまかしていた疲労が一挙に押し寄せてきます。また、クスリをもらうために定期的にクリニックと薬局に通ってお金と時間を使わないといけなくなります。

これはちょうど、クレジットカードでリボ払いしているようなもので、コンサータを服用している数時間はパフォーマンスが向上してメリットがあるのでしょうが、あとあと高い利子を支払い続けないといけなくなる構図に似ているように思うわけです。

長期的な将来に対して明るい展望をもてないひとほど、刹那的な瞬間を楽しむために浪費をしてしまう傾向があることが知られています。エンハンスメントにもそのような側面があることには留意する必要があるでしょう。

どうしても苦しい状況に対する応急処置として薬物使用が必要だったとしても、治療の目標は短期的なパフォーマンスの向上ではなく、長期的に明るい展望がもてるような見通しを立てていくことだからです。

よくあるのは、うつ病で将来を悲観したり自己評価が低下したひとが、一発逆転するためにエンハンスメントを希望するパターンです。このようなケースは、うつ病の治療によって症状が改善すればエンハンスメントが必要なくなることが多かったりします。


最大の問題は「自己効力感の低下」

最近は、担任教師から授業に集中できないのでコンサータをもらってくるように言われたので来ました、というケースがあったりして、とてもディストピア感があります。

エンハンスメントが問題であると考える最大の理由は、使用している本人の自己効力感(自分はうまくやれるという感覚)が下がってしまうことです。「コンサータのおかげで〇〇できるようになりました」という話は裏を返せば「コンサータを飲まないと〇〇できないダメなひと」と言われているようなものです。

なので、コンサータを使用して効果があった場合は、コンサータをほめるのではなくて、本人の手柄であることを強調する必要があります。「ほめるためのクスリ」として利用することが大切です。

とある有名な児童精神科医にかかっている親子のことを今でもよく思い出します。「〇〇先生にコンサータを処方していただいたおかげで、うちの子は救われました!」と嬉しそうに主張する母親のギラついた目つきと、その横にいる子どものさみしそうな表情がとても印象に残っています。母親は〇〇先生とコンサータにほれこんでいるけれど、喜んで感謝すべきは医師でも薬物でもなく「子どもの成長」であることを忘れないでほしいと思う今日このごろです。