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前回は心理社会的資源は見えにくいがゆえにサポートされにくい、という話をしました。


今回は、心理社会的資源が欠乏している「メンタルヘルスが悪化して孤立しているひと」はかわいそうだからサポートしてあげなくっちゃ!ってことなんですが、ここには大きな落とし穴がポッカリあいている、という話をまとめていきます。

心理社会的サポートは無力感を高める

「排斥と受容の行動科学」という書籍に興味深い実験が紹介されています。

排斥と受容の行動科学―社会と心が作り出す孤立 (セレクション社会心理学 25)




ニューヨークの大学生を対象として、人前でスピーチをするためのアドバイスを受けた後の心理状態がどう変化したかを調べる実験です。

サポートは無力感を高める

「〇〇したらいいよ」と、あからさまでわかりやすいストレートなサポートを受けたひとは無力感にさいなまれて大きな心理的苦痛を感じていました。なんとサポートが無いひとよりも心理状態が悪化したのです。

一方、「あなたは問題ないけど、〇〇するというやり方が良いみたいだよ」という、すこしわかりにくい間接的なサポートを受けたひとはあまり無力感にさいなまれることはありませんでしたが、サポートを受けないひとと大差のない心理状態のままでした。

いわゆる「わかりやすい・あからさまなサポート」はマウンティングみたいなもので、サポートを受ける側の無力感を高めてしまうようです。

そして、サポートを受ける前よりも心理状態が改善したのは、「あなたには問題はないけど、わたしには〇〇するというやり方が必要かもしれません」という遠回しでまわりくどくてめちゃくちゃ間接的なサポートを受けたときでした。自分を下げて相手を上げる、みたいな手法ですね。

ところが問題は、この手法をとることでサポートを受けたひとの心理状態は改善したものの、逆にサポートする側のひとが無力感にさいなまれて心理状態が悪化してしまったのです。


自尊心のトレードオフ

本当に誠実な対人援助職のひとはパッとしない影のある不幸そうなひとが多いという話をしましたが、それが実証されているみたいです。


実際、精神科クリニックには対人援助職のひとがたくさん受診されています。なにかしら心にスキマを抱えているひとが多いのかもしれません。

ひねくれた見方ですが、本来はとても過酷な仕事であるにもかかわらず心理カウンセラーなどの対人援助職がしばしば人気になりがちなのは、サポートが必要なひとにマウンティングすることで手っ取り早く自尊心を高めたいという欲求があるからかもしれません。

これは、SNSで尊敬を集めるキラキラしたひとの姿を目にすることで自分の自尊心が低下してメンタルヘルスが悪化してしまうことや、世間から非難されて尊敬を失ったひとを寄ってたかって攻撃して炎上させることで自分の自尊心を少しでも回復させようとする行為に通じるかもしれません。「ひとの不幸は蜜の味」ということでしょうか。

そうすると、自尊心にはトレードオフがあって、自尊心の総量というパイはあらかじめ決まっていて、それをどのように配分していくかの問題のように見えてきます。


支援者を支援すること

実際に、患者さんを直接サポートするよりも、患者さんの支援者をサポートすることで、結果的に患者さんが回復することは臨床現場ではめずらしくありません。

わかりやすい例でいうと、子どものメンタルヘルスの問題が起こったときに、まず最前線でがんばっている母親に負担が集中して疲弊していきます。そうすると、余裕のなくなった母親が感情的になって子どもに対して押しつけがましいサポートを繰り返すようになるので、ますます状況が悪化してしまう悪循環が生じてしまいます。

こんなとき、父親が母親と一緒になって子どもに対して感情的になってしまうと、もう目も当てられない悲惨な状況になりがちです。

なので、父親は子どもから一歩距離をとって、母親をサポートする側にまわってバックアップに徹することで、母親に心理的余裕が生じて状況が好転することが多かったりします。父親は思春期の子どもにはたいして役に立たないと思われがちですが、意外と鍵を握っている存在のようです。

というわけで、情熱的に手厚くサポートされているのになぜか状況が全然改善しないケースは、サポートをする側のひとをサポートするところから始めてみる必要があると思う今日この頃です。