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「欠乏による知能低下」と「明るい展望」


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前回は、マシュマロ・テストにはリソースの欠乏が大きく影響していた、という話でした。


今回は、リソースの「欠乏」による影響と、その対策として「明るい展望」が重要であるということをまとめてみました。


科学的に実証された「貧すれば鈍する」

いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学 (早川書房)
センディル ムッライナタン エルダー シャフィール
2015-07-31

ハーバード大学経済学部教授とプリンストン大学心理学部教授の共著によると、ことわざ「貧すれば鈍する」が実証研究によって証明されたようです。

ちまたでは「頭が悪いと貧乏になる」と思っているひとは多い反面、「貧乏になると頭が悪くなる」ということはあまり指摘されていません。

たとえば、お金に余裕があるときとないときでは、同じひとでも知能検査の結果がまったく違うという興味深い結果が示されています。お金に余裕がないと知能指数IQが10くらい下がってしまうみたいです。

これは、知能が平均より少しだけ低いひとが、軽い知的障害と診断されてしまうくらい明確な落差だったりします。


「欠乏」は現在バイアスを強化する

たとえばこのような「欠乏」状況
  • お金がない
  • 時間がない
  • お腹が空いている
  • 体調が悪い
  • 睡眠不足
  • トイレにいきたい
  • 理解者がそばにいない
こんなときはたいてい良い仕事ができませんし、ろくなことが起こりません。なにかと「欠乏」している状況では、目先のことにとらわれてしまって長期的な計画が立てられなくなるし、あせって余計なことをやってしまうし、うっかりミスをしてしまうし、一発逆転をねらってムチャをしたり、悪いひとにだまされたりしやすくなるでしょう。

これは、以前説明した「現在バイアス」が高まっている状態だと言えるでしょう。


逆に、体調・お金・時間・人間関係などに余裕があるときは、とても良い仕事ができたりします。

自分の経験に照らし合わせてみても、いつも「時間がない」とあせっているひとで仕事ができるひとに出会ったことがありませんし、仕事ができるひとはだいたい余裕かましているひとが多かったりします。

精神科の治療において、とくにお金・時間・人間関係はとても重要で、これらが欠乏している患者さんは、いくら薬を飲んでも、精神療法をやっても、改善することは非常に困難です。逆に、生活習慣を整えて、経済的にも安定して、近くに理解者がいる状況になれば、めちゃくちゃ治療がはかどります。


お金を「処方」すれば「うつ」は改善する?

ここで興味深い研究を紹介します。うつ病や不安症などの患者さんに毎月500SEK/約8000円を9ヶ月間「投与」すると精神症状が緩和されて、人間関係が良好になって、生活の質が向上したというスウェーデンの研究です。さすがにお金で病気が治ったわけではないものの、改善の助けにはなったようです。

Money and Mental Illness_A Study of the Relationship Between Poverty and Serious Psychological Problems


これに関連して「治験」の話をしましょう。新しい薬の効果を確認するために行われる「治験」に参加すると協力金がもらえます。たとえば、うつ病の治験に参加すると、診察を受けるたびにそこそこのお金がもらえます。しかも、治験の担当者がついてくれて、あれこれうつ病に関する情報を教えてくれるし、なにかと世話を焼いてくれたりします。

うつ病の薬は近年開発するのがとても難しくなっているようですが、その要因のひとつとして「プラセボ」に勝てなくなっているという事情があります。プラセボとは、形だけホンモノっぽいニセのクスリ(ブドウ糖など)のことです。

これは、とある抗うつ薬vsプラセボの比較で、下方へいくほどうつ病の症状が改善していることを示すわけですが、プラセボがめちゃくちゃ健闘していて抗うつ薬はかろうじて勝っているようにみえます。
プラセボ強い
新薬として承認されるためには、プラセボよりも明確に症状改善効果がないといけませんが、治験参加者は「お金」をたくさんもらっているので、プラセボでもかなり改善してしまっているんじゃないかと個人的には感じています。

重症のうつ病であれば、お金よりもクスリのほうが効果があるのでしょうが、正常と線引きがびみょうな軽症のうつ病であれば、クスリよりもお金のほうが改善効果が高いのかもしれません。

医療福祉の領域では、とかくどのクスリを使っているかとか患者さんの「良き理解者」になることが優先されがちですが、お金や時間、生活習慣などの健康面などの基礎的なことの重要性はもっと強調されてよいと常々感じております。


「明るい展望」を処方する

とはいえ、医師は患者さんに対してお金や時間をあげることはできません。できるとしたら「明るい展望」を提供することでしょう。明るい展望をもつことができれは、目の前の欠乏にふりまわされにくくなります。

ただただ根拠なく明るい展望を語っても単なる能天気だったり、うさん臭い宗教家みたいになっちゃうので、現状をアセスメントした上で正確に診断し、今後の治療方針と見通しをできるだけわかりやすく説明することが必要です。

最近とくに目立つのは、発達障害の診断や治療を希望するひとのなかに、深刻な欠乏状況のひとが多いことです。学校の成績が下がって留年しそう・会社をクビになりそう・妻から離婚を切り出されている、などなど。とにかくめちゃくちゃあせってしまって発達検査やクスリを熱望していて、それによって現在の困難な状況が一発逆転すると思い込んでいるひとが多かったりします。

ちなみに、発達障害の治療において、発達検査は診断のための情報のごくごく一部であるし、薬物療法も補助的なものだったりするので、発達検査やクスリで一発逆転する可能性はほとんどありません。そもそも、発達障害以外の要因がからんでいる可能性も高かったりします。

発達検査やクスリよりも効果的な「明るい展望」を提供できるように精進したいと思う今日このごろです。

ADHDに足りないのは自制心?マシュマロ・テストから考えてみる


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前回は、ADHDの特性は行動経済学の現在バイアスで説明できる、という話でした。


今回は、現在バイアスに関する有名な実験である『マシュマロ・テスト』の結果をふまえつつ、ADHDの特性をもっているひとに足りないとされている『自制心/セルフコントロール能力』について考えてみたいと思います。


マシュマロ・テスト



1960年代後半に行われた心理学の実験で186人が被験者として参加しました。

4歳の子どもを部屋でひとりにさせて、目の前においしそうなマシュマロをひとつ置いておきます。食べたくなったらベルを鳴らしなさい、でも15分間ガマンできたらマシュマロをもうひとつあげますよ、という設定です。

で、マシュマロをガマンできた子どもには自制心があるだろうと考えられました。結果、マシュマロ・テストに合格した子どもは成績優秀で社会的に成功する確率が高かったのです。また、気が散りにくく、取り乱さず、肥満指数が低く、自尊心が高く、目標を効果的に追求し、ストレスにうまく対処できるようになった確率が高かったそうです。

つまり、「自制心は社会的成功に関連している」という説が導かれました。

目先の誘惑にふりまわされる「現在バイアス」を克服することができれば、将来の目標に向かって計画的に努力することができるので、まあけっこう説得力があるというか当たり前なことのように思えます。

で、重要なのはここからです。


マシュマロ・テスト再現実験の残酷な結果

近年、被験者を900人以上に増やしてマシュマロ・テストの再現実験が行われ、2018年に結果が発表されました。

Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes

それよると、マシュマロ・テストの再現は限定的ということで否定されました。さらに、身も蓋もない残酷な結論が発表されました。

マシュマロ・テストに合格する自制心が強い子どもが社会的に成功しやすいことは証明されたものの、マシュマロ・テストに合格するかどうかは「親の経済力」の影響が大きかったのです。

つまり、裕福な家庭の子どもは社会的に成功しやすいよ、という身もふたもない話です。
  • マシュマロ・テスト合格=自制心がある子▶将来成功しやすい
ではなくて、
  • 裕福な家庭の子ども▶マシュマロ・テスト合格
  • 裕福な家庭の子ども▶将来成功しやすい
だったわけです。


相関関係と因果関係の混同

これはよくある相関関係と因果関係の混同です。
因果関係と相関関係の混同マシュマロ・テストの闇
マシュマロ・テスト合格と将来の成功は因果関係ではなくて相関関係です。相関関係はしばしば因果関係であると誤解されます。

たとえば、育毛剤をつかうと逆にハゲる、とか。ハゲる遺伝子をもっているひとは育毛剤を使う確率が高いし、ハゲる確率も高いわけです。
因果関係と相関関係の混同育毛剤を使うとハゲる
その他にも、高価なサイフをもてばお金をかせぐことができる、とか、朝食を食べれば成績が上がるとか、ふたつの因果関係をひとつの相関関係であると誤解する例は枚挙にいとまがありません。


そもそもマシュマロ・テストで自制心を測定できるのか?

加えて、よくよく考えてみると「マシュマロ・テストに合格する子どもは自制心がある」という前提自体がかなり微妙です。

というのも、裕福な家庭では「ガマンすればマシュマロをもうひとつもらえる」という約束が果たされる可能性が高くなるでしょうが、貧しい家庭ではそのような約束が破られる可能性が高くなるからです。

そのような初期設定の違いによってその後の行動は大きく影響を受けます。

つまり、貧しい家庭では「食べられるときに食べておく」ことは戦略として正しいわけです。この判断において、自制心があるかないかは関係ありません。

たとえば、「お菓子をガマンできたら、あとでもうひとつあげるよ」と約束していたのにもかかわらず裏切られてお菓子をもらえなかった苦い経験が一度でもある子どもは、もう二度とそのような約束を守ることはなくなって、即座にマシュマロを食べるようになるでしょう。

そこには、現在バイアスによる判断はあっても「自制心」は関係ありません。最初からガマンする気なんてさらさらないのですから。

また、マシュマロ・テストに合格した子どもは、目の前のマシュマロから注意をそらして空想遊びなどに没頭できる子が多かったようです。このような注意を切り替えるテクニックは自制心とは別の能力であるといえるでしょう。

フォーカス (日本経済新聞出版)
ダニエル・ゴールマン
2018-01-31



では、マシュマロ・テストに不合格した子どもにインタビューしてみましょう。
  • Q「残念!やっぱりガマンできなかったのかな?」
  • A「は?なんでガマンせなあかんの?死ぬの?後でもらえる保証なんてねーからとりあえず食うだろ。」

一方、マシュマロ・テストに合格した子どもにインタビューしてみましょう。
  • Q「すごーい!ガマンできてエライねー!どうやってガマンしたの?」
  • A「バカなの?たった15分でもう1個やで?とりあえずもらうやろ?ヒマつぶしでもしときゃええやん。」

というわけで、どちらとも自制心とは関係なしに行動しているようです。

このように、マシュマロ・テストにおける意思決定は、自制心が関与する手前で、現在バイアス=時間割引率の違いによって決断されているといえるでしょう。



そして、現在バイアスが働いて時間割引率が小さくなるのは、両親の経済力など「あらかじめ与えられているリソース」によって強く影響を受けるわけです。


意思決定は「あらかじめ与えられているリソース」次第

お金・時間・信頼関係などの資源/リソースが欠乏していて、いつ破綻するかわからない・いつ危機がやってくるかもしれない・他人を信用できない・生き馬の目を抜くような殺伐とした世界・たとえばサバンナやスラム街で生きているひとたちにとって、自制心をもってごほうびをおあずけされたまま、のんびりかまえていることは命とりになるでしょう。現在バイアスによって素早く決断することが有利な状況だからです。

そのような環境に長期間身をおくことで現在バイアスによる「素早い決断能力」は研ぎ澄まされていきます。それに特化した能力を身につけることは、過酷な環境で生き延びることに適している反面、厳しい状況から一発逆転をねらって衝動に流されたり、現実的な苦痛を忘れるためにつかのまの快楽におぼれやすくなったりするようになるでしょう。

つまり、衝動的な行動、肥満や依存症、多重債務などに関連してしまいます。これはまさにADHDの二次障害そのものです。

つまり、マシュマロ・テストに合格するかどうか、将来成功するかどうか、ADHDの二次障害が生じるかどうかを左右するのは、生まれながらの特性としての自制心ではなくて「あらかじめ与えられているリソース次第」である、といっても過言ではなさそうです。

というわけで次回は、「リソースの欠乏」が意思決定に与える影響について、まとめていこうと思います。


ADHDと現在バイアス


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前回はADHDの特性を考えるうえで行動経済学は便利なツールになるよ、という話をしました。なかでも、現在バイアスはADHDの特性そのものなので、まとめてみました。


現在バイアスというADHDの特性

たとえば、
  • A:今すぐ10万円あげる 
  • B:10日後10万300円あげる
という選択肢と、
  • C:1年後10万円あげる
  • D:1年10日後10万300円あげる
という選択肢があるとします。

すると、ほとんどのひとは、AとDを選びます。

10日間で300円という金利は300×(365/10)/100,000=11%。年11%という超高金利なので、選択しない理由はありません。なので、合理的に考えるとBとDを選択するべきなのです。

しかしながら、ひとはとても不合理なので『いま・ここ』に飛びついてAを選択し、『いま・ここ』でなければ10日間くらい待つよ、ということでDを選択してしまいます。

つまりひとは『いま・ここ』という『現在』を過大評価してしまうクセ/現在バイアスがあるようです。これはADHDのひとにとってより顕著です。

説明としては、ひとは安全が確保される文明を得ることになったのは歴史的にはつい最近のことで、とても長いあいだ安全が確保されない不確定要素の大きいサバンナ状況で生活していたので、すぐに利益を確定しなければ生き残ることができなかった、とされています。

ちなみに、ADHDの行動特性は狩猟採集社会に適合している説があったりします。

ADD/ADHDという才能
トム・ハートマン
2003-07-01



現在バイアスへの対策 ≒ ADHDへの対策

行動経済学では現在バイアスへの対策が提示されていたりしますが、これはそのままADHDへの対策に使えそうです。

たとえば、
  • 目の前の報酬 VS 将来目標の報酬を比較して可視化する
  • 目の前の報酬をなるべく遠ざけておく
  • 目標を宣言する/コミットメント
  • 目標を分割/スモールステップ + ご褒美 の設定
  • 進捗状況のレコーディング
  • 行動を習慣化する
よくあるADHDの対処法そのまんまですね。というか、誰しも現在バイアスによって不合理な行動をとってしまいがちなので、ぼく自身も活用していたりします。

では、損失についてはどうでしょう?


すぐに損するのはイヤだけど、将来損するのはどうでもいい

一方で、1ヶ月後に1万円もらうのと1ヶ月後に1万円失う場合では、失う1万円のほうがもらう1万円よりも『いま・ここ』の時点で大きく感じられます。

報酬は『いま・ここ』の価値が高くて、時間がたつとだんだん価値が割引きされます(時間割引)が、損失は時間がたっても割引きされにくかったりします。すぐに1万円を失うのも、1ヶ月後に1万円を失うのも、同じように痛いわけです。報酬は今すぐほしいけど、損失は『いま・ここ』だろうが将来であろうが避けたいものです。

経済学では、このように報酬と損失の時間割引きが異なることを『符号効果』と呼んでいます。健常者ではこの符号効果がみられますが、ADHDをもつひとは符号効果がみられにくいという研究があります。
ADHD符号効果
田中沙織:意思決定における報酬と損失の異質性とその脳基盤.2019

行動経済学は脳科学とコラボレーションしておもしろい研究やってるみたいで、とても興味深いところです。

次回は、現在バイアスに関する有名な実験である「マシュマロ・テスト」についてまとめていきます。


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