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心理社会的資源を「見える化」する


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前回は、お金の欠乏が知能やメンタルヘルスにおよぼす影響についてとりあげました。今回は、お金だけでなく人間関係の欠乏についてまとめていきます。人間関係の欠乏、つまり孤独についてです。


心理社会的資源を「見える化」する

以前、ひきこもりに関する記事で「孤独による健康被害」を説明しました。


孤独な状況が長期化すると、心身ともに悪影響をおよぼすことが知られていますが、孤独でも全然平気なひともいたりするので、これは個人差が大きいことも知られています。なので、もっと総合的に考える必要がありそうです。

排斥と受容の行動科学―社会と心が作り出す孤立 (セレクション社会心理学 25)




社会心理学では、個人的な資質と人間関係や他者からのサポートなどを総合して「心理社会的資源」と呼んで、量的に把握しようとする試みがなされています。

お金の欠乏は一目瞭然なので手当てしなければならないことがわかりやすいのですが、個人の資質や人間関係は目に見えないものなので測定できません。なので主観的で経験的な精神論や根性論がまかり通ったりして軽んじられやすかったりします。

心理社会的資源もお金つまり金融資産と同じように有限かつ計測可能な資源であり、量的に把握していくという視点は精神科的サポートを行う上で極めて重要です。


幸福の条件とは?

そこで参考になるのは、以下の書籍です。著者の橘玲氏は、幸福の条件として3つの資本/資産を想定し、それを「幸福のインフラ」と呼んでいます。

幸福の「資本」論――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」
橘 玲
2017-06-16


  1. 金融資本 お金や不動産 満たされれば自由になれる
  2. 人的資本 健康や才能  満たされれば自己実現できる
  3. 社会資本 人脈や評判  満たされれば居場所や絆を得られる
つまり、心理社会的資源=人的資本+社会資本です。

幸福は主観的なものなのでなかなか定義づけしにくいものではありますが、この3つがまるでインフラのように幸福を基礎づけていることに関してはわりと普遍性があると思われます。

たとえば、アダム・スミスは幸福の条件を以下のように定義していますが、それぞれ上記の3条件に対応しています。
健康で、負債がなく、良心にやましいところのない人

道徳感情論 (講談社学術文庫)
アダム・スミス
講談社
2013-07-26


つまり、負債がない/健康/やましいところのないは、それぞれ金融資本/人的資本/社会資本を所有していることを示しています。

また精神病理学的には、重症うつ病のひとが「自分は不幸になってしまった」という妄想を抱くことが知られていますが、そのうちの代表的な3つの妄想がそれぞれ幸福の条件を喪失している状態に対応しています。
  1. 貧困妄想 お金がなくなってしまった
  2. 心気妄想 治らない病気にかかってしまった
  3. 罪業妄想 罪を犯したから社会から排斥される

「幸福の条件」を「幸福のインフラ」として「見える化」する

幸福のインフラのうち、金融資本<人的資本<社会資本の順で「見える化」しにくくなっています。金融資本には値札がついていますが、社会資本はプライスレスであると考えられがちだからです。しかも、社会資本は主観的な幸福感に直結しているため特別視されます。

投資家でもある橘玲氏は、特別視されがちな社会資本を相対化し、金融資本や人的資本と同列にならべて論じることで「見える化」していきます。

幸福のインフラである3つの資本を運用して富/幸福を得て、さらにそれを資本に加えて運用を繰り返すことで、幸福のインフラをより大きく育てていくことが人生設計につながると論じています。
幸福のインフラ投資と運用
  1. 投資家は金融資本を金融市場に投資して、リターンという「富」を獲得します。
  2. 自らの能力を活かして労働市場に投資して、給与や報酬という「富」を獲得します。
  3. 人間関係を活かして仲間を形成して、愛情や友情や評判という「富」を獲得します。

そして、幸福の3つのインフラのうち、いくつを所有しているかで人生のパターンが示されると図式化します。
幸福の資本論8分類
  • すべて満たされていたら超絶幸せ
  • 2つ満たされていたらめちゃくちゃ幸せ
  • ひとつだけ満たされていてもなんとか幸せ
  • すべてが満たされていない状態は支援が必要

お金さえ渡せばすべてうまくいくのか?

たとえば生活保護受給者は金融資本は最低限保障されているので安泰だろうとか、ベーシック・インカムを導入すれば全てうまくいくのでは?という議論があります。

たしかに、最低限の生活や医療は保障されているでしょうが、精神疾患を抱えて生活保護を受給しているひとの中には、人的資本を活かせてないことや、社会資本が乏しいこと、つまり心理社会的資源の欠乏について、深く悩んでいて幸福度が高まらないことが多々あります。心理社会的資源の欠乏につけこまれて、生活保護費をまるっと巻き上げられていることもめずらしくありません。

前回、「うつ病のひとにお金を渡したら改善した」という研究を紹介しましたが、お金だけではなく心理社会的なサポートを同時に行っているがゆえに改善がもたらされたと考えるべきでしょう。

つまり、幸福の3つのインフラをバランスよくサポートする必要がある、という月並みな話になるわけで、やっぱり心理社会的資源のサポートも大切だよね、という話なのですが、そこには非常にやっかいな問題がつきまとう、という話を次回まとめていきます。


「イエ」の呪縛


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イングルハートの価値マップ

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国民性による価値観の違いをマッピングして俯瞰すると何がみえてくるのか?

アメリカの政治学者ロナルド・イングルハートは、全世界の人々の価値観をプロットするために、ふたつの文化的な対立軸を設定し、大規模なアンケート調査を行いました。

縦軸は、「伝統的価値 Traditional Values」と「世俗ー合理的価値 Secular-Rational Values」。
伝統的価値というのはたとえば権威や伝統的な家族の価値観を尊重し、宗教/親子関係を重要視する一方で、離婚/妊娠中絶/安楽死/自殺を否定するような価値観。世俗ー合理的価値というのはこれらにとらわれない価値観が想定されている。

横軸は、「生存価値 Survival Values」vs「自己表現価値 Self Expression Values」。
生存価値というのは生きて行くのに精一杯であること、自己表現価値は生きていく経済的な力はあるのでその上で自己表現に重きを置く、LGBTに代表されるような多様な生き方を認める価値観といったニュアンス。
まとめると、
左下が「生きていくだけでせいいっぱいの、掟や慣習でがんじがらめになった閉鎖社会(伽藍)」、右上が、「ひとびとが自由に“自己実現”できる開放社会(バザール)」です。
産業が発展して生活水準が向上するごとに、左下から右上へ価値観が変化しますが、地理や宗教や文化圏にかなり影響されていることがわかります。

日本はムラ社会だ、とよく批判されますが、イスラムやアフリカはもちろん、ヨーロッパ・カトリック圏の方がよほどムラ社会だったりして、大したことないのがわかります。

日本人の特徴は、儒教文化圏の中でも世俗合理的価値観が異様に突出していることです。ただ、地縁血縁などの伝統にとらわれないわりには、自己表現が控えめであることがもうひとつの特徴といえるでしょう。それでは、日本人の自己表現を阻むものはなんなのでしょうか?


「イエ」という概念

「イエ」とは、家という建物(ハコモノ)を基礎的単位とした、労働の組織化を起源とする生活保障の単位のことです。起源は家族経営の会社で、けっこう柔軟で拡張性が高かったみたいで、優秀だったら血縁のないひとを養子縁組によって迎え入れたり、血縁があっても役目を終えたひとを隠居させたりと、変幻自在な組織でした。

集団としての秩序だけでなく、そこには情愛があってそれによって構成員を結束させるわけです。

具体的には、学校とか会社とか団体など、家庭のしがらみは持ち込まないけど、たまたま一緒になったメンバーによって構成されて仲間意識・共同体意識が生じます。


アンビバレントな「イエ」

戦後日本の会社は、新卒一括採用・年功序列・終身雇用で、社会保障まで担っていたりします。会社がセーフティーネットを担っているのは、自殺率と失業率の相関していることから明らかです。
失業率と自殺率の推移
共同体の本来の機能は安全保障システムなので、安心を与える代わりにメンバーを拘束します。

たとえば、勤務医は当直があったりするので、病院内で夕食をいただいて風呂に入って寝たりと、「生活」します。なので病院はまさに「イエ」だったりして、独特のしがらみが生じてしまうわけです。

となると、みんな学校や会社が大好きで大嫌い。グチりながらしがみつくアンビバレントな存在なのです。職場のことをけたたましくグチるひとほどなかなか辞めずに永いこと居座っている現象ってよくあると思います。


「イエ」の呪縛

日本人は、英語圏やプロテスタント圏ほど個人主義を徹底して叩き込まれていないので、ひとりで生きていく術を知らないから不安になりがちです。なので、戦後性急に解体された
地縁血縁の代わりに「イエ」の存続を重視するようになったようです。

イエの安全保障感は頼もしいのですが、時に、仕事や職責よりも会社に所属することがアイデンティティになったり、時には法律よりも会社独自の規則を優先したりすることで、不祥事の温床になってしまったりと、なにかと機能不全が目立つようになっている昨今です。

精神科クリニックの外来には、転職したり独立したりする能力があるのにも関わらず、「イエ」の呪縛にとらわれていて苦しんでいる、いわゆる「メランコリー親和型」なひとがたくさん来るので不思議だなと思っていろいろ調べてみました。


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