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社会的知能とその他の知能との関連について、スティーヴン・ミズンの「認知考古学」という考え方を紹介しながらまとめていきます。


考古学で解き明かす人間の心

考古学者であるスティーヴン・ミズンは、考古学的手法を用いて頭蓋などの化石や人工物をすることによって「人間の心」を解き明かしていく「認知考古学」という興味深い試みをやっているひとです。
認知考古学
心の先史時代
スティーヴン・ミズン
1998-08-01


ミズンは知能を大きく3つに分類しています。
  • 社会的知能 他者の意図を理解して、つきあい方をおぼえる
  • 技術的知能 物理法則を理解して、道具のつくり方をおぼえる
  • 博物的知能 生物の性質を理解して、食物のありかをおぼえる

社会的知能

類人猿は社会的知能を確実にもっていますが、キツネザルは確実にもっていません。
  • キツネザルと猿の共通祖先がいたのは5500万年前
  • 猿と類人猿の共通祖先がいたのは600万年前
よって、5500万〜600万年前にかけて社会的知能ができあがったと推測します。もっとも歴史が古い知能です。

社会的知能はマキャベリ的知性/心の理論と呼ばれることもあって、いわゆる「人間の心」と同等のものと想定されがちですが、いわゆる心の基盤ではあるものの、単独ではまだまだ「人間の心」と呼べる代物ではありません。


技術的知能

人類は道具を使う生き物だ、という素朴な考え方がありますが、野生のチンパンジーはシロアリの巣穴をほじくる棒やナッツの殻を割る石器など、簡単な道具を使うことが知られています。

人類は、道具を用いて道具を加工したり、異なる道具を連結させて新しい道具を作り出したり、より複雑な方法で道具を作成することができるようになりました。

複雑に加工された石器が発見されるようになったのは300万〜200万年前であり、この頃から技術的知能が発達していたことが想定されます。


博物的知能

動植物や自然物の性質を理解して知識として蓄えておくことは狩猟採集生活には必須の能力だったことでしょう。

チンパンジーはすぐれた植物学者で、熟して食べごろになった果物がある場所へまっすぐ向かうことができます。つまり、頭の中に食糧資源についての知識や分布などのデータベースをもっています。

人類はそれを応用して狩猟採集を行う範囲を広げていきました。居住区に多様な動物の骨が発見されるようになった200万年〜150万年前には、博物的知能が発達していたことが想定されます。


ジェネラリストかスペシャリストか

  • 社会科学者は人間の心をジェネラリスト、つまり強力な汎用プログラムによって学習するコンピューターのようなものであると想定します。

  • 進化心理学者はスペシャリスト、つまり特定の領域を担当する知能のモジュールがならんだ十徳ナイフのようなものであると想定します。

コンピューターのような心

社会科学者は、人間の心は生まれた時にはまっさらな「空白の石版」であり、文化の影響を大きく受けながら、強力な汎用プログラムによって「学習」されていくと想定しました。

プログラムの内容は基本的にブラックボックスで、なんともざっくりした考え方のようです。

ただ、人間の心はプログラムにしたがって思考するだけではありません。この世界にはありえないものを思考したり想像したり創造してしまうことを説明できません。


十徳ナイフのような心

一方で、進化心理学者は人間の心をスペシャリストであると想定します。つまり特定の領域を担当する知能のモジュールがならんだものであると。
十徳ナイフ
つまり、十徳ナイフのようにさまざまな道具(知能モジュール)が折りたたまれていて、ひとつひとつの道具が特殊な問題を処理するようにできているということです。

たとえば、自閉スペクトラム症/ASDのひとは、社会的知能のモジュール/刃が欠けているか、開かずにたたまれたままになっているというイメージでしょうか。

人間が対処すべき問題領域は多岐にわたっているので、汎用コンピューターの知能では違うタイプの問題にうまく対処できなくて不便なわけです。


生まれながらの言語学者・心理学者・生物学者・物理学者

言語学者のノーム・チョムスキーは、人間には文法の設計図など「言語獲得装置」が遺伝的にあらかじめ搭載されていて、幼児期になるとそれが発動して言語を身につけることができると論じました。

同様に、幼児はごく早い段階から直観的な知識/モジュールをあらかじめ身につけているようです。十徳ナイフのようにしのばせていて、必要な状況に応じて対応する道具として知識/モジュールを活用するようにしています。これらは、はるか昔の狩猟採集生活によって培われてきたと考えられます。

幼児が直観的にもっている知識/モジュールを挙げると、
  • 直観的に相手の意図を読みとる心理学/社会的知能
  • 直観的に生物と無生物を区別して分類したがる生物学/博物的知能
  • 直観的に硬さ・重力・慣性などの概念を理解する物理学/技術的知能
ちなみに、算数とくに九九あたりからやっかいになってくるのは、直観的な知識/モジュールではなく、純粋に学習しなくてはならないからだとか。

コンピューターよりも十徳ナイフという考え方のほうが説得力があるようですが、ミズンはそれにとどまらず、さらに一歩考えを進めて「認知的流動性」という概念を提唱します。

いっぱしの心理学者であり生物学者であり物理学者であるはずの幼児が、無生物である人形に対して、あたかも人間の心があるかのように語りかけ、一緒に遊んでしまうのはなぜか、という問題がきっかけになっています。

それはまた次回に。