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カテゴリ:子どものメンタルヘルス

学校の利用価値を考える


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これまでさんざん学校の問題点を指摘してきましたが、今回はそれでも学校の利用価値は断然高いですよ、という話をします。ぼくの考える学校の利用価値は以下のとおりです。
  • 圧倒的にリソースが豊富である
  • 動物的なスキルを学ぶことができる
  • 社会性を身につけることができる
  • 社会で生きぬくためのチュートリアル/リハーサルができる

圧倒的にリソースが豊富な学校

学校の利用価値が高いと考える最初の理由は、学校には大量のヒト・モノ・カネが投入されていて圧倒的にリソースが豊富であることです。国がみとめる資格をもった教師が毎日数時間も勉強を教えてくれたり、設備や教材を無料で提供してくれるような場所は他には見当たりません。学校を利用しないことは大きな損失であり、子どもにとって非常に不利な選択であることは間違いありません。

とはいえ、学校にはまだまだシステム上の問題点が多いとはいえ、昔よりはかなり改善されていることも確かです。仕事上、学校へ出向いたり学校の先生方と情報交換することがありますが、みなさん子どもに対する心配りが細やかで、教師の質はかなり向上しているようだし、教材もかなり工夫されて読みやすくなっているし、設備も進歩しています。今後もきっと、少しずつ改善されていくのではないかと期待しています。

そしてなによりも、圧倒的な人数の子どもたちが過ごす場所であることが重要です。子どもがたくさん集まっていること自体が(さまざまな問題の原因であると同時に)とても貴重な環境であるからです。以下、その理由について説明します。


動物的なスキルを学んで社会化される場所

というのも、そもそも学校は勉強を教わるだけの場所ではありません。勉強を教わるだけなら塾の先生の方が優秀だし断然効率がよいでしょう。

どちらかというと、学校は学問よりも動物的なスキルを学ぶ場所として重要です。とりあえず子どもの数が多いので子ども同士で、好きになったり・嫌いになったり、仲良くなったり・協力したり、ケンカしたり・仲直りしたり、いじめたり・いじめられたり、恋愛したり・フラれたり、などなど、さまざまな経験を積むことができます。

オトナが相手だとそのような経験を積むことはできません。どうしてもオトナは子どもに対して手加減をするし、基本的には子どもを保護してしまうものだからです。

一方、子ども同士の交流はガチンコのぶつかり合いです。もちろんトラブルも頻発しますが、それを自分たちだけで知恵をしぼって乗り越えるプロセスこそが貴重な経験となります。そんな経験を通じて、お互いの妥協点を見つけて利害を調整することを学び、社会性が培われていきます。

アメリカの心理学者ジュディス・リッチ・ハリスは、子どもはオトナに導かれるのではなくて、子ども同士の集団でもまれながら社会化されていく「集団社会化説」を提唱しています。


児童精神科の領域でも「子どもに対してオトナがどのように接するべきか」が盛んに論じられているばかりで、よく見落とされがちな視点です。もちろんそれも大切かもしれませんが、最も重要なのは「子ども同士の交流が生まれる環境というか生態系をオトナがいかに設定できるか」なわけです。

子どもは子ども同士の交流を通じて成長しているのにも関わらず、児童支援の専門家であるオトナが子どもを導いてあげたおかげで成長したんだ、治療やら療育のおかげなのだ、と錯覚しているひとってめちゃくちゃ多いんですよね。

最後にもう一点。


チュートリアル/リハーサルとしての学校

成人して社会に出てからが「本番」だとすると、学校は基本的なマニュアルやルールを学ぶ「チュートリアル」あるいは「リハーサル」の期間です。ちなみに人間のチュートリアルはやたらと長いんですよね。

本番が始まる前に、理不尽だったり悲しかったり辛かったりする経験も含めて、ひと通りさまざまな経験をしておいた方が有利です。社会に出てからひどい目にあっても立ち直りが早くなるからです。一般的に、中高年になってはじめて挫折するひとが立ち直るのはけっこう難しいのですが、子どもは成長していくぶん挫折からの立ち直りが圧倒的に早かったりします。

ちょうど、病原菌に対するワクチンのようなもので、悪いものの一部を体内に取り込んで抵抗力をつける必要があります。

もちろん、ひどい目にあった子どもには手当てが必要であることは言うまでもありませんし、そのためのシステムを学校は準備しているので積極的に活用すべきです。危機的な状態からリカバリーするまでのプロセスを注意深くサポートするのは当然ですが、ひどい目にあうリスクをゼロにするために貴重なチャンスを根こそぎ奪わないようにした方がよいでしょう。

学校なんて必要ないし、別の手段がある、と考える前に、ちょっと立ち止まって学校の利用価値を検討してみるのもよいかもしれない、と思う今日このごろです。

学校という不可能な場所


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前回は学校の「聖性」とか「実利性」など存在価値が低下している、という話をしました。今回は、学校の「不可能性」についてまとめました。


学校という不可能な場所

統計的にみると、日本は諸外国にくらべてあまり学校にコストをかけていないようにみえます。新興国なみにひとクラスあたりの生徒数が多くて過密になっていて驚きます。

日本の学校は生徒数が多すぎる1

日本の学校は生徒数がやたらと多い

Twitter @tmaita77 舞田敏彦


そもそも、ひとりの担任教師が大人数のクラスで生徒ひとりひとりを把握して指導することなんて無理があります。できる、と思い込んでいるのが大きな勘違いのような。

学校が聖なる場所でも、役に立つ場所でもなくなった今、「聖性」や「実利性」の次は「不可能性」なんじゃないかなと。あるいは、もともと不可能だったことが明らかになってきたように思えます。

フィクションの世界では不可能が可能になっていたりします。たとえば、暗殺教室という漫画では、「殺せんせー」というナゾの生命体が無尽蔵な知識とマッハ20の超高速で移動できる運動能力を駆使してクラスの生徒全員にパーフェクトな教育を施していきます。








また、TVドラマ「女王の教室」では、パーフェクトな教師になろうとしてボロボロになりながら苦闘した結果、ダークサイドへ堕ちていく教師が描かれています。








さらに近年では、発達障害をもつ子どもに対して合理的配慮が求められるようになっているので、普通クラスの担任教師は多数の生徒をまとめつつ、少数の生徒に対する配慮を同時に求められるようになっているので、ますます負荷が増えています。うまいこと特別支援コーディネーターやスクールカウンセラーと連携できればいいのでしょうが、現実にはなかなか難しいようで担任教師が丸抱えしていて苦労されているケースがみられます。


学校は不登校を前提に成立している

子どもは自分と似たような特徴のある子どもと仲良くなって自然に集団をつくります。社会的動物である以上、そのような習性があります。そうすると、仲間と敵を区別する境界が必要になるので、「オレたちは同じだよね」「ヤツらとは違うよね」という確認行動を繰り返すようになります。

その際に、少数派の異端者/敵が存在することによって多数派の団結が強まることがあります。学校はしばしば、多数派の子どもにとっては居心地の良い場所だけど、少数派の子どもにとっては嫌な場所になってしまいます。

残念ながら、ヒトには他グループのメンバーに対して「心の理論」を鈍らせて、非人間化してしまう特性が備わっていることを社会心理学が明らかにしています。

しかも、子どもたちの世界には、教師やスクールカウンセラーはもちろんのこと、親でさえ介入することはしばしば困難となります。

子どもをもったことのあるひとはみんなご存知だと思われますが、子どもはびっくりするくらい親の言うことをききません。これは、基本的に子どもはオトナよりも同世代の魅力的な子どもに惹かれて従う習性があるからです。

いくらオトナが子どものことを理解している風を装って若づくりしてみたり、したり顔でスリ寄ってみても逆に気味悪がられるだけです。子どもから見るとダサいおっさん・おばはんなわけで、同世代のイケてる子どもたちの影響力には到底かないません。

というわけで、いったん子ども集団/学級における自分のポジションが悪化してしまうと、つらい状況がいつまでも継続してしまうことになりがちです。

しかも、家に帰ってネットにつながれば、いくらでも心地よい居場所が提供されていたりするので、ますます学校へ行く必要がなくなってしまいます。

したがって、数%の生徒が不登校を選択するのは今や当然の帰結であると考えられます。これは、不登校になってしまう子ども個人の問題というよりも、学校というシステムのエラーなわけです。

というわけで、さんざん学校の問題点を指摘してきましたが、次回は学校の利用価値はまだまだ高いですよ、という話をしようと思います。


あらためて学校の存在価値を考えてみる


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某不登校youtuberが「中学校に行かない宣言」をして話題になっているので、不登校のお子さんをサポートする立場から、あらためて学校について考えをまとめてみました。

よく指摘されているように、学校というシステムにはさまざまな矛盾や欠陥があるのは事実です。ぼく自身もド田舎の公立中学校でめちゃくちゃ体罰を受けていて、殴られて鼻血が出るのは日常茶飯事で、鼓膜が破れたこともあったりして苦い思い出があります。なぜ自分よりアタマの悪い教師に勉強を教わらないといけないのだろうかと疑問を感じていたので、教師たちのほとんどをバカにしていて態度が悪かったので殴られても仕方がないし、殴られ慣れたおかげで度胸がついたから個人的には良い面もあったのかなと思ったりもしますが、それはともかく。

だからといって学校へ行かなくてもフリースクールやホームスクーリングでええやん、という話は極端すぎます。まるで、「蜂の巣を破壊したら蜂は自由になるからハッピーやん!」みたいなアタマの悪さを感じてしまいます。

というわけで、学校の歴史をひもときながら、学校というシステムの功罪について考えてみました。


学校 ≒ 軍隊説!?

某不登校youtuberによると、学校に行く価値がないのは「学校にいる子どもたちがロボットみたい」だからだということでした。まるで軍隊のような一律の教育がなされているという、学校への批判としてよくあるパターンです。

そもそも、国民を兵士にして軍隊をつくるためには義務教育が必須です。字を読めなかったり、集団行動ができなかったり、命令に従わない兵士に武器を渡すことなんて到底できません。それこそ、ロボットのようにちゃんと命令どおり動いてくれないと困ります。

なので、学校システムは軍隊をつくるためには必要不可欠だったわけだし、軍隊のシステムを模倣してつくられていていたのは常識でしょう。

ただしWW2以降、諸外国は次々と方針転換をしているようですが、なぜか日本は戦後もなお軍隊っぽい教育の痕跡が色濃く残っているようです。たしかに、小学生のときに炎天下のなか半日かけてひたすら行進の練習をさせられたことは不条理としかいいようがありませんが、兵士としては必要だったんだなと納得することができます。

というわけで、“日本の学校は今も「徴兵訓練」をやっている” という過激なコラムがあります。


それによると、
  • 学年は中隊、クラスは小隊、班は分隊、遠足は行軍演習?
  • 号令・朝礼・掃除・給仕・行進など、集団行動の徹底?
  • 校舎は兵舎?ランドセルは西洋式軍用背嚢から派生?

ランドセルは軍隊の装備かも説
とまあ、少々突飛で妄想的なのでは?という内容ではありますが、実感としては一理あるかも、と感じてしまいます。

「神聖な場所」としての学校

最近はそうでもないみたいですが、学校の教科書や通知表・卒業文集や卒業アルバムをなんとなく捨てられないひとが多いようです。これは墓石を蹴り倒すことができないのと同じように、ただの紙切れとか石ではなく宗教的な意味あいのある聖なるモノだからです。

その昔、学校は「聖なる場所」でした。教師はまるで聖職者のように畏敬の念を抱かれる存在であり、不登校なんてとんでもない背信行為であるとされていたわけです。
聖職者
たとえば、聖職者と同様に教師は性犯罪を起こす確率が一般人口よりも高いことが知られています。これは、子どもと濃密に接することが多いサービス業である以上、ある程度は仕方のないことではあるのですが、建前上聖職者たちは決して間違ったことをするハズがないし、あってはならないことになっています。

その他、体罰・いじめ・自殺・不正・事故などなど学校にまつわる不都合な真実はたくさんあるものの、聖なる場所だからオールオッケーということになっていました。現在はあばかれて可視化されるようになっていますが、聖性には矛盾をおおいかくす力があったわけです。


学校の黄金時代/学校の実利性

1947年の学校教育法公布によって中学校が義務化され、もう戦争は終わってしまったのに軍隊っぽい教育が徹底されていました。やがて高度経済成長期をむかえ、そのような教育を受けた若者たちが農村から都市部へ大量に流入していきます。

軍隊っぽい教育を受けた子どもたちは兵士になることはなかったものの、大量の工場労働者になっていくわけです。
労働者
そして、学校教育によって鍛えられた知識・勤勉さ・従順さ・協調性などは、立派な工場労働者になるためにはとても重要なスキルとして役に立ったことでしょう。何も持たざる若者にとっては唯一の武器となったのかもしれません。

しかも、当時の労働市場は新卒一括採用・年功序列・終身雇用というルールなので、実質的な能力以上に従順さや協調性によってリターンを最大化させることできたわけです。

つまり、学校の聖性は実利性へとスライドしていきました。ちょっと時代遅れの軍隊っぽい教育が高度経済成長期を支えてくれたのでラッキーだった、といっても過言ではないかもしれません。

実際に、1970sは日本史上不登校が最も少なかった時代で、まさに学校は黄金時代をむかえていたわけです。

もちろん、ぼくも経験したように、この当時の学校では体罰はあたりまえで、いじめや事故も今よりずっと多かったことでしょう。ブラック企業もあたりまえだったわけですが、とにかく儲かっていたのでオールオッケーだったわけです。豊かさにはさまざまな矛盾をおおいかくす力があるからです。


学校の実利性とその衰退

ところが、やがて高度経済成長は終焉をむかえ、高度消費社会・情報化社会への変化がはじまります。サービス産業が台頭し、いかに顧客のニーズをキャッチして臨機応変かつ柔軟に立ち回るか、が重視されるようになります。このへんのスキルは学校では教えてくれないので、社会から要求されるスキルと学校で学ぶスキルとの乖離が大きくなっていきます。

学校の聖性だけでなく、学校の実利性がともに衰退していくにつれ、隠蔽されていた矛盾が次々とあばかれるようになりました。そして、「学校に行く意味あるの?」と考えるひとの割合が増えていきます。実際に、1980sから不登校が急増していくわけです。
燃え尽きた社畜
そして、1990sバブル崩壊以降、社会のルールは決定的に変わっていきます。従順さと協調性でひたすら会社に尽くしていてもリターンが得られずに報われなくなったので、「ブラック企業」が流行語になったり、かつて会社に奉公していた企業戦士たちは「社畜」と呼ばれてバカにされるようになったり、「うつ病」が労災認定されて損害賠償請求されるようになりました。
聖性も実利性ともに失ってしまった学校にはもはや存在価値がないということで、いじめや体罰など悪の温床である学校を解体せよ!という過激な学校解体論までが出てくる始末です。

学校解体論を唱えるひとたちを観察してみると、純粋でナイーブな研究者が多いようで、極端な理想論にしがみついているようにみえるし、実務経験の不足も相まって、あまり現実がみえていないように感じてしまいます。学校さえなくなれば、さまざまな矛盾や暴力が解決すると本気で考えているのでしょうか?

ともかく、そのような理想論は某youtuberが支持される土壌になってしまうし、そこで発せられる極端なメッセージは多くのひとには有害となり得ることを自覚した方がよいでしょう。

というわけで次回は、学校の「聖性」とか「実利性」など存在価値が下がったらどうのるのか、考えてみようと思います。


ピアジェとフロイトの発達論/滝川一廣「子どものための精神医学」を読む。その2


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滝川一廣「子どものための精神医学」を読む。その2
というわけで、今回はひさしぶりにこの本を紹介していきます。

子どものための精神医学
滝川一廣
2017-03-27


第1部の理論編のうち第4〜6章、滝川の発達論について、ぼくなりに考えをまとめてみました。とりあえず、滝川はピアジェとフロイトの発達論をミックスしていますが、ピアジェはともかくフロイトはまずいでしょ、という話です。
第4章 「精神発達」をどうとらえるか
第5章 ピアジェの発達論
第6章 フロイトの発達論

滝川一廣2分法

滝川は人間の発達を「認識の発達」と「関係の発達」の2つにわけて表現しました。
  • 認識の発達 いわゆる知識と理解。意味や約束を「知ること」 
  • 関係の発達 いわゆる社会性。集団の中で人間と「関わること」

滝川一廣2分法

知的障害をもつひとは認識の発達が遅れていて、自閉スペクトラム症/ASDのひとは関係の発達が遅れているとシンプルに説明しています。

この2分法はとてもわかりやすくて便利なので、ぼくもASDの講義をするときに利用させていただいております。

しかし問題なのは、滝川は「認識の発達」をピアジェの発達論に、「関係の発達」をフロイトの発達論にそれぞれ対応させて説明しているところです。ピアジェはともかく、フロイトにしたのは大失敗です。

なぜなら、フロイトの発達論は実際の乳幼児を対象にした研究ではないし、理論的に間違っていることが明白で、もはや見向きされなくなっている理論だからです。ひと昔前は、教員採用試験や看護師の国家試験に出題されることがあったのですが、今はもうほとんど出題されなくなっています。

なので、この本では「関係の発達」がどのようになされていくのか、という説明がわかりにくくなっています。


フロイトの色眼鏡

高齢の精神科医はフロイト精神分析の洗礼を受けている率が高いのですが、若い精神科医はあまり影響を受けなくなっています。あまりも役に立たないばかりか有害なことすら多いからです。

フロイトの発達論で特徴的なのは、親子関係に対する異常な執着です。フロイトに影響を受けた精神科医は幼少期の親子関係について根掘り葉掘り聞くクセがあって、親子関係が子どもの将来に決定的な影響をおよぼすという信念をもっています。しかも、だいたいネガティブな内容の予言になっていて、まるで「呪い」とか「占い」のたぐいみたいになりがちです。

さらに、親と子の格差を強調するあまり、どうしても親が加害者で子が被害者であるという発想にかたよってしまいます。

確かに、虐待が発生している極端な親子関係であれば、子どもに大きな影響をおよぼすことは明白ですが、一般的に親の影響力は児童期以降だんだん小さくなり、思春期に入るとほとんど影響力を行使できなくなります。

自分の子ども時代を思い出してみると明らかですが、児童期以降はだんだん親よりも友人や恋人から大きな影響を受けるようになります。せいぜい5コ上の先輩や10コ上の有名人に憧れることはあっても、30コ上のおっさんに憧れることはほとんどありません。


フロイトの発達論はパンチがきいてる

フロイトの発達論/心理性的発達理論
  • 口唇期 Orale Phase   0~1歳頃
  • 肛門期 Anale Phase   1~3歳頃
  • 男根期 Phallishe Phase   3~6歳頃
  • 潜在期 Latente Phase   6~12歳頃
  • 性器期 Genitale Phase    12歳頃~

それぞれ、授乳している口唇期、トイレット・トレーニングしている肛門期、性器に関心があつまる男根期。それぞれの時期にトラブルが起こると、甘えん坊、ドけち、マザコン/ファザコンになっちゃうというパンチのきいた説です。

はじめて教わったときは「なにかのギャグ?」と思って笑いをこらえるのに必死でした。こうしてひさしぶりに眺めてみると、なかなか壮観で感動すら覚えます。しかし、この枠組がおおマジメに正しいとされていた時代がつい最近まであったわけです。


語られない潜在期

聡明な滝川は、さすがにフロイトの発達段階説は古めかしい決定論であり現代社会にはなじまないと批判していますが、最終的にはフロイト理論をしっかり受け入れてしまっています。

フロイトの発達論がダメなところを端的に示しているのは、6歳から12歳頃までの「潜在期」を軽視しているところです。その名のとおり「潜在期」はあまり動きのない時期とされていますが、この時期は、子どもが社会化をはじめるもっとも重要な時期であり、もっともダイナミックな変化に富む時期であることは臨床経験からも明白です。

潜在期の6年間は、口唇・肛門・男根期よりも長期間であるにもかかわらず、あまり語られていません。それを踏襲した滝川も潜在期の記述がもっとも薄くなってしまっています。

親よりも子ども同士の相互作用が重要であることは以前の記事でも紹介しています。



ピアジェの発達論は意識高い系のASD

一方、ピアジェの理論は発達認知研究のベースになっています。滝川の「認識の発達」にほぼ対応しているといってよいでしょう。ASDをもつひとにも保たれているので、ASD的な発達の側面であるといえます。

ピアジェの発達論/認知発達段階説
  • 感覚運動期  0~2歳
  • 前操作期   2~7歳
  • 具体的操作期 7~12歳
  • 形式的操作期 12歳~成人まで

外の世界に対して、感覚や運動によって相互作用を始める「感覚運動期」、自分と外の世界との境界を認識する「前操作期」し、具体的なものを取り扱う「具体的操作期」、抽象的なものを頭の中で演算できる「形式的操作期」。

生物学者からスタートしたピアジェは「生物の本質は世界に対して能動的に働きかけて変革することである」というコンセプトをもっていたようで、活動性とか能動性への信仰がみられます。

ピアジェは「生物は大きな進化の流れの中にある」という受動的なダーウィンのコンセプトには賛同せず、主体的かつ能動的に活動して環境に適応していくことが発達であるというコンセプトを重視しました。つまり、とっても前向きな意識高い系なのです。


意識高い系による意識高い系のための理論

生涯で観た映画はたったの4本!というピアジェ自身、かなりのワーカホリックでバカンスなしで研究に没頭していたカタブツだったらしく、意識高い系の科学者でASDに親和性の高いひとだったのかもしれません。

ピアジェの発達論は意識高い系のASDっぽいエリート層にウケて、戦後日本における教育指導要領に取り入れられてきました。そのため、ASDに親和性の高い制度設計がなされてきたのかもしれません。

ピアジェの発達論は、まるで子どもを機械に見立てている風にもみえるので「子どもの笑顔がみあたらない」と批判されていました。ですが、それは逆にASDをもつのひとの発達の側面をうまくとらえているともいえるでしょう。

他にも、ピアジェは子どもの能力を低く見積もりすぎているという批判もあって大幅に見直されているところなので、あくまでも参考程度にして個別のケースに当てはめないようにする必要があります。


「関係(社会性)の発達」を説明する理論は?

それでは、タテ軸「認識の発達」はピアジェの発達論をベースにするとして、ヨコ軸「関係の発達」はフロイトの発達論に代わってどんな理論をベースにすべきでしょうか?

というわけで、次回はロビン・ダンバーの社会脳仮説とかマキャベリ的知性についてまとめていきます。


「アヴェロンの野生児」後日談


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イタールによる「アヴェロンの野生児」の療育が失敗に終わった後、ふたりがどうなったのか調べてみました。

イタール、その後

1806年、イタールはヴィクトールの療育を終結し、4年間にわたる療育の成果を内務大臣へ報告しました。報告書は政府によって出版され、世間から大絶賛されて富と名声を手に入れました。

医師としても教育者としても成功して時代の波に乗ったイタールは、「ろうあ学校」で他の生徒の教育にたずさわるようになりました。

聴力がわずかに残っている生徒に言葉を教えようとするだけでなく、聴力を回復させようと努力しました。言語学者ハーラン・レイン「手話の歴史」のなかで、当時「ろうあ学校」に在籍していた生徒が生々しく証言しています。



イタールが「ろうあ学校」の生徒たちに試した治療法の数々は想像のナナメ上を行っていました。耳に電気をあててみたり、首にヒルをくっつけてみたり、鼓膜に穴をあけてみたり、よくわからない液体を耳に注いでみたり、水ぶくれのできる溶液にひたしたガーゼを耳に巻いてみたり、もぐさを使用してみたり、耳の後ろを金槌で叩いて頭蓋骨を割ってみたり、白熱させた金属片をあててみたりなどなど、にわかには信じがたい人体実験を繰り返していたようです。

そのようなむちゃくちゃな試みはすべて失敗に終わり、ひどい副作用という災厄を生徒たちにもたらしました。その一方で、イタールはこのような実験を通して「耳管カテーテル」を開発し、耳鼻咽喉科学の先駆的な業績を上げることができました。
イタール耳管カテーテル
治療に失敗したイタールは、医学でダメなら教育だ、というわけで、発話訓練を強行します。膨大な時間をかけて個別教育をほどこしますが、これもほとんど成果はありませんでした。

わずかに発話できる生徒が手話社会に溶け込むにつれて発話できなくなる様子を観察したイタールは、失敗の原因は手話であると考えるようになります。そして、自分の生徒を隔離して教育しようと考え、同じ過ちを繰り返そうとします。


ヴィクトール、その後

大成功したイタールとは対照的に、野生児ブームは去り、ヴィクトールに対して関心を抱くひとはほとんどいなくなりました。

1811年、成人したヴィクトールは「ろうあ学校」を退去することになり、政府からの援助を受けてゲラン夫人と生活することになりました。ひとめにふれないように生活するよう通達されていたそうです。

これ以降、ヴィクトールの公式な記録はほとんどありません。ヴァージニア大学教授で詩人・歴史家であるロジャー・シャタックの著作に少しだけ記載がありました。

アヴェロンの野生児―禁じられた実験
ロジャー・シャタック
1982-03




1816年、30歳近くになったヴィクトールの様子を、考古学者のヴィレーがこう記述しています。
今日でもこの人間はひどい姿であり、半ば野性で、あんなに話し方を教える試みがなされたのに、相も変わらず話すことが覚えられないままでいる。
ヴィクトールは変化のないまま、ひきこもり状態でひっそりと過ごしていたようです。

 

素直に変化するイタール

ろう者たちを手話ではなく口話させることにこだわっていたイタールは、アリベールという生徒との出会いを通して、ろう者の教育には手話が必要であると考えを改めます。

アリベールはイタールの熱血指導を受け、髪が白くなるくらい努力したにも関わらず、ほとんど成果がありませんでした。しかし、手話を学んでからは素晴らしい学業成績をおさめて教師になりました。

イタールは「ろうあ学校」という手話社会の中心にいながら、言語習得には手話社会が重要であることに気づくのに16年もかかったというわけです。

こうしてみると、イタールはひとつの原理に並々ならぬこだわりを抱いて、忖度ゼロで猪突猛進するタイプでありながら、自分の間違いを認める素直さをあわせもっていたり、治療はヘタだけどマニアックな医療器具を開発するなど非凡な才能を発揮したり、素晴らしい研究業績を残していたり、基本的に孤独を好んで生涯独身を貫いていたりなどなど、自閉スペクトラム症/ASDの特徴があったのかもしれません。

一方で、ASD研究で著名なウタ・フリスはじめ「アヴェロンの野生児=ASD説」が有力だったりします。ヴィクトールはASDだからこそ、孤独のあまり絶望することなく、たったひとりで厳しい森のなかでサバイバルできたのではないかと。

新訂 自閉症の謎を解き明かす
ウタ・フリス
2009-02-18


そして、ASDをもつひと同士はお互いを理解しやすいという「類似性仮説」があります。

つまり、イタールとヴィクトールはASDの特性をもつ者同士だったので、うまくコラボレーションできたのかもしれません。あるいは、全然うまくいっていないことに無自覚なまま実験を継続できたのかもしれません。

そう考えると、実験が終了してからふたりが一切の関わりを断っていることも、ある程度うなずけます。


イタール、ヴィクトールを語る?

1828年、50歳になったイタールは、とある知的障害者の療育についての報告書のなかで、
長期間繰り返しスピーチの訓練を続ければ、それ相応の話す能力を身につけるようになるかどうかを決定するためには、医者は非常に慎重でなくてはならない。
(中略)
私がこのことを付記するのは、私がこの点で以前に過ちを犯したからである。
と警鐘を鳴らしています。これはヴィクトールのことについて語っているのかもしれません。

結局のところ、年老いてからのイタールは「ヴィクトールは知的障害であり療育不可能である」と診断したピネル(当時55歳)の見解に近づいていきます。

ちなみに、この報告書が提出された頃には、ほとんど話題になることもないままヴィクトールは亡くなっていました。

ヴィクトールは思春期以降、30歳年上の養母以外の人間とほとんど関わることなく、自然豊かな故郷に帰ることもなく、パリ市街地のど真ん中で、推定年齢40歳の短い人生を終えていました。

社会的に大成功したイタールの華やかな人生とはとても対称的で、イタールがヴィクトール/勝利者という名を与えていたことは、もはや皮肉としか言いようがありません。


誤診と失敗から始まった物語

アヴェロンの野生児という神話は、若かりしころのイタールの誤診と失敗から始まりました。

イタールは若さと情熱をもって不可能なことにチャレンジしたからこそヒーローになりました。その物語は美談であり、伝説であり、神話となりました。そして、児童精神科臨床と障害児教育の原点となって歴史を切りひらきました。

しかしながら、ヒーローが活躍する華やかな側面ばかりに目を向けていても、得られる知見は少なかったりします。というのも現実には、児童精神科臨床も療育も、華やかさとは無縁の地道な日常の積み重ねと継続性が重要であって、そもそもヒーローなんていらないわけです。

なので、歴史の背景とか負の側面に目を向ける視点をもって、現代の療育について考えてみるといろいろな問題点が浮き彫りになったり、改善点がみえてきたりするのではないかと思っている今日このごろです。

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