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ADHDに足りないのは自制心?マシュマロ・テストから考えてみる


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前回は、ADHDの特性は行動経済学の現在バイアスで説明できる、という話でした。


今回は、現在バイアスに関する有名な実験である『マシュマロ・テスト』の結果をふまえつつ、ADHDの特性をもっているひとに足りないとされている『自制心/セルフコントロール能力』について考えてみたいと思います。


マシュマロ・テスト



1960年代後半に行われた心理学の実験で186人が被験者として参加しました。

4歳の子どもを部屋でひとりにさせて、目の前においしそうなマシュマロをひとつ置いておきます。食べたくなったらベルを鳴らしなさい、でも15分間ガマンできたらマシュマロをもうひとつあげますよ、という設定です。

で、マシュマロをガマンできた子どもには自制心があるだろうと考えられました。結果、マシュマロ・テストに合格した子どもは成績優秀で社会的に成功する確率が高かったのです。また、気が散りにくく、取り乱さず、肥満指数が低く、自尊心が高く、目標を効果的に追求し、ストレスにうまく対処できるようになった確率が高かったそうです。

つまり、「自制心は社会的成功に関連している」という説が導かれました。

目先の誘惑にふりまわされる「現在バイアス」を克服することができれば、将来の目標に向かって計画的に努力することができるので、まあけっこう説得力があるというか当たり前なことのように思えます。

で、重要なのはここからです。


マシュマロ・テスト再現実験の残酷な結果

近年、被験者を900人以上に増やしてマシュマロ・テストの再現実験が行われ、2018年に結果が発表されました。

Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes

それよると、マシュマロ・テストの再現は限定的ということで否定されました。さらに、身も蓋もない残酷な結論が発表されました。

マシュマロ・テストに合格する自制心が強い子どもが社会的に成功しやすいことは証明されたものの、マシュマロ・テストに合格するかどうかは「親の経済力」の影響が大きかったのです。

つまり、裕福な家庭の子どもは社会的に成功しやすいよ、という身もふたもない話です。
  • マシュマロ・テスト合格=自制心がある子▶将来成功しやすい
ではなくて、
  • 裕福な家庭の子ども▶マシュマロ・テスト合格
  • 裕福な家庭の子ども▶将来成功しやすい
だったわけです。


相関関係と因果関係の混同

これはよくある相関関係と因果関係の混同です。
因果関係と相関関係の混同マシュマロ・テストの闇
マシュマロ・テスト合格と将来の成功は因果関係ではなくて相関関係です。相関関係はしばしば因果関係であると誤解されます。

たとえば、育毛剤をつかうと逆にハゲる、とか。ハゲる遺伝子をもっているひとは育毛剤を使う確率が高いし、ハゲる確率も高いわけです。
因果関係と相関関係の混同育毛剤を使うとハゲる
その他にも、高価なサイフをもてばお金をかせぐことができる、とか、朝食を食べれば成績が上がるとか、ふたつの因果関係をひとつの相関関係であると誤解する例は枚挙にいとまがありません。


そもそもマシュマロ・テストで自制心を測定できるのか?

加えて、よくよく考えてみると「マシュマロ・テストに合格する子どもは自制心がある」という前提自体がかなり微妙です。

というのも、裕福な家庭では「ガマンすればマシュマロをもうひとつもらえる」という約束が果たされる可能性が高くなるでしょうが、貧しい家庭ではそのような約束が破られる可能性が高くなるからです。

そのような初期設定の違いによってその後の行動は大きく影響を受けます。

つまり、貧しい家庭では「食べられるときに食べておく」ことは戦略として正しいわけです。この判断において、自制心があるかないかは関係ありません。

たとえば、「お菓子をガマンできたら、あとでもうひとつあげるよ」と約束していたのにもかかわらず裏切られてお菓子をもらえなかった苦い経験が一度でもある子どもは、もう二度とそのような約束を守ることはなくなって、即座にマシュマロを食べるようになるでしょう。

そこには、現在バイアスによる判断はあっても「自制心」は関係ありません。最初からガマンする気なんてさらさらないのですから。

また、マシュマロ・テストに合格した子どもは、目の前のマシュマロから注意をそらして空想遊びなどに没頭できる子が多かったようです。このような注意を切り替えるテクニックは自制心とは別の能力であるといえるでしょう。

フォーカス (日本経済新聞出版)
ダニエル・ゴールマン
2018-01-31



では、マシュマロ・テストに不合格した子どもにインタビューしてみましょう。
  • Q「残念!やっぱりガマンできなかったのかな?」
  • A「は?なんでガマンせなあかんの?死ぬの?後でもらえる保証なんてねーからとりあえず食うだろ。」

一方、マシュマロ・テストに合格した子どもにインタビューしてみましょう。
  • Q「すごーい!ガマンできてエライねー!どうやってガマンしたの?」
  • A「バカなの?たった15分でもう1個やで?とりあえずもらうやろ?ヒマつぶしでもしときゃええやん。」

というわけで、どちらとも自制心とは関係なしに行動しているようです。

このように、マシュマロ・テストにおける意思決定は、自制心が関与する手前で、現在バイアス=時間割引率の違いによって決断されているといえるでしょう。



そして、現在バイアスが働いて時間割引率が小さくなるのは、両親の経済力など「あらかじめ与えられているリソース」によって強く影響を受けるわけです。


意思決定は「あらかじめ与えられているリソース」次第

お金・時間・信頼関係などの資源/リソースが欠乏していて、いつ破綻するかわからない・いつ危機がやってくるかもしれない・他人を信用できない・生き馬の目を抜くような殺伐とした世界・たとえばサバンナやスラム街で生きているひとたちにとって、自制心をもってごほうびをおあずけされたまま、のんびりかまえていることは命とりになるでしょう。現在バイアスによって素早く決断することが有利な状況だからです。

そのような環境に長期間身をおくことで現在バイアスによる「素早い決断能力」は研ぎ澄まされていきます。それに特化した能力を身につけることは、過酷な環境で生き延びることに適している反面、厳しい状況から一発逆転をねらって衝動に流されたり、現実的な苦痛を忘れるためにつかのまの快楽におぼれやすくなったりするようになるでしょう。

つまり、衝動的な行動、肥満や依存症、多重債務などに関連してしまいます。これはまさにADHDの二次障害そのものです。

つまり、マシュマロ・テストに合格するかどうか、将来成功するかどうか、ADHDの二次障害が生じるかどうかを左右するのは、生まれながらの特性としての自制心ではなくて「あらかじめ与えられているリソース次第」である、といっても過言ではなさそうです。

というわけで次回は、「リソースの欠乏」が意思決定に与える影響について、まとめていこうと思います。


ADHDと現在バイアス


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前回はADHDの特性を考えるうえで行動経済学は便利なツールになるよ、という話をしました。なかでも、現在バイアスはADHDの特性そのものなので、まとめてみました。


現在バイアスというADHDの特性

たとえば、
  • A:今すぐ10万円あげる 
  • B:10日後10万300円あげる
という選択肢と、
  • C:1年後10万円あげる
  • D:1年10日後10万300円あげる
という選択肢があるとします。

すると、ほとんどのひとは、AとDを選びます。

10日間で300円という金利は300×(365/10)/100,000=11%。年11%という超高金利なので、選択しない理由はありません。なので、合理的に考えるとBとDを選択するべきなのです。

しかしながら、ひとはとても不合理なので『いま・ここ』に飛びついてAを選択し、『いま・ここ』でなければ10日間くらい待つよ、ということでDを選択してしまいます。

つまりひとは『いま・ここ』という『現在』を過大評価してしまうクセ/現在バイアスがあるようです。これはADHDのひとにとってより顕著です。

説明としては、ひとは安全が確保される文明を得ることになったのは歴史的にはつい最近のことで、とても長いあいだ安全が確保されない不確定要素の大きいサバンナ状況で生活していたので、すぐに利益を確定しなければ生き残ることができなかった、とされています。

ちなみに、ADHDの行動特性は狩猟採集社会に適合している説があったりします。

ADD/ADHDという才能
トム・ハートマン
2003-07-01



現在バイアスへの対策 ≒ ADHDへの対策

行動経済学では現在バイアスへの対策が提示されていたりしますが、これはそのままADHDへの対策に使えそうです。

たとえば、
  • 目の前の報酬 VS 将来目標の報酬を比較して可視化する
  • 目の前の報酬をなるべく遠ざけておく
  • 目標を宣言する/コミットメント
  • 目標を分割/スモールステップ + ご褒美 の設定
  • 進捗状況のレコーディング
  • 行動を習慣化する
よくあるADHDの対処法そのまんまですね。というか、誰しも現在バイアスによって不合理な行動をとってしまいがちなので、ぼく自身も活用していたりします。

では、損失についてはどうでしょう?


すぐに損するのはイヤだけど、将来損するのはどうでもいい

一方で、1ヶ月後に1万円もらうのと1ヶ月後に1万円失う場合では、失う1万円のほうがもらう1万円よりも『いま・ここ』の時点で大きく感じられます。

報酬は『いま・ここ』の価値が高くて、時間がたつとだんだん価値が割引きされます(時間割引)が、損失は時間がたっても割引きされにくかったりします。すぐに1万円を失うのも、1ヶ月後に1万円を失うのも、同じように痛いわけです。報酬は今すぐほしいけど、損失は『いま・ここ』だろうが将来であろうが避けたいものです。

経済学では、このように報酬と損失の時間割引きが異なることを『符号効果』と呼んでいます。健常者ではこの符号効果がみられますが、ADHDをもつひとは符号効果がみられにくいという研究があります。
ADHD符号効果
田中沙織:意思決定における報酬と損失の異質性とその脳基盤.2019

行動経済学は脳科学とコラボレーションしておもしろい研究やってるみたいで、とても興味深いところです。

次回は、現在バイアスに関する有名な実験である「マシュマロ・テスト」についてまとめていきます。


ADHDと行動経済学は相性がいい


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前回からの続きです。行動経済学は、あたらしい経済学の考え方で、とてもADHDと相性がよいのではないか、という話です。

で、行動経済学はなにがどうあたらしいのでしょうか?


経済学と行動経済学の違い

近代から発展してきた経済学は、「ヒトは経済合理性に基づいて行動して利益を追求する存在/ホモ・エコノミクス」であると定義されていました。つまり、とても合理的なロボットのような人間です。

時は流れて、さまざまな研究で「ヒトって全然合理的じゃないよね」という証拠がたくさん見つかるようになりました。「人間は非合理的なロボット」だったのです。というわけで、リアリティのある経済学をつくろう、というコンセプトのもと、20世紀後半から行動経済学が発展しました。
経済学と行動経済学の違い
実際には、合理的で立派なひとはなかなかお目にかかれません。大多数のひとはしょうもない間違いや失敗だとか不合理さを抱えていて、だからこそ愛すべき人間らしさがあらわれたりします。

つまり、行動経済学は人間が抱える不合理な判断や行動=人間らしさを説明してくれる理論になっています。


それぞれの人間観と精神疾患観

経済学に限らず、近代の人間観は「人間は合理的である」というコンセプトだったので、合理性=正常=人間らしさ、であると考えられていました。なので逆に、合理性を失ってしまうような精神疾患は「正常からの逸脱である」と考えられてきました。

これに対して行動経済学は「人間は非合理的だしけっこうデタラメである」というコンセプトなので、非合理性=人間らしさ、であると考えられています。そうすると、精神疾患は人間らしさがストレートに表現されている、と考えることができます。つまり、精神疾患は「人間らしさの過剰」であると考えられます。

精神疾患は人間らしさの過剰である

精神分析や現象学も人間の非合理性を指摘したりするのですが、あくまでも精神疾患は正常からの逸脱であるというコンセプトからは抜け出せていないようです。


ADHDの過剰な人間らしさ

ここで、ADHDの特性を具体的にみてみましょう。「不注意症状」についての国際的な診断基準をぼくなりに概略したものです。
a. うっかりミス
b. あきっぽい
c. うわの空 
d. 途中で投げ出す
e. とっ散らかす
f. めんどくさがる
g. ものをなくす
h. 気が散る
i. 忘れっぽい 
誰だって覚えがあることばかりで、まさに人間らしさのオンパレードだったりします。少なくとも逸脱していたり異質なものではありません。つまり、ADHDこそ人間らしさの過剰といえます。そもそも、ADHDの特性は程度問題なので、逸脱とか異質かどうかよりも、その過剰さが問題になります。


人間らしい人間のリアリティー「闇金ウシジマくん」

かつてADHDは「のび太ジャイアン症候群」として紹介されていましたが、ドラえもんの世界は時間が止まっているのでいつまでも小学生のままです。実際の臨床現場で重要であるADHDの特性をもったまま二次障害を抱えて成人したケースは描かれないので、臨床上はあまり役に立たなかったりします。

一方、ADHDをもつひとのリアリティーが身も蓋もなく表現されている漫画といえば「闇金ウシジマくん」です。ADHDの「衝動性」つまり「目先の誘惑をガマンできない」特性のために多重債務者となり身を持ち崩すひとがたくさん登場します。

債務者
とても人間らしくてリアリティーがある生き生きとした描写がなされていて素晴らしいです。


衝動性 と 満足遅延耐性/時間割引率

ADHD特性のひとつである精神科用語「衝動性」を行動経済学で説明すると、満足遅延耐性の低さ とか 時間割引率の高さ と定義されます。

満足遅延耐性とは、自制心/セルフコントロール能力であり、これが低いと、
  • 将来の報酬のために目先の小さな報酬を我慢できない
  • 目先の利益や損失を過大評価する
  • 将来の損失を過小評価する
時間割引率とは、心理的な価値が待つ時間によってどれだけ失われるか、という割合です。
時間割引率
  • 時間割引率が低いと、将来の報酬を考えて目先の報酬をガマンできる
  • 時間割引率が高いと、目先の報酬しか考えられないので「まてない」

衝動性=時間割引率の高さはさまざまな行動と相関することが知られています。
  • 多重債務
  • 低収入
  • 肥満
  • 喫煙
  • 離婚率
どれも合理性には程遠いことなのですが、ついついヒトはコレをやってしまいがちなわけで、とくにADHDをもつヒトはコレをやってしまう確率が高くなっています。

つまり、行動経済学はADHDの理解を深めたり支援のヒントを学ぶうえでとても示唆に富むので、勉強する価値があると思う今日このごろです。


闇金ウシジマくん(1) (ビッグコミックス)
真鍋昌平
2012-09-25


次回は、現在バイアスについてまとめてみます。


内海健『ADDの精神病理』から考える。その②


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前回は内海健先生の講演『ADDの精神病理』で症候学や診断基準の再検討についてまとめました。


今回はひきつづき、代償行動や二次障害についてまとめてみます。

青年期の発達障害は特性そのものよりも、それをどう代償しているのか、いかに二次障害を防ぐことができるか、がとても重要です。


ADHDの代償行動/Coping

ADHDのひとは途切れがちな集中力を高めるため、ノイズカットするため、リラックスするため、エネルギー放散してカタルシスを得るためなどなど、さまざまな代償行動/Copingをとることで自分の行動特性に折り合いをつけていきます。

行動特性そのものを代償する、というよりは、行動特性がうまく発揮できなかった場合の代償という意味合いが強いような気がします。のびのびと活動できているひとは、それそのものが代償行動でもあるわけで。
暴力 セックス ハードワーク ギャンブル ドラッグ 買い物 過食 アルコール
シンプルなもの バロック音楽 草むしり 陶芸 ガーデニング 
スリルを求める 喧嘩 高いところに昇る 戦場に向かう
がしゃがしゃした刺激の中にいる
ハードな運動 (例として、横山やすしがマラソンにハマっていたエピソード)
自分がまとまりあがる行動をとる 心配の種をみつける 
自分はダメなやつなどnegativeな考えに固執する
バロック音楽はさすがにあれなので、ロックとかテクノでしょうか。夏フェスでは毎年ミュージック・ジャンキーたちが集団療法されています。

最近は園芸療法がごさかんで、ガーデニングは精神疾患全般に効果があるようです。いろいろ細かいところをいじれるのがADHDのひとにもよいのかもしれません。

心配の種というか、いつもトラブルの種を身近に置いておくことをCopingにしているひとはけっこういて、ADHDに特異的かどうか考えたことがなかったのですが、思い当たる節がたくさんあったりしました。

あとはあちこち移動したり旅行することで新奇なものを追い求めること、フロンティア精神を満足させることが挙げられます。


代償行動/Copingがうまく機能すればいいのですが、うまくいかない場合は二次障害に発展したりするので注意が必要です。


二次障害/『ドラえもん』から『闇金ウシジマくん』へ

ちょっと前に小児期ADHDの認知度向上に貢献した『のび太・ジャイアン症候群』という本がありました。不注意が優位なのび太と衝動性が優位なジャイアン。

ドラえもんの世界はずっと小学生のままで時間が止まっているのでよいものの、のび太とジャイアンがあのまんま成人して二次障害をきたしていたらどうなるか?

私見ですが、おそらくは『闇金ウシジマくん』の登場人物になっちゃうと思うわけです。



闇金ウシジマくんには度過ぎたCopingで身を持ち崩すADHD的なひとがたくさん登場してけっこうリアリティがあるので、青年期ADHDの二次障害を考えるうえでとても参考になります。

内海先生はこれとは別タイプの二次障害を精密に想定していました。


二次障害としての『dysphoria』

境界性人格障害、てんかん、月経前緊張症などのなんともいえない憂鬱や苛立ちや不機嫌を表現するために精神科的には『ディスフォリア/dysphoria』という用語を使ったりしますが、ADDのひとにはdysphoriaがしばしば観察されるという指摘です。

その発生状況としては、
しばしば、いじめや仲間外れを契機に、がらりとひとが変わったようになります。発達が屈曲したかのように。
これが典型的に示されているのが『聲の形』という映画の主人公です。<以下、ネタバレ注意>



典型的なADHDっぽいガキ大将でいじめっ子。調子に乗りすぎてクラス全員から断罪され、スクールカースト最下層へ転落。以後は負債を返済して自殺することだけを考えて生きるようになります。まさに別人です。その後、本来の自分をとりもどせるのでしょうか?というとてもおもしろい作品です。

<以上、ネタバレ注意 おわり>


ADHD症状とクリエイティビティのトレードオフ

ADDとクリエイティビティが関連している説。偏ったひとはクリエイティブだというのはなんとなく想像がつくと思いますが、これを掘り下げていました。

とても印象的だったのは『ADHD治療薬を服用することでADHD症状は改善したがクリエイティビティが失われたケース』の話です。

ADDに悩む芸大生?で、ADHD治療薬を使用すると論文をまとめることはうまくできるようになるんだけど、作品をつくることがうまくいかなくなることがあったため、論文をまとめる時期だけ治療薬を服用をすることでうまくいったみたいです。

クリエイティブなひとなので図解して内海先生に提示して説明してくれたようです。

個人的にはスポーツ選手でADHD治療薬を飲むと調子が悪いので大切な試合前は服薬を中断するようにしている方が何人か経験ありました。

ADHDのひとはクリエイティビティを発揮できる舞台があれば活躍できて治療は不要になったりしますが、そんな舞台はそうそうなかったりするので、普通の会社員として堅実に生きていく場合や、退屈な授業をお行儀よく受けて課題をこなせるようになるために薬物療法を選択することが有効になったりします。

つまり、クリエイティビティとADHD症状はトレードオフの関係にあるので、治療の必要性は環境に依存していると言えるでしょう。 できる限り、環境調整が重要であることが前提となります。


ADHD≒狩猟採集民説

ADHDの行動特性は狩猟採集民の頃に培われた説をちらっと言及されていました。

ADD/ADHDという才能
トム・ハートマン
2003-07-01

ADHDの行動特性<衝動性や多動>は、動き回って獲物を発見して即座に対応する能力なので、狩猟採集社会においては有利だったのでしょう。逆に農耕牧畜が始まってからは、そのような行動特性は邪魔でしかなくなります。

狩猟採集は200万年前から始まっていて歴史が長く、濃厚牧畜はほんの1万年前から始まったものに過ぎないので、今でも狩猟採集時代の行動特性が根強く残っているという考えは一定の説得力があります。

これを踏まえてのことなのか、ADDのひとに低糖質食をすすめているみたいです。内海先生がとても軽佻なので驚きます。次回は、内海先生の変化について考えてみたいと思います。



ADHDと中心気質の関係

ADHDの原始的な行動特性に関連してセットで考えたいのは中心気質との関連です。

児童精神科領域では「ADHD気質」なるものが言われていますが、それはそのまま『中心気質』だったりします。


中心気質とは、
天真爛漫で、うれしいこと、悲しいことが単純にはっきりしていて、周囲の具体的事物に対して烈しい好奇心を抱き、熱中もすればすぐ飽きる。動きのために動きを楽しみ、疲れれば眠る。明日のことは思い煩わず、昨日のことも眼中にない。

よい意味でもわるい意味でも自然の動物に近い。
<中心気質>という概念について 安永浩
中心気質の著名人と言えば長嶋茂雄さんですが、最近はADHD説があったりするみたいです。
長嶋茂雄

ADHDでは「オーガナイズできない」という行動特性がしばしば問題となります。以前、中心気質の映画監督としてポール・トーマス・アンダーソンについて調べていました。


なかでも『ザ・マスター』という作品は、ADHD的な側面である「オーガナイズできなさ」具合がよく発露している作品なので参考になるかと思われます。

主人公はずっとdysphoriaでしばしば衝動的になるあぶなっかしいADHD的なひとで、監督自身もADHD的な行動特性があって、作品の構成自体もオーガナイズされていないADHD的な特徴があったりします。

いたって個人的なエピソードを圧巻の映像美で無造作に並べた映画なので、終わってみると『これは一体なんなんだ』感がハンパないのです。


横山やすしも長嶋茂雄もポール・トーマス・アンダーソンも素晴らしい才能を発揮して業績をあげているわけですが、今の時代に彼らが普通の会社員だったらADHD治療薬が手放せなかったのかもしれません。

内海健『ADDの精神病理』から考える。その①


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先日、日本を代表する精神病理学者である内海健先生の講演をみてきました。タイトルは『ADDの精神病理』です。とてもよい刺激を受けたので紹介しつつ理解を深めていきたいと思います。

内海先生は以前ASDの精神病理について書籍を出版されて話題になりました。今度はADHDについて取り組まれているようです。



講演のタイトルはADD(不注意優勢型のADHD)の精神病理となっていますが、ADDとADHDを使い分けることには別に意味はないそうです。

冒頭で、子どもではなく、青年期限定で話をしますとエクスキューズ。内海先生自身もADDっぽいところがあるとか。


見落とされがちなのは不注意が優勢な女性のADHD

ADHDは男性に多い疾患で多動という症状はセンセーショナルで目立ちやすく、特に小児期には顕著に観察されやすい一方で、女性のケースでおとなしくて不注意が優勢なタイプは目立ちにくい傾向があったりします。その分、診断が遅れて二次障害のリスクが高まる傾向があります。

内海先生は東京藝術大学で臨床をされているので、芸術家肌の学生さんがたくさん相談に来られていて、不注意が優勢な女性のケースが多いみたいです。すずろメンタルクリニックもプロアマ問わずアーティスト系のひとがけっこう来院されていて、このタイプのひとは多かったりします。


青年期ADHD臨床のむつかしさ

青年期のADHDがむつかしいのにはいくつか理由があります。

  • 聖典がない 
    たとえば統合失調症では『症例ライナー』とか、典型的な症状を示す有名なケースレポートと代表的な教科書があって、それをありがたがって読むことで診断を学ぶことができますが、ADHDにはそのような原典がなかったりします。

  • ヒストリーをとることが難しい
    発達障害は幼少期から行動特性があらわれていることが診断で重要なのですが、すでに成人して親元を離れているひとの場合はそれを確認することができません。

    「幼稚園のことを思い出せますか?」という問診が重要で、神田橋條治曰く、幼児期は本人の素の状態がわかると。

    確かに、もっている気質がストレートに表現されるのが幼児期ではありますが、患者さんの記憶はしばしばバイアスを受けて変形することがあったりするので当てにならないこともしばしばなので参考程度にするべきでしょう。

  • ADDは知能検査が得意? 
    新しい課題を面白がってやるため、欠陥が目立たないこともしばしば。むしろ、検査態度をよく観察することが重要。たとえば、簡単な課題を凡ミスするけど、難しい課題をクリアする所見など

    これもまあ一概には言えません。子どもはわりと知能検査好きですから

  • 生活場面での所見、行動観察が重要
    これは発達障害全般でよく知られていることで、診察室で医師と対面すると発達障害の行動特性は観察されなくなることがあります。

    特に軽症の患者さんは子どもであっても、ちゃんとマジメに集中して診察を受けることができます。まして大人はもっとわかりにくくなります。

    なので、診断には家庭や学校での行動を観察して情報提供してもらうことが必須だったりします。

    つまり、診察室のような『構造がしっかりしている状況』や知能検査のような『目新しさ』はADHDの行動特性をマスクする効果がある、ということです。

ADDの診断基準について

アメリカ精神医学会が発行する「精神障害の診断と統計マニュアル」が国際標準になっているので、そこで不注意症状がどう記載されているか、みてみましょう。
DSM-5™ Diagnostic Criteria Symptoms of inattention

a. Often fails to give close attention to details or makes careless mistakes in schoolwork, at work, or during other activities (e.g., overlooks or misses details, work is inaccurate). 

b. Often has difficulty sustaining attention in tasks or play activities (e.g., has difficulty remaining focused during lectures, conversations, or lengthy reading). 

c. Often does not seem to listen when spoken to directly (e.g., mind seems elsewhere, even in the absence of any obvious distraction). 

d. Often does not follow through on instructions and fails to finish schoolwork, chores, or duties in the workplace (e.g., starts tasks but quickly loses focus and is easily sidetracked). 

e. Often has difficulty organizing tasks and activities (e.g., difficulty managing sequential tasks; difficulty keeping materials and belongings in order; messy, disorganized work; has poor time management; fails to meet deadlines). 

f. Often avoids, dislikes, or is reluctant to engage in tasks that require sustained mental effort (e.g., schoolwork or homework; for older adolescents and adults, preparing reports, completing forms, reviewing lengthy papers). 

g. Often loses things necessary for tasks or activities (e.g., school materials, pencils, books, tools, wallets, keys, paperwork, eyeglasses, mobile telephones). 

h. Is often easily distracted by extraneous stimuli (for older adolescents and adults, may include unrelated thoughts). 

i. Is often forgetful in daily activities (e.g., doing chores, running errands; for older adolescents and adults, returning calls, paying bills, keeping appointments).

※c. の「うわの空で人の話を聞かない」は、アメリカ文化圏ではとても失礼なことなので重要らしいです。

これをざっくり訳してみると、、、DSM5によるADHDの不注意症状は、
a. うっかりミス
b. あきっぽい
c. うわの空 
d. 途中で投げ出す
e. とっ散らかす
f. めんどくさがる
g. ものをなくす
h. 気が散る
i. 忘れっぽい 
内海先生的には、DSM5自体がとっ散らかっていると皮肉ります。では、どうやってこれを整理して再構成していくのか。


注意の構造

そもそも『注意/attention』という用語は精神医学的には軽度意識障害があるかどうかを判別する文脈でアセスメントされるとこはありましたが、明確な定義がなく多義的であるため、まずはそこから整理をしていこうと。

アメリカの哲学者 ウィリアム・ジェームズが100年前にけっこうイイ定義をしてると紹介されていました。
When we take a general view of the wonderful stream of our consciousness, what strikes us first is the different pace of its parts. Like a bird’s life, it seems to be an alternation of flights and perchings. 
William James: The stream of consciousness.(1892)
つまり、注意には独立した2つのモードがあって、鳥のように、あるときは、じっとして、、、次の瞬間、飛び立つ!みたいな。そしてこの2つの側面は統合できないものであると。

注意の機能には、じっと枝に止まっている鳥のように、急な変化をひろうセンサーのようなボトムアップ的なモードと、ここぞとばかり飛び立つ鳥のようにピンポイントに作動するトップダウン的なモードに大別されます。

ハシビロコウ

また、ADDのひとの注意力については「くっつきやすく/はなれにくい」とよく言われています。単なる『注意の欠陥/attention deficit』というよりも『注意のムラ/attention inconsistency』 としてとらえるべきだろうという指摘がありました。



ADD症状を再編する

内海先生なりにADD症状を再編しようとしていて、まだ未完成ながら解像度の高い症候学が練られていてとても勉強になりました。

それぞれの症状を対応する注意の2つのモードと注意力の不均衡を2軸4象限として、DSMの散らかった症状を整理することができるかもしれません。

ボトムアップのムラ、つまり
  • ボトムアップ過剰 h.気が散る
  • ボトムアップ過少 a.うっかりミス c.うわの空 g.ものをなくす i.忘れっぽい
トップダウンのムラ、つまり
  • トップダウン過剰 e.とっ散らかす 
  • トップダウン過少 b.飽きっぽい d.途中で投げ出す f.めんどくさがる
こうするだけでだいぶ整理されてきました。


DSM5にはないADHDの強み

DSMは障害の診断基準なので、当然のことながらADHDの強みは書かれていないという指摘がありました。締め切りが迫ると本領発揮したり、集中力が高いところなどです。

これはいわゆるゾーンに入ることだと思います。別の勉強会で取り扱ったハンマー投げの金メダリスト室伏広治による『ゾーンの入り方』の解説が奇しくも先のWilliam Jamesの記述、注意の2つのモードと重なります。
静かに集中している状態というのは、いわば林の中の池の水が一切揺れ動かずに静まり返って鏡のように周りを映し出している状態です。それが、ある瞬間、一気に躍動感をもって動き出すのです。たとえば、アテネのスタジアムの喧騒の中で私が集中力を取り戻すことができたのは、夜空を見上げて星を見つけることで、自分の中に静寂を作ることができたからです。そして、夜空の星を見て集中した次の瞬間、野獣のようにハンマーを投げる。星空モードだけではいけないし、野獣モードだけでもいけない。その両方を持っておく。そして、突如としてどちらにもなれる。それが私の理想とする集中です。
ゾーンの入り方 (集英社新書)
室伏 広治
集英社
2017-10-17

その他にもADHDにはいろいろな強みが紹介されていました。レジリアンス、クリエイティビティ、公正さなどです。

これから、コーピングや二次障害について、ADHD症状とクリエイティビティのトレードオフについて、などなど、もっとおもしろくなるのですが、内容が盛りだくさんすぎるので続きは次回にまとめてみます。


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