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認知の歪みvs抑うつリアリズム


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うつ病の原因は本人の素因よりも環境要因が重視されるようになってきました(職場はうつ病の玄関口か?)が、いま流行ってる認知行動療法の基本的な考え方である「認知行動モデル」はそれと対立する部分があったりします。


うつ病の認知行動モデル

認知行動モデル


認知行動モデル|認知 > 感情

認知行動療法のコンセプトである「認知行動モデル」は、環境よりも「認知」つまり「モノのとらえ方/自動思考」が極端にネガティブに偏っていたり歪んだりしていることを重視する考え方です。この「認知の歪み」が感情面などに影響し、うつ症状が形成されることになっています。

従来のうつ病|感情 > 認知

これに対して、従来のうつ病の考え方は、「内因性」という「なんだかわからないけど身体の芯から元気が出てこない『感情』の病気」が発生することを重視します。それによって、ネガティブな思考が生じるというものでした。

つまり、180度ひっくり返るパラダイムシフトが起こっているわけです。

従来の「内因性」うつ病は、とにかく医師の指導のもと、休息して服薬するなど医学的に取り扱うしかありませんでした。しかし、認知行動モデルで考えれば、うつ病は誰でも「取り扱い可能」になることが画期的だったりします。

医師だけでなく、看護師や心理士をはじめ患者さんも自分自身でうつ病をメンテナンスすることができるようになりました。

とても前向きで喜ばしい考え方なのですが、運用のやり方によってはリスクもあったりします。

たとえば、まったくやりがいのない業務かつ過重労働かつパワハラが蔓延している職場のなかでうつっぽくなってるひとに対して、上司が「それは『認知の歪み』のせいだから治療してもらいなさい」とクリニックに連れて来ることはめずらしくありません。


抑うつリアリズム仮説

認知行動モデルとは真逆に、うつ病のひとは状況を正しくリアルにとらえているという考え方「抑うつリアリズム仮説」があります。

1967年、心理学者セリグマンが「学習性無力感」理論を発表しました。これによって、うつ病のひとは幼少期の挫折体験によって無力感を学習して認知が歪むことで、世界をネガティブにとらえてしまう、と説明されるようになりました。

拘束されて電気ショックを与え続けられたイヌは無気力になってしまう、という残酷な実験結果がこの理論を支えています。

1979年、セリグマンの弟子であるアロイとアブラムソが大学生を対象に行った実験で、うっかり師匠が間違っているという結果を出してしまいました。

健康な大学生よりも、うつ症状をもつ大学生の方が現実を正しく認識していたのです。むしろ健康な大学生がポジティブすぎるあまり現実を間違ってとらえていたのです。

これが「抑うつリアリズム仮説」の始まりです。以後、次々とこれを支持する研究結果が得られているようです。

逆に考えると、健康を手に入れるためには現実を正しく認識する能力を手放す必要があるようです。

別の研究では、成功体験を重ねることによって現実をポジティブに錯覚するようになるため、将来挫折するリスクが高まることが示唆されています。

なので、むしろ若いうちに挫折体験を重ねて現実を正しく認識するようになったひとこそが、優れたリーダーになる可能性を秘めているかもしれません。

そのような事例が精神科医ナシア・ガミーの著書『一流の狂気』で紹介されています。



そうすると、うつ病を治療することは、現実をポジティブに錯覚させるようにすることなのでしょうか?


抗うつ薬が表情認知に及ぼす影響

抗うつ薬が表情認知に及ぼす影響
健常者が抗うつ薬を飲んでもまったく効果がないとされていますが、実は効果があるんだよ、という興味深い報告があります。

抗うつ薬を服用することによって、他者の表情から感情を読みとる能力が低下するらしいです。しかも、ハッピーな表情は正しく読みとれるのに、恐怖・怒り・嫌悪などのネガティブな表情は読みとりにくくなるみたいです。

これはざっくり言うと「抗うつ薬を飲むと脳天気になる」ということなので、抑うつリアリズム仮説を支持する結果になっています。

アメリカ南北戦争を終わらせたシャーマン将軍

William Tecumseh Sherman
このいかにも気難しく鬱屈とした表情の紳士は、アメリカ南北戦争を終結に導いたシャーマン将軍です。

『一流の狂気』に詳しく書かれていますが、彼は若い頃に挫折体験を繰り返して双極性障害を発症しながらも、優れたリーダーとして成長していきます。

アメリカ南北戦争は「奴隷賛成&自由貿易」の南部 vs 「奴隷反対&保護貿易」の北部で、それぞれの理念が真っ向から対立していました。

司令官たちはお互いが崇高な理想を掲げて戦争を美化したり正当化したりして大衆を扇動し、戦局は泥沼化していました。近代兵器が発達していたので、大規模な戦死者を生み出すだけの不毛な戦争になっていたのです。

リアリストであるシャーマン将軍は「戦争は地獄だ」と現実を正しく認識していました。そして、戦争を早く終わらせるために、史上初の総力戦における焦土作戦を断行します。

焦土作戦とは、敵の軍隊ではなく民間人とその財産をターゲットとして攻撃するというもので、農作物を奪い、住居を焼き払い、道路・橋・鉄道などのインフラを徹底的に破壊しました。
南北戦争におけるシャーマン将軍の破壊
シャーマン将軍はアトランタの住民に「戦争は残酷そのものなのです、それを美しくみせるようなことはできないのです」と呼びかけ、北部行きの片道切符を渡し、都市を壊滅させました。

どんなに勇ましい兵士でも生活インフラを失えば屈服せざるを得ません。こうして南軍は次々と降伏して戦争は終結へ向かいます。

こうして、シャーマン将軍は現状を正しく認識することで南北戦争という古い問題を解決しましたが、民間人を巻き込む総力戦という新たな問題の扉を開いてしまいました。


ジャン・キルシュタインの憂鬱

身近な例で言うと、たとえば人気漫画「進撃の巨人」に登場する「ジャン・キルシュタイン」というキャラクターがいます。
ジャン・キルシュタイン
進撃の巨人1巻
ジャンは優秀な兵士ですが、まわりにはバケモノ級の能力をもったキャラクターがたくさん登場するので、どうしても見劣りしてしまいます。つまりジャンは「庶民代表」のポジションであるがゆえに感情移入しやすいキャラクターとして機能しています。

ジャンはリアリストなので、理想に燃えてがむしゃらに突っ走る主人公のことを「死に急ぎ野郎」とバカにする利己的でシニカルなヤツでした。
ジャンの憂鬱
進撃の巨人2巻
理不尽な現実に直面するとネガティブに考えて落ち込んでしまいますが、これは状況を正しく認識することができるという能力と表裏一体です。
マルコからジャンへ
進撃の巨人4巻
その能力を友人に見抜かれてしまう印象的なシーンがあります。
ジャンは強い人ではないから
進撃の巨人4巻
その後、偶然を契機として心境の変化が生じて成長していく彼の姿が丹念に描かれているところが心打たれます。

それは、ネガティブな「うつ」や反動としての「シニカル」「利己性」など、人間の弱さを作者が肯定しているからでしょう。




補足

  • 「認知の歪み」はマジカルワードになっていて、それ一本槍でうつ病を理解するのはリスクがあると感じていました。なので、うつ病のポジティブな側面をみることで少しだけ理解を深めることの助けになるかもしれないと思って紹介してみました。

  • もちろん認知行動療法には「認知の歪み」を修正するだけでなく、現実的な問題に対処する「問題解決技法」なども利用されています。

  • うつ病は自殺の原因にもなる苦悩の深い病気です。ここでポジティブな側面を強調しているからといって、うつ病は治療しなくて良い、ということにはなりません。

  • 抑うつリアリズムはあくまでも軽症の患者さんに現れるものなので、重症になると認知の歪みは誰が見ても顕著になることを指摘しておきます。

職場はうつ病の玄関口か?


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うつ病が増えた原因として、SSRIが発売されたことがひとつの要因としてあげられます。


今回はそれ以外の要因についてまとめてみました。


ホンモノのうつ病とは?

最近はすっかり、うつ病は「ストレスの病」として認識されていますが、もともとうつ病はめずらしい精神病の一種でした。僕が精神科医になった当時はメランコリー親和型のひとに多い「内因性うつ病」こそがホンモノのうつ病だと言われていました。

「内因性うつ病」は症状の出方と症状の内容に特徴があると言われていました。症状の出方としては、明確なきっかけがなくても「なんだかよくわからないけど勝手に出てくる」という大雑把な感じで「了解不能」とか言われていました。

なので、でっかいストレスでうつ病になった、みたいに因果関係が明確なケースは「心因性うつ病」とか「反応性うつ病」と呼ばれてホンモノのうつ病ではないことになっていました。

症状の内容としては、ちょっと凹んでるとかじゃなくて「がっつりと身体の芯から気力がわいてこない」感じが重要で、「生気的」とか言われていました。

いろいろと難しい理屈がたくさんあるのですが、ともかく内因性の概念は観察者の主観に左右されやすいことが欠点だったりします。


うつ病はいつから「ストレスの病」になったのか

「内因性うつ病」は、遺伝と環境の相互作用によってうつ病が発生するという概念ですが、時代の流れは環境要因の方をより強調するようになっていきます。

第二次大戦後のドイツでは、強制収容所から帰還した健常者の多くがうつ病にかかったということで、政府に対して補償を求めていました。

また、ナチス時代の「遺伝が全てを決める」という考え方への反省から「どのような状況でうつ病が発症するのか」という点に関心が高まり、「疲労困憊性うつ病」という概念が取り上げられるようになっていました。

一方、高度経済成長期の日本はどうでしょうか?


1984年の精神障害労災認定第1号

東北新幹線開通
1984年、東北新幹線上野地下駅の設計を請負っていた建設コンサルタント会社の設計技師(当時31歳)が、過重労働の末に通勤途中の駅ホームより電車に飛び込み、両下肢切断の重症を負いました。

これをめぐる裁判において、精神科医の金子嗣郎は「過重労働によって『反応性うつ病』を発症した結果自殺未遂に至った」という意見書を提出しました。

遺伝や気質など本人の要因よりも、過重労働という環境要因がうつ病の発症に決定的な影響を与えたこと、つまり「反応性うつ病」がホンモノのうつ病に格上げされたことがパブリックにみとめられ、精神障害が労災の仲間入りをした初めてのケースとなりました。



1991年の電通事件/内因性うつ病の敗北

1990年、大嶋一郎さん(当時23歳)が広告代理店最大手の電通に入社したちょうどその頃にバブルが崩壊、月140時間を超える残業をこなす激務のなか、翌1991年に自殺されました。

遺族側は過重労働によってうつ病を発症したことが自殺の原因であるとして、約2億2260万円の損害賠償請求を起こしました。

金子嗣郎はこの事件においても「過重労働によって疲労困憊性のうつ病を発症し自殺に追い込まれた」という旨の意見書を提出し、原告側の主張を支えました。

これに対して電通側の医師は伝統的なうつ病論を展開して対抗します。大嶋さんの真面目で几帳面で責任感の強い完璧主義である性格が「内因性うつ病」の特徴であるメランコリー親和型であると主張し、本人の素因がうつ病の発症から自殺までのプロセスに影響を及ぼしているという旨の意見書を提出しました。

いったんこの主張は受け入れられ、東京高裁では賠償額が30%減額されています。

そして最高裁。大嶋さんのメランコリー親和型性格は社会人としてはごくありふれた特性であり特別なことではないと判断され、減額は違法であるとして破棄されました。

結果的に電通側が遺族側に対して約1億6800万円を支払うことで和解が成立しました。

電通事件の判例によって、うつ病の原因は本人の素因よりも過重労働などの環境要因が大きく影響するというコンセンサスが得られていくことになります。つまり「内因性うつ病」は敗北したと言えるでしょう。

バブル崩壊後、次々と過労死の問題が明るみに出てくるようになり、企業側はその責任を追求されていくことになりました。


1999年の労働省通達/産業メンタルヘルスの拡大

1999年、ちょうど日本で最初のSSRIが発売された頃、労働省(当時)は全国の労働基準監督署に対して「職場の心理的負荷の評価法に関する通達」を行い、精神障害対策に関する3つの方向転換を示しました。

ざっくりまとめると、労災をめぐる精神疾患について、
  1. 国際的な診断基準である「ICD」が採用されました。ICDやDSMなどの国際基準には「内因性」の概念は採用されていないので、内因性うつ病はその存在価値を失っていきます。

  2. 従来よりも広範囲の精神疾患が労災の対象に含まれるようになりました。

  3. ストレス脆弱性モデルが採用され、「うつ病はストレスの病」という考え方は産業医学の常識となっていきます。
大風呂敷をひろげた結果、精神疾患による労災申請は爆発的に増加していくことになります。当然のことながら患者さんの数も増えていくわけです。

脳心臓疾患と精神疾患の労災申請件数と認定件数の推移

社会的救済としてのうつ病診断

一連の流れをみてみると、高度経済成長の象徴である新幹線に携わっていた設計士が精神障害労災認定第1号になってしまったり、バブル崩壊直後のエリートサラリーマンが過労死したことが制度変更のターニングポイントになってしまったことがとても印象的です。

高経済成長期の頃は過重労働やパワハラなんて日常茶飯事だったのでしょうが、「とにかく儲かっているからアリでしょ」で済まされていたのだと思います。好景気の豊かさは、さまざまな矛盾を覆い隠すことができるからです。しかし、バブル崩壊後ドッチラケになった世の中では、様々な不条理がむき出しになってしまいます。

そして、不条理に直面して打ちのめされ苦悩するひとたちを社会的に救済するための手段として、なかば強引に精神科医療が拡大解釈されて運用されてきました。

これこそ、うつ病が急増した要因のひとつと言えるでしょう。

しかし、うつ病の環境要因が重視されることになっても、医療は基本的に「個人の素因・脳の機能異常・認知の歪み」などを対象とするものなので、環境要因に対しては無力だったりします。

僕が精神科医になった2003年の時点でも「内因性うつ病」はまだ健在で、産業メンタルヘルスの観点など当時は全く持ち合わせていませんでした。

いったん医療化によって救済することは応急処置としては有効ですが、そのままでは肝心な問題は解決されないどころか状況が次第に悪化していくことになったりします。

なので、徐々に脱医療化していくことが必要になってくる局面もあるということで、これはまた次回以降にまとめていきたいと思います。

SSRIを飲めばハッピーになれる?


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前回は「秩序を重んじて、律儀で、几帳面で、責任感が強い」というメランコリー親和型の特性が、現代社会においてはリスクになっているかもしれないことと、「すばやく変化できる柔軟性、したたかな能動性」という特性が有利になるかもしれない、ということを書きました。


後者はかつてピーター・クレイマーが「ハイテク資本主義に適合する人材」として記述した特性で、世界で最初に発売された新しいタイプの抗うつ薬/SSRIであるプロザックを服用することでゲットできるとされていましたが、それは本当なのでしょうか?


SSRIを飲めばハッピーになれる?

クレイマーはプロザックを、病いからの回復<マイナス→ゼロ:トリートメント>をもたらすツールというだけではなく、正常よりも優れた状態へ増強<ゼロ→プラス:エンハンスメント>させるツールとして紹介しました。

従来の抗うつ薬は不快な副作用が強くてとても飲みにくいのですが、SSRIは比較的飲みやすいので、新たな時代の生き方にマッチする画期的な薬ではないかと期待されました。

もちろん実際には、薬でお手軽に人格が変わるわけないので、これはかなりの誇大広告だったわけですが、飛びつくひとが後をたちませんでした。

処方箋をうけとるには医師の診断が必要なので、自ら望んでうつ病の診断を希望するひとが増えていきます。

誰しも、うまくいかないことが起きた時は原因を自分の外部に求めがちなので「あなたがうまくいっていない原因はうつ病のせいなので薬を飲むことで必ず問題が解決します」と誘惑されたら抗うことはできません。

大昔なら「狐憑き」、最近では「発達障害」がこの機能を一部担っているかもしれません。

実際に、日本で最初にSSRIが発売された1999年(平成11年)からうつ病の患者数が急激に増えていることがわかります。
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うつ病が増えた理由はSSRIのせい?

この流れを受けて、製薬会社がマーケティングによってうつ病患者を増やして私腹を肥やしているのではないかというSSRI批判本がたくさん出版されました。ハッピーになったのは製薬会社だけじゃないかというわけです。

歴史の勉強になる良質な本もあるのですが、このようなシンプルな因果関係は時として極端な陰謀論につながっていくことがあります。

僕が精神科医になった2003年は、SSRI全盛期からの逆風でSSRI(とくにパキシル®)批判が吹き荒れていました。純粋な医師ほどこのムーブメントに乗っかって、パキシル®を処方する医師を激しく糾弾する光景を何度も目にしてきました。

ここから発展して「精神科を受診して薬を出されたら終わり」「一生通院しないといけない身体になって廃人になる」と飛躍したりします。


抗うつ薬をめぐるアンビバレンツ

ハッピーになれる薬が欲しいからうつ病と診断して欲しいというボトムアップなムーブメントと、製薬会社がトップダウンでうつ病を増やしているんだから薬は飲むなというムーブメント。

それぞれの考え方には原理主義者がいて、多くの支持者を集めるためにだんだん極端なことを主張するようになったりします。

勝手にやってろって感じですが、臨床現場への影響として、うつ病じゃないのに薬を出してくれとせがむひとや、うつ病なのに「陰謀説」を信じてなかなか薬を飲んでくれないひとが増えてしまって困ることがあったりします。


抗うつ薬の行動薬理学

じゃあ結局のところ、抗うつ薬にはどんな作用があるのでしょうか。行動薬理学的にわかりやすく解説している本があるので紹介します。



抗うつ薬を投与された実験用マウスの行動変化から、ヒトに対してどのような作用があるのか推測することができます。
  • 抗絶望効果 キツい状況でもあきらめずに努力を続けるようになります。
  • 新規刺激恐怖への効果 目新しいヘンなものがあっても「我関せず」になります。
  • 攻撃行動抑制効果 新参者に対して攻撃をしなくなります。
  • 社会相互作用促進効果 他のマウスと友好的になって接触する時間が長くなります。
これを参考にすると、ピーター・クレイマーの主張とは真逆に、むしろ飼いならされた子羊というか社畜的な特性を高めてしまうような気もします。

ブラック労働やパワハラのある職場で耐え忍んでいるひとが抗うつ薬を飲んでその場にとどまり続けたらどうなってしまうのでしょうか?なんだかディストピア小説じみてきました。


抗うつ薬の効果は実際どうなのか?

抗うつ薬はうまく利用することでうつ病の回復がスムーズになることがありますが、特効薬ではないので劇的な効果があるわけではありません。

劇的な効果があるとすれば、双極性障害/躁うつ病の素因があるひとだけです。それも、抗うつ薬を飲むことで躁状態になったり、病状が不安定になるというネガティブな効果です。

プロザックを飲んでハッピーになっていたひとたちの一部は、双極性障害の素因をもっていて軽い躁状態になっていた可能性が高いんじゃないかと思われます。

また、抗うつ薬の効果は軽いうつ病ならプラセボと大差ない、という統計が出てるくらいなので、健常なひとが抗うつ薬を飲んでもほとんど影響がないようです。

ただし、顔の表情を読みとる能力に若干の影響を与えるという興味深い報告があるので、またの機会によく調べてみたいです。


ツールとしての抗うつ薬

ともかく、しょせん薬はただの化学物質にすぎません。効果なんてその程度です。なので、あまり幻想を抱いてありがたがったり、へんに怖がったりしてもしかたがありません。単なる使い捨てのツールなので、使うひと次第、要は使いようです。

患者さんには「薬は松葉杖のようなもの」と説明しています。
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松葉杖をありがたがって抱きかかえて拝んでいても仕方がなくて、自分自身で歩く練習をしないとなかなか治療は進みません。で、ひとりで歩けるようになったら捨ててしまえばいいわけです。

松葉杖をふりまわしたら凶器にもなるでしょうが、怖がらずに適切な使用を心がけて、生活の幅をひろげることにお役立ていただければと思います。

うつ病が増えた理由を高校生にもわかるように説明してみた。


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先日、とある高校生からクリニックへ問い合わせがあって、ちょっとしたインタビューを受けたので、その時のことをまとめてみました。どうやら夏休みの宿題で「産業社会と人間」という壮大なテーマについていろいろ調べているらしいです。

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このように、うつ病は明らかに増えてます。


ブラック労働やパワハラに耐えられる理由

高校生はいわゆるブラック労働やパワハラが原因でうつ病が増えているのではないかと考えていました。

これは一理あるのですが正確ではありません。おそらく昔から、いや、昔のほうがずっとブラック企業やパワハラは多かったからです。

かつては「新卒採用&年功序列&終身雇用」というルールがうまく機能していました。これを前提とすれば、ブラックだろうがパワハラだろうが、理不尽で嫌なことがあっても辞めずにガマンして、職場に尽くすべきでしょう。

後になってから、これまでやってきたこと以上の恩恵を受けることができるからです。なので、モチベーションを保ち続けることができるわけです。

そして、一生お世話になることになる職場は『イエ』として機能していきます。

ですが、この前提は経済が成長してパイが拡大しているという条件がないと成り立ちません。

円錐

一般的に、職場などの組織構成はトップから末端まで「円錐形」なのですが、「新卒採用&年功序列&終身雇用」を続けていると「円柱形」になってしまいます。

高度経済成長期は、事業を拡大して次々に系列会社や子会社を増殖させることで、すそ野を広げて円柱を円錐に変えることができていました。しかし、ご存知のように今の日本はほとんど経済成長していないので、すそ野がほとんど広がりません。
時価総額ランキングの推移
そんな中で、円柱を円錐に変えるためには、限られたポストにしがみついているひとたち以外を適当な理由をつけて次々に落としていくほかありません。「非正規雇用」という形でごまかしていくこともひとつの方法でしょう。

このように、かつて機能していたルールが通用しなくなってしまっています。

職場に尽くしても十分な恩恵が得られない場合、合理的なひとは働き方を変えていくでしょう。しかし、これまで通り律儀に尽くすひとはどうなってしまうのでしょうか?


うつ病になりやすい性格/メランコリー親和型

かつての「新卒採用&年功序列&終身雇用」というルールにうまく適合していたのが、いわゆる『メランコリー親和型』のひとたちです。

メランコリー親和型/Typus Melancholicus:TMは、1961年にドイツの精神科医テレンバッハによって提唱された概念です。「秩序を重んじて、律儀で、几帳面で、責任感が強い」という特性で、うつ病になりやすい性格であるとされていました。

TMは1980年代に日本へ輸入され、これこそ「模範的な日本人」ということでもてはやされました。つまり、うつ病になるひとはみんなイイひと、みたいなイメージがあったりしました。

なので、うつ病の患者さんにはやたら優しいけど、うつ病っぽいけど違う病気の患者さんにはやたらと厳しい精神科医が多かったように思います。

個人的にはやや持ち上げられ過ぎてないかという違和感がありました。というのも、まちがったトップのもとでまちがったシステムを運用している組織があったとして、そこで働くひとがもしもTMをガンガン発揮していたら「エルサレムのアイヒマン」的にヤバいんじゃないかと思うからです。

それはさておき、1990年代にバブル崩壊してグローバル化の時代になってからより顕著になりましたが、そもそもTMのひとが病気になりやすいということは、TMが社会生活において不利になっていることを示唆しています。


企業戦士から社畜へ

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かつて『企業戦士』とか『モーレツ社員』とか『古き良き模範的日本人』とか、ある種持ち上げられていたTMは、今や『社畜』と呼ばれてバカにされるようになっています。

これは前提となるルールが変わってしまったからです。一部の例外をのぞいてこのルールは崩壊しつつあるので、かつてのように職場に一生懸命奉仕して理不尽なことに耐えて、職場における地位を上げても、業績が傾けば一瞬でおしまいなのです。

また、いくらブラック労働でパワハラを受けても、TMを発揮すれば耐え続けることができるのですが、いよいよ限界というところで精神科医療の門を叩くことになるわけです。

このように、今やTMそれ自体がリスクであることの方が多かったりします。


ハイテク資本主義に適合する人材

現在の不透明な時代のルールに適合している特性とは、メンバーや状況が変わっても素早く対応できる柔軟性や、職場にふりまわされるのではなく、職場に利用価値があるのかどうかを客観的に見極めて、職場を通してスキルを高めたり人脈を広げたりするしたたかな能動性、などが必要になっていると思われます。

これはピーター・クレイマーのいう「ハイテク資本主義に適合する人材」です。一番最初に発売された抗うつ薬/SSRI「プロザック」は、それらの特性を安上がりで手に入れることができる「ビジネスオリンピックのステロイド」であると彼は主張していました。
長くなったので、そのことについては次回に。


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