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前回は、ADHDの特性は行動経済学の現在バイアスで説明できる、という話でした。


今回は、現在バイアスに関する有名な実験である『マシュマロ・テスト』の結果をふまえつつ、ADHDの特性をもっているひとに足りないとされている『自制心/セルフコントロール能力』について考えてみたいと思います。


マシュマロ・テスト



1960年代後半に行われた心理学の実験で186人が被験者として参加しました。

4歳の子どもを部屋でひとりにさせて、目の前においしそうなマシュマロをひとつ置いておきます。食べたくなったらベルを鳴らしなさい、でも15分間ガマンできたらマシュマロをもうひとつあげますよ、という設定です。

で、マシュマロをガマンできた子どもには自制心があるだろうと考えられました。結果、マシュマロ・テストに合格した子どもは成績優秀で社会的に成功する確率が高かったのです。また、気が散りにくく、取り乱さず、肥満指数が低く、自尊心が高く、目標を効果的に追求し、ストレスにうまく対処できるようになった確率が高かったそうです。

つまり、「自制心は社会的成功に関連している」という説が導かれました。

目先の誘惑にふりまわされる「現在バイアス」を克服することができれば、将来の目標に向かって計画的に努力することができるので、まあけっこう説得力があるというか当たり前なことのように思えます。

で、重要なのはここからです。


マシュマロ・テスト再現実験の残酷な結果

近年、被験者を900人以上に増やしてマシュマロ・テストの再現実験が行われ、2018年に結果が発表されました。

Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes

それよると、マシュマロ・テストの再現は限定的ということで否定されました。さらに、身も蓋もない残酷な結論が発表されました。

マシュマロ・テストに合格する自制心が強い子どもが社会的に成功しやすいことは証明されたものの、マシュマロ・テストに合格するかどうかは「親の経済力」の影響が大きかったのです。

つまり、裕福な家庭の子どもは社会的に成功しやすいよ、という身もふたもない話です。
  • マシュマロ・テスト合格=自制心がある子▶将来成功しやすい
ではなくて、
  • 裕福な家庭の子ども▶マシュマロ・テスト合格
  • 裕福な家庭の子ども▶将来成功しやすい
だったわけです。


相関関係と因果関係の混同

これはよくある相関関係と因果関係の混同です。
因果関係と相関関係の混同マシュマロ・テストの闇
マシュマロ・テスト合格と将来の成功は因果関係ではなくて相関関係です。相関関係はしばしば因果関係であると誤解されます。

たとえば、育毛剤をつかうと逆にハゲる、とか。ハゲる遺伝子をもっているひとは育毛剤を使う確率が高いし、ハゲる確率も高いわけです。
因果関係と相関関係の混同育毛剤を使うとハゲる
その他にも、高価なサイフをもてばお金をかせぐことができる、とか、朝食を食べれば成績が上がるとか、ふたつの因果関係をひとつの相関関係であると誤解する例は枚挙にいとまがありません。


そもそもマシュマロ・テストで自制心を測定できるのか?

加えて、よくよく考えてみると「マシュマロ・テストに合格する子どもは自制心がある」という前提自体がかなり微妙です。

というのも、裕福な家庭では「ガマンすればマシュマロをもうひとつもらえる」という約束が果たされる可能性が高くなるでしょうが、貧しい家庭ではそのような約束が破られる可能性が高くなるからです。

そのような初期設定の違いによってその後の行動は大きく影響を受けます。

つまり、貧しい家庭では「食べられるときに食べておく」ことは戦略として正しいわけです。この判断において、自制心があるかないかは関係ありません。

たとえば、「お菓子をガマンできたら、あとでもうひとつあげるよ」と約束していたのにもかかわらず裏切られてお菓子をもらえなかった苦い経験が一度でもある子どもは、もう二度とそのような約束を守ることはなくなって、即座にマシュマロを食べるようになるでしょう。

そこには、現在バイアスによる判断はあっても「自制心」は関係ありません。最初からガマンする気なんてさらさらないのですから。

また、マシュマロ・テストに合格した子どもは、目の前のマシュマロから注意をそらして空想遊びなどに没頭できる子が多かったようです。このような注意を切り替えるテクニックは自制心とは別の能力であるといえるでしょう。

フォーカス (日本経済新聞出版)
ダニエル・ゴールマン
2018-01-31



では、マシュマロ・テストに不合格した子どもにインタビューしてみましょう。
  • Q「残念!やっぱりガマンできなかったのかな?」
  • A「は?なんでガマンせなあかんの?死ぬの?後でもらえる保証なんてねーからとりあえず食うだろ。」

一方、マシュマロ・テストに合格した子どもにインタビューしてみましょう。
  • Q「すごーい!ガマンできてエライねー!どうやってガマンしたの?」
  • A「バカなの?たった15分でもう1個やで?とりあえずもらうやろ?ヒマつぶしでもしときゃええやん。」

というわけで、どちらとも自制心とは関係なしに行動しているようです。

このように、マシュマロ・テストにおける意思決定は、自制心が関与する手前で、現在バイアス=時間割引率の違いによって決断されているといえるでしょう。



そして、現在バイアスが働いて時間割引率が小さくなるのは、両親の経済力など「あらかじめ与えられているリソース」によって強く影響を受けるわけです。


意思決定は「あらかじめ与えられているリソース」次第

お金・時間・信頼関係などの資源/リソースが欠乏していて、いつ破綻するかわからない・いつ危機がやってくるかもしれない・他人を信用できない・生き馬の目を抜くような殺伐とした世界・たとえばサバンナやスラム街で生きているひとたちにとって、自制心をもってごほうびをおあずけされたまま、のんびりかまえていることは命とりになるでしょう。現在バイアスによって素早く決断することが有利な状況だからです。

そのような環境に長期間身をおくことで現在バイアスによる「素早い決断能力」は研ぎ澄まされていきます。それに特化した能力を身につけることは、過酷な環境で生き延びることに適している反面、厳しい状況から一発逆転をねらって衝動に流されたり、現実的な苦痛を忘れるためにつかのまの快楽におぼれやすくなったりするようになるでしょう。

つまり、衝動的な行動、肥満や依存症、多重債務などに関連してしまいます。これはまさにADHDの二次障害そのものです。

つまり、マシュマロ・テストに合格するかどうか、将来成功するかどうか、ADHDの二次障害が生じるかどうかを左右するのは、生まれながらの特性としての自制心ではなくて「あらかじめ与えられているリソース次第」である、といっても過言ではなさそうです。

というわけで次回は、「リソースの欠乏」が意思決定に与える影響について、まとめていこうと思います。