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前回はADHDの特性を考えるうえで行動経済学は便利なツールになるよ、という話をしました。なかでも、現在バイアスはADHDの特性そのものなので、まとめてみました。


現在バイアスというADHDの特性

たとえば、
  • A:今すぐ10万円あげる 
  • B:10日後10万300円あげる
という選択肢と、
  • C:1年後10万円あげる
  • D:1年10日後10万300円あげる
という選択肢があるとします。

すると、ほとんどのひとは、AとDを選びます。

10日間で300円という金利は300×(365/10)/100,000=11%。年11%という超高金利なので、選択しない理由はありません。なので、合理的に考えるとBとDを選択するべきなのです。

しかしながら、ひとはとても不合理なので『いま・ここ』に飛びついてAを選択し、『いま・ここ』でなければ10日間くらい待つよ、ということでDを選択してしまいます。

つまりひとは『いま・ここ』という『現在』を過大評価してしまうクセ/現在バイアスがあるようです。これはADHDのひとにとってより顕著です。

説明としては、ひとは安全が確保される文明を得ることになったのは歴史的にはつい最近のことで、とても長いあいだ安全が確保されない不確定要素の大きいサバンナ状況で生活していたので、すぐに利益を確定しなければ生き残ることができなかった、とされています。

ちなみに、ADHDの行動特性は狩猟採集社会に適合している説があったりします。

ADD/ADHDという才能
トム・ハートマン
2003-07-01



現在バイアスへの対策 ≒ ADHDへの対策

行動経済学では現在バイアスへの対策が提示されていたりしますが、これはそのままADHDへの対策に使えそうです。

たとえば、
  • 目の前の報酬 VS 将来目標の報酬を比較して可視化する
  • 目の前の報酬をなるべく遠ざけておく
  • 目標を宣言する/コミットメント
  • 目標を分割/スモールステップ + ご褒美 の設定
  • 進捗状況のレコーディング
  • 行動を習慣化する
よくあるADHDの対処法そのまんまですね。というか、誰しも現在バイアスによって不合理な行動をとってしまいがちなので、ぼく自身も活用していたりします。

では、損失についてはどうでしょう?


すぐに損するのはイヤだけど、将来損するのはどうでもいい

一方で、1ヶ月後に1万円もらうのと1ヶ月後に1万円失う場合では、失う1万円のほうがもらう1万円よりも『いま・ここ』の時点で大きく感じられます。

報酬は『いま・ここ』の価値が高くて、時間がたつとだんだん価値が割引きされます(時間割引)が、損失は時間がたっても割引きされにくかったりします。すぐに1万円を失うのも、1ヶ月後に1万円を失うのも、同じように痛いわけです。報酬は今すぐほしいけど、損失は『いま・ここ』だろうが将来であろうが避けたいものです。

経済学では、このように報酬と損失の時間割引きが異なることを『符号効果』と呼んでいます。健常者ではこの符号効果がみられますが、ADHDをもつひとは符号効果がみられにくいという研究があります。
ADHD符号効果
田中沙織:意思決定における報酬と損失の異質性とその脳基盤.2019

行動経済学は脳科学とコラボレーションしておもしろい研究やってるみたいで、とても興味深いところです。

次回は、現在バイアスに関する有名な実験である「マシュマロ・テスト」についてまとめていきます。