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2020年01月

精神科病院への強制入院が急増している理由


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前回からの続きです。

最近、ひきこもりのひとが精神科病院へ強制入院させられたことがニュースで話題になっていました。

というわけで、精神科病院への強制入院って現状どうなっているのか、精神科救急にどっぷり関わっていた経験をもとにまとめてみました。


日本は外国と比べて精神科病院のベット数が多すぎるとか、入院期間(平均在院日数)が長すぎるだとか、よく批判されています。それはそれでおおきな問題なのですが、それよりも注目すべき事実があります。


急増する強制入院(措置入院・医療保護入院)

急増する強制入院

強制入院とは、本人が同意していない入院のことです。本人の意志に関係なく、医療者側の判断によって決定されます。

実は、精神科病院への強制入院する患者数がこのところ急増しています。なんと、ここ20年間で措置入院は約2倍、医療保護入院は約3倍、2014年には約17万件の強制入院があったようです。

これはけっこうスゴイことなのですが、あまり話題になっていないようです。

精神科病院入院患者の推移

さんざん批判されている在院患者数は減少に転じているのですが、それを補うかのように強制入院の割合が増えているのが興味深いところです。


強制入院が増えている理由

① お金がもうかるから

これは精神科医療の業界ではよくいわれていることなのですが、精神科救急はめちゃくちゃもうかります。なにしろ一般病棟の約3倍以上の収益をあげることができるからです。ちょうど5つ星ホテルの宿泊料なみです。

もちろん、5つ星ホテルのような設備やサービスは必要ありません。一般病棟よりも個室の割合が多いだけで、設備はだいたい場末のビジネスホテルなみです。

「精神科スーパー救急病棟」って広告をみると何か特別な治療をやってるように思われがちですが、スタッフの数が若干多いだけで、いたってフツーの精神科治療がなされています。つまり、多少のコストで莫大な収益を生む構造になっているので、経営者はなんとしてでも精神科救急をやりたいわけです。

で、どうやったらできるかというと、さまざまな施設基準を満たす必要があります。なかでも、「入院患者の6割以上が強制入院である」という条件をクリアしなければなりません。つまり、本人の同意による入院/任意入院よりも、強制入院をさせると金銭的メリットがあるというルールが設定されているわけです。

② 手間がかからないから

また、本人の同意による入院/任意入院はなにかと大変です。まず、治療者との信頼関係が前提になるし、治療の意義とか方針を丁寧に説明して、その必要性を理解してもらわなければなりません。精神疾患の場合、自分が病気であるという自覚=病識がなくなることもあるからたいへんです。なので、本人の同意で入院してもらうためには、知識も技能も時間も必要になるわけです。

さらに、任意入院しているひとは行動がある程度自由になるので、入院中のトラブルや事故などのリスクがなにかとつきまといます。

その一方で、強制入院は治療者との信頼関係がなくても、丁寧な説明がなくても、患者さんが理解していなくても可能です。極端な話、専門的な知識や技能がなくてもいいし、短時間で済ませることが可能だったりします。

③ 精神科病院は中小企業だから

病院って特別感があったりするのでピンとこない方もいるかと思いますが、ほとんどの精神科病院は構造的には家族経営の中小企業みたいなものです。で、そこにいる精神保健指定医は病院から給与をもらっているサラリーマンです。

そこで、①お金がもうかる上に、②手間がかからないとなると、中小企業の経営者はどうするか。

良識ある経営者ならともかく、モラルのない経営者であれば、本来は任意入院できるケースを強制入院させてしまうことを選ぶでしょう。

かくして、本来は必要のない強制入院をさせた医師は評価され、任意入院をさせた医師は経営者に呼び出されてお説教されたりするわけです(実話)。

良識ある医療者は反発するでしょうが、みんな病院からお給料をもらっている従業員なので、そうカンタンには逆らえません。

さらに、精神科救急で財務状況が良好な病院ほど高い給料(口止め料?)を支払う余裕があります。

で、経営陣の方針に忖度できるひとほど出世して要職について権限をもつようになり、忖度できないひとは排除され、強制入院の捏造がごくあたりまえの慣習になっていくわけです。

ってことで、モラルのない経営者ほど収益を上げることができるルールになっている以上、良識ある経営者は収益を上げにくくなっているので、今後ゆっくりと淘汰されていくことになるでしょう。

あるいは、もともと良識あるひとでも経営者になったとたんクソ野郎に成り下がっちゃうことも珍しくありません。ってことで、だんだんモラルのない経営者がはびこる業界になっていくことが予測されます。


どんな精神症状があったら強制入院になるの?

いやいや、そんなにカンタンに強制入院させれるわけないやんけ、と思う方も多いでしょうから、強制入院の要件を確認してみましょう。

参考:精神科救急医療ガイドライン2015年版/日本精神科救急学会(PDF)
非自発入院(強制入院)の判断基準

1)精神保健福祉法が規定する精神障害と診断される。
まず、1)の精神保健福祉法が規定する精神障害とは、
第五条
この法律で「精神障害者」とは、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう。
精神保健福祉法詳解
ここで、「その他の精神疾患」とは「精神保健福祉法詳解」によると、国際疾病分類ICD10のF4以降のすべて、すなわち精神疾患なら全部OKなのです。

実はこの「その他の精神疾患」は、1993年法改正で新たに追加された歴史があります。つまり、もともとは狭い範囲の精神障害のひとだけ対象とする基準が緩和され、強制入院のハードルは低くなっているわけです。



さらに強制入院のガイドラインをみてみましょう。
非自発入院(強制入院)の判断基準

2)上記の精神障害のために判断能力が著しく低下した病態にある(精神病状態,重症の躁状態またはうつ状態,せん妄状態など)。

3)この病態のために,社会生活上,自他に不利益となる事態が生じている。

4)医学的介入なしには,この事態が遷延ないし悪化する可能性が高い。

5)医学的介入によって,この事態の改善が期待される。

6)入院治療以外に医学的な介入の手段がない。

7)入院治療についてインフォームドコンセントが成立しない。
2)たとえば軽いパニック症でも不安が高まった状態であれば一時的に判断能力が低下することがあります。

3)精神疾患である以上、なんらかの「社会生活上、自他に不利益となる事態」は生じているでしょうよ。そうでなければ医療機関にかかっていません。

4)まあ、そうでしょう。そうでなければ医療機関にかかっていません。

5)放置するよりもケアする方がいくらか改善するでしょう。

6)7)は主観的な判断なので、ある程度精神状態が悪そうなら、満たすといえなくもないでしょう。

というわけで、実は強制入院の基準はかなり主観的かつ曖昧なので、精神保健指定医のさじ加減ひとつでいくらでも解釈が可能になっちゃうわけです。つまり、法令による縛りはあってないようなものなので、運用は精神保健指定医の良識に委ねられています。

なので、実際には精神症状ではなく、経営者の方針とか病院の慣習とかベットの空き状況によって強制入院が決定されることがあるわけです。判断をする精神保健指定医はサラリーマンなので、病院の方針には逆らえなかったりするからです。


強制入院のチェックシステム/精神医療審査会

強制入院は人権侵害のリスクが高いのに、そんなダルダルな基準でよいのでしょうか?というわけで、ちゃんとチェックシステムが定められています。

強制入院が不当だと感じたひとが申立をすれば、精神科医療審査会が開催されます。精神科医、精神保健福祉士、弁護士など有識者数名が集まって強制入院が妥当だったかどうか審議してくれるという、とても頼もしい制度です。

それで、実際に入院が不当であると判断されたケースをどのくらいあるかというと、、、

退院請求の結果
H26年では医療保護入院169,799件、措置入院6,861件、全部で176,660件の強制入院が報告されています。そのうち退院請求が3,289件で、審査されたのが2,437件。その結果、入院または処遇が不適当と判断されたのは、たったの104件です。

104/176,660=0.00058870146

つまり0.06%、10,000件中6件しか不当であるとみとめられていないのが現状です。めちゃくちゃ低い確率ですね。

さらに、申立てから審査会が開催されるまでにはだいたい1ヶ月以上かかります。

申立てしたところでひっくりかえる確率は低いし1ヶ月もかかるんだったら、賢明な人ならどうするかというと、主治医の言うことを聞いておとなしく入院生活をやり過ごしてさっさと退院してしまうわけです。うまくいけば1ヶ月くらいで退院できるからです。

最近は、精神科病院に入院すると先に入院している患者さんが「従順なフリしとけば早く退院できるよ」ってことを親切にオリエンテーションしてくれたりするらしいです。

となると、精神症状が安定していて客観的に現状を分析できるひとほど審査会を利用せず、認知症のひとや病状の重いひと、あるいはクレーマーほど利用することになったりします。

つまり、本来審査会が必要なひとほど利用せず、不必要なひとが利用することに事務コストを使っているというシュールな状況が生まれていくわけです。

ともかく、ゆるい基準で強制入院させることができて、しかもチェック機構が有効に機能していないって、なかなかすごいことだと思います。


強制入院が不当であることを立証することは可能か

さて、ひきこもりの自立支援施設の入所を拒否したために精神科病院へ強制入院/医療保護入院になったひとが、処遇が不当であるとして病院側に対して損害賠償請求訴訟を起こし、病院の医師を刑事告訴したケースがあります。さて、強制入院が不当であることを立証することは可能なのでしょうか?

被告側は強制入院が妥当だった証拠をあげなければならないわけですが、診察した精神保健指定医がカルテに記載すればそれがそのまま証拠になるのでカンタンです。よほどずさんなカルテなら問題でしょうが、悪徳な病院ほどぬかりなくカルテ記載を厳重にチェックしていたりします。

一方で、強制入院の要件をみたす精神症状が「なかった」ことを原告側が証明することはとても困難です。本人がいくら証言しても「病識がない」とか「認知の歪み」であると反論することが可能だからです。

さらに、医療保護入院になったということは、本来であれば最大の味方であるハズの家族が強制入院に賛成しているので孤立無援になっているわけです。ワンチャン、病院のスタッフが内部告発して証言してくれるかもしれませんが、見ず知らずのひとのために生活の面倒をみてくれている病院を裏切ることができるでしょうか?

っと、まあたいへん殺伐とした話になりましたが、、、まとめると、精神科病院とか精神保健指定医が悪徳かどうかというモラルの問題に矮小化してしまうよりも、制度の不備とかシステムの問題として考えていく必要があると思う今日このごろです。

次回は、精神科病院への強制入院が激増した理由を別の観点からまとめてみます。


ひきこもり自立支援施設ってどうなの?


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前回からの続きです。


今回は民間業者が運営するひきこもりのひとを自立させる施設について考えてみます。

とそのまえに、ひきこもり支援の概要についてみてみましょう。


ひきこもり支援の3ステップ

厚生労働省の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」によると、ひきこもりの支援は大きくわけて3段階のステップとなっています。
  1. 家族の支援
  2. 本人の支援
  3. 集団への参加
ざっくり説明すると、、、

1.家族の支援
ひきこもりの支援は家族からの相談を受けることから始まります。本人はひきこもっていて出てこないからです。この「家族の支援」が1番肝心なところで、ひきこもりの問題は本人だけではなく家族を巻き込んでいくので、家族自身も消耗・疲弊していてケアが必要になっていることがよくあるわけです。なので、まずは家族が元気になってもらって、本人との関係を調整していくことから始めていきます。

2.本人の支援
支援者が家族を介して本人に間接的にアプローチすることができるようになれば、徐々に変化がみられるようになります。本人が来院なり通所するようになれば、もうかなり状況は改善しているといえるので、あとひと息です。支援者が本人へ直接アプローチすることができるようになれば、変化はより促進されます。

3.集団への参加
最終段階として、いよいよ集団へ参加します。ここまで到達できればほとんど目標達成といえます。適切な環境さえ提供できれば、同じ境遇の仲間と接して共に時間を過ごすだけで、かなりの改善効果が見込まれます。しょせん親や支援者の立場にいると本当の意味での交流はできないし、仲間にはなれないからです。


ひきこもり自立支援施設の強み

さて、問題になっている業者は、ひきこもりの自立支援のために共同生活をする施設/寮をもっていて、強引に入所させるところから支援が始まる場合があるようです。

つまり、1と2のプロセスをすっ飛ばして、いきなり3の最終段階からスタートすることができるわけです。

倫理的な観点を無視して、純粋に支援の効率だけを考えれば、これはかなり有利であると考えざるを得ません。1と2はかなり時間と労力のかかる地道なプロセスだからです。

昔から戸塚ヨットスクールはじめ、さまざまな若者の自立支援施設が(一時的であるにせよ)注目されて人気を博すことがあるのは、共同生活による改善効果が絶大だからでしょう。
  
ではなぜ、このような民間の自立支援施設がさまざまなトラブルを起こしたりして長続きしないのでしょうか?


自立支援施設でトラブルが多いワケ

原因のひとつとして考えられるのは、統合失調症などの深刻な精神疾患を抱えるひとを対象にしている可能性です。

民間の自立支援施設は、共同生活の場という強みをもっていますが、残念ながら精神科医療のシステムがないので、精神疾患のあるケースを適切にケアすることができません。民間業者と違って、医療はリソースがとても潤沢なので人員や設備が充実しています。

また、統合失調症などの精神病は、病気の時期によっては共同生活と相性が悪かったり、自立を促進するはたらきかけが病状の悪化をまねくことがあります。

そもそも、本来は精神科医療で対応すべき精神病をもつひとを民間業者が相手にしているのはおかしな話です。これは、以前の記事で指摘したように、ひきこもりと精神科医療のねじれが関係しているかもしれません。



そもそも、ひきこもりの定義からしてねじれているので、ひきこもりの権威である精神科医の斎藤環が精神病以外のひとを支援の対象とする一方で、資格のない民間業者が精神病のひとを支援の対象としているという「ねじれ」が生じています。


自立支援施設と精神科病院のむすびつき

なので、最近の民間業者は精神科病院と連携してこれを補完しようとしているようです。そうすることによって、自立支援施設で対応できないほど精神状態が悪化した場合は、専門機関へ治療やケアを任せることができるからです。

これはいちおう理にかなっていることのように思えます。

しかし、ニュースによると、ひきこもりの自立支援施設の入所を拒否したために精神科病院へ強制入院/医療保護入院になった方が処遇が不当であったとして、病院側に対して損害賠償請求訴訟を起こし、病院の医師を刑事告訴しています。


原告側は治療のためではなく「見せしめ」のために精神科病院へ入院させられたと主張しています。

まだ事実関係が明らかになっていないのでなんともいえませんが、はたして連携している精神科病院は悪徳業者の片棒をかつぐ悪徳病院なのでしょうか?

争点は、病院受診時に原告がどのような精神状態だったのか、医療保護入院の要件を満たしていたのかどうか、になるでしょう。

というわけで次回は、ひきこもりと医療保護入院についてまとめていきます。


引き出し屋と移送制度(精神保健福祉法第34条)について


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前回の続きです。
今回は、引き出し屋について考えてみます。

引き出し屋とは、ひきこもりのひとを部屋からムリヤリ引きずり出して、自分たちが運営する“自立のための施設”へ強制的に連れて行く業者で、さまざまな事故やトラブルを起こして問題になっています。



まず前提として確認したいことは、、、

精神科医療の観点からまとめると、ひきこもりという枠にくくられているひとのなかには、ざっくり分けて3種類のパターンがあります。

 A 統合失調症などの精神病によって、ひきこもっているひと
 B 長期間のひきこもりの結果、精神状態が悪化しているひと
 C 長期間ひきこもっていても、精神状態が健全なひと

とくにAとBでは全く対応が異なるのですが、適切な精神科診断がなされないまま、ABCがぜんぶいっしょくたになったまま、曖昧になんとなく対応されているという現状があります。


昔からあった“引き出し屋”

最近のニュースでは、BあるいはCのケースがいわゆる「引き出し屋」によって強引に移送された、と認識されていますが、そのなかにはAのケースが含まれている可能性があるわけです。

で、そもそも昔から移送業者はAのケースを移送していました。

Aのケース、たとえば統合失調症などの精神病で病状が悪くなると、いわゆる「自分が病気であるという感覚=病識」がなくなることがあって、自分から治療を受ける可能性が低くなるため、場合によっては強制的な治療導入が必要だったりします。

というのも、統合失調症などの精神病は未治療の期間が長期化すればするほど回復しにくくなったり、身体面のトラブルや自殺のリスクが意外と高かったりするからです。

その昔は、精神科病院から精神科医が直接患者宅へ往診して、場合によっては鎮静剤を注射して眠らせてむりやり病院へ搬送していたそうですが、さすがに人権的に問題があるということでなくなりました。

なので、病院まで患者さんを連れて行かないと、基本的に病院側はなにもしてくれなくなりました。

家族の力が強かった時代なら、家族総出で患者さんを病院まで連れて行くことができたでしょうが、家族の力がどんどん弱くなっている現代ではなかなかできることではありません。

代替手段として、高額な料金を支払ってでも移送業者に依頼する家族が増えてきたのは自然な流れなわけです。


移送制度(精神保健福祉法第34条)の問題

これはさすがに問題だということで、1999年に精神保健福祉法が改正され、公的機関(都道府県および政令指定都市)が必要に応じて要件を満たす患者さんを精神科病院まで移送する制度が創設されました(精神保健福祉法第34条)。 

つまり、移送は役所の仕事になったわけです。
移送制度の流れ
で、実際の運用状況は、、、
移送制度の地域格差
このように、めちゃくちゃ少ないし地域差もひどくて、まともに運用されているとは到底考えられません。

ぼくも訪問診療をしていた重症の統合失調症をもつひとが入院しないと危険な状態になっていたので、移送制度を使おうとしたことがありますが、相談から事前調査を開始するだけでさえ、めちゃくちゃ時間がかかってたいへん困りました。

そもそも移送をしないといけないケースは時間的余裕なんてないわけです。で、結局は3ヶ月以上も待たされたあげく、なんの理由も説明してくれないまま却下された苦い経験があります。

あまりにもひどい対応だったのであきれてしまいましたが、行政の関係者によると、移送制度は長年運用した前例がない自治体なので仕方がない、という事情を聞いて納得しました。つまり、せっかく創設された移送制度はほとんど機能していないのです。

建前として法令は定められているんだけど、実際には運用されていないという矛盾、そしてそのつじつまを合わせるように民間の移送業者が活躍している現状という、とてもゆがんだ構造になっているわけです。


移送業者が悪なのか?移送制度そのものが悪なのか?

というわけで、役所ですらイヤがる仕事を請け負う民間業者はめちゃくちゃ特殊でしょうし、当然のことながらリスクも高くなるため料金は高くなってしまうでしょう。

最近のニュースをみていると、批判のターゲットは民間の移送業者なのですが、なぜか「移送」そのものが悪であるという論調が目につきます。

もちろん、移送がなくても困らない幸せな世界が早くやってくればいいのになぁ〜、とボンヤリ考えたりはします。日本が今よりもめちゃくちゃ豊かになって、自由かつ平等で寛容な社会になればあるいは可能かもしれませんが、しばらく実現しそうにないのは明白です。

ともかく、現実的には移送制度は法令で定めなければならないくらいニーズが高いわけです。ケースによってはどうしても移送が必要であることくらい、ある程度の実務経験を積めばわかることなのですが、どうしても極端に偏った発言の方がメディアではウケるので目立ってしまいます。

むしろ、正規の移送制度がちゃんと機能するようにシステムを整備してリソースを投入すれば、民間の移送業者が活躍しにくくなるし、不幸な事故も減る可能性が高いので、そっちの方向で議論する余地はあるでしょう。


まとめると、
  • 移送制度そのものが悪である▶理想論
  • 移送制度が機能しないから民間業者が担う▶現状
  • 移送制度を法令に基づいて適切に運用する▶私見

ともかく、正義感に酔って叩きやすい民間の移送業者を批判してスッキリするという安っぽい週刊誌的なノリでお祭り騒ぎをしたところで、このゆがんだ構造が変わるわけではありません。

悪質な業者が倫理的に問題あるのは当然ですが、倫理的観点だけではなくシステム的観点からこの問題を考えていく必要があると思う今日このごろです。

次回は、ひきこもりのひとを自立させるという民間業者の施設について、考えてみたいと思います。



ひきこもりと精神科医療のねじれた関係


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ライジングサン

あけましておめでとうございます。2019年はひきこもり関連のニュースがメディアで多くとりあげられていました。ぼくもひきこもりのケースに関わることが多かったり、ひきこもりの支援者向けに講演をすることがあるので、これを機会にまとめてみようと思います。

ひきこもりの権威である精神科医の斎藤環は、ひきこもりのひとを強制的に処遇する業者を痛烈批判しています。また、そのような業者と連携している精神科病院/成仁病院の精神科医は「犯罪者」であり、資格を剥奪されるべきであると言っちゃうくらいヒートアップしています。

TwitterなどのSNSで影響力を行使しようとするインフルエンサーっぽいひとは、だんだんと情熱にまかせて極端にトンガッたことばかりをつぶやくようになるので冷静に観察することが必要です。

斎藤環による成仁病院の精神保健指定医批判

ネットメディアでは、正義の精神科医・斎藤環 VS 悪徳業者&悪徳精神科病院という極端な構図になっているようですが、当然のことながら事態はそれほど単純ではありません。

というわけで、まずはひきこもりの定義をみてみましょう。


ひきこもりの定義

厚生労働省の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」による、ひきこもりの定義です。
  1. 長期間(6ヶ月以上)社会参加をしていない
  2. 精神病が直接の原因ではない
1の社会参加とは、就業・就学のほかに、趣味的な交遊もふくまれます。つまり「友だちのいないニート」です。

問題は2です。統合失調症などの病状によっては、ひきこもりの状態になってしまうことがあります。そもそも「社会的ひきこもり」は統合失調症の症状のひとつがオリジナルです。

つまり、「統合失調症などの精神病によってひきこもりの状態にあるひとは“ひきこもり”ではない」という「ねじれ」があります。統合失調症のイチ症状である「ひきこもり」がオリジナルよりも有名になってしまっているわけです。

とはいえ実際問題として、統合失調症をひきこもりから除外できているかといえば、あまりできていないのが現状です。


ひきこもりのなかの統合失調症

内閣府・ひきこもり新ガイドラインについて(講演録)/齊藤万比古[PDF]によると、ひきこもりの相談窓口を訪れる人たちの中に10%弱くらい、診断・治療をされていない統合失調症が含まれていることが指摘されています。ぼく自身の臨床経験でもそのくらいの割合が妥当であると実感しています。

統合失調症などの精神病にかかってしまうと多かれ少なかれ「ひきこもり」の状態になってしまうし、そのまま放置しているとさまざまなリスクが生じるので、早急に薬物療法はじめ医療による手当てが必要になるわけです。

ひきこもりの中には約10%統合失調症のひとが含まれていて、診断がついて治療を導入すれば比較的すみやかに回復するという事実があります。これは、精神科救急などの実務をやっている精神科医にとっては常識なのですが、世間では意外と知られていなかったりします。

医療福祉関係者でさえ、ひきこもりと統合失調症の関係について説明するとビックリされることがあります。「え?ひきこもりがクスリで改善こともあるんですか!?」と。

統合失調症には(特効薬ではないものの)治療薬はあるので、統合失調症による「ひきこもり」には薬物療法が有効です。

つまり、ひきこもりの定義では、あらかじめ統合失調症のひとは除外されていることになっているために、まるで「統合失調症によるひきこもり」は存在しないことになっていることが問題なわけです。

統合失調症は軽症化しているからそのうち無くなるんじゃないの?って、のんきなことを言う精神科医が多くなりましたが、そんなに急激に精神疾患の概念が変化するわけがありません。クリニックで軽症のケースばかりをみている精神科医と、救急で重症なケースをみている精神科医とでは、かなり温度差があったりします。


精神科医がひきこもりに関わるべきたったひとつの理由

その一方で、さらにややこしいことに、逆にもともと精神面が健全であっても、長期間ひきこもりの状態でいると、精神状態に不調をきたすことがあります。



もともとなのか、二次的なものなのか、にわかにはわかりにくい状態はあるのですが、生活の歴史をひもといて情報収集すれば、経験を積んだ精神科医であればだいたい判別できたりします。

精神科医療の観点からまとめると、ひきこもりという枠にくくられているひとのなかには、ざっくり分けて3種類のパターンがあります。

 A  統合失調症などの精神病によって、ひきこもっているひと
 B  長期間のひきこもりの結果、精神状態が悪化しているひと
 C  長期間ひきこもっていても、精神状態が健全なひと

まず、Aは完全に精神科医療マターなので、精神科医療でなんとかしないといけません。Aのケース、たとえば統合失調症などの精神病で病状が悪くなると、いわゆる「自分が病気であるという感覚=病識」がなくなることが多いため、自分から治療を受ける可能性が低くなるので、場合によっては強制的な治療導入が必要だったりします。

というのも、統合失調症などの精神病は未治療の期間が長期化すればするほど回復しにくくなったり、身体面のトラブルや自殺のリスクがめちゃくちゃ高かったりするからです。

Bも医療的なサポートがあった方がよいので、精神科医療は責任の一端を担いつつ、さまざまな業種と協力してサポート体制をつくることが必要です。Aとは違って、ゆっくりと時間をかけて関わればよいケースです。

Cはひきこもっている本人への医療的なサポートは必要なかったりしますが、周囲のひとが困って相談に来る場合があります。

まとめると、(誰でも関わることができる)ひきこもりという問題に対して、精神科医が関わるべきたったひとつの理由は、統合失調症などの精神病を確実に診断して、ひきこもりから除外する必要があるからです。


ひきこもりの医療化と脱医療化

しかし、精神科医である斎藤環はAについては多くを語らず、もっぱらBについて饒舌に語っています。

これはおそらく、精神医学的に重症のケースが少なくて比較的のんびりした病院で勤務されていたのでしょう。精神科救急の実務経験をあまりお積みになられていないのかもしれません。

また、「ひきこもり」を精神科医として治療の対象であると定めながらも、その中身は精神科医じゃなくてもできることばかりを語っています。いったん医療のターゲットにしながらも、医療的な方法はほとんど使わない「医療化しつつ脱医療化する」という「ねじれ」があります。

とはいえ、たとえばかつて「うつ病」も社会的救済のために医療化されてきた歴史があったりするので、これは決して悪いプロセスではありません。




ひきこもり支援の建前と実際

しかし実際のところ、精神科医の多く(とくに精神科病院の勤務医)は主にAのケースに対して関わっています。BまたはCのケースに関わっているのは、(ぼくを含め)物好きな一部の精神科医でしかありません。

Aのケース、つまり統合失調症などの精神病をサポートするために、精神科医療にはさまざまなリソースとシステムが与えられ、精神科医には権限が与えられているので、役割としてやりがいがあるのは当然です。わざわざややこしくてねじれたBとかCのケースに関わりたいと思うひとは少なくなるし、精神科医でなくてもできることなので、当然のことながら民間業者が参入してくるわけです。

つまり、ひきこもりは建前として精神科医療がサポートするべきであると定められていても、実際には精神科医がほとんど関わっていないので、適切に診断されることなくABCの分類が曖昧でいっしょくたになったまま、精神医学的知識の乏しい行政機関や民間業者によってなんとなくサポートされている、という現状があったりします。

そのような状況で、斎藤環はひきこもりのひとは全肯定されるべきで「胸をはってスネをかじれ」と呼びかけていたりしますが、適切な精神医学的診断と治療がなされないまま、このような見解が独り歩きするのは非常に危険です。

たとえば、かなり重い統合失調症をわずらっているひとが、適切な医療を受けることなく状況が悪化しているなか、ひたすら“ひきこもり”としてサポートされて「胸をはってスネをかじれ」をやり続けた結果、とりかえしがつかなくなってしまっている事例はめずらしくありません。

というわけで今回は、正義の精神科医・斎藤環 VS 悪徳業者&悪徳精神科病院という極端にシンプルな図式について、精神病のケースを除外するという前提なしに斎藤環の見解が流通してしまっているのは問題ですよ、という話でした。

次回はひきこもり支援をしている民間業者について考えていきたいと思います。



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