「傲慢な援助」を読む


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「THE WHITE MAN'S BURDEN」William Easterly 著

面白い本を読んだのでご紹介します。「貧困問題と開発経済学」という精神科医療とあまり関係がなさそうなジャンルの本ですが、援助者として学ぶところが大きかったので。

本書の問題提起はこうです。

第一の悲劇「貧困が存在すること」は雄弁に語られるが、
第二の悲劇「多額の援助が貧しい人々に届かないこと」は語られなのはなぜか。
貧しい国では薬が流通しにくいのに、
先進国ではベストセラーがあまねく流通するのはなぜか。


著者紹介

1957年,ウェスト・バージニア州に生まれる.1985年,MITで経済学博士号(Ph. D.)取得.世界銀行に入行.1985-87年には西アフリカ,コロンビアの融資担当エコノミストとして,以降2001年まで調査局のシニアアドバイザーとして世界各地を飛び回り,数多くの会議やセミナーに出席し,多数の論文を書くなど,「経済成長分析」の専門家として精力的に活動.2001年世界銀行を退職.現在はニューヨーク大学経済学部教授.そのほかブルッキングス・インスティテューションの非常勤シニアフェローも務める.


プランナー vs サーチャー

本書では、プランナーとサーチャーというふたつの援助者像が対照的に提示されます。カール・ポパーの二分法「ユートピア的社会工学(革命)vs 段階的民主改革(改革)」に近いものだそうです。


プランナー

  • 壮大なユートピア的計画を喧伝する
  • 人々の期待を高めるが、その実現に責任を負わない
  • 善意に満ちており、他人にも善意を強要する
  • モチベーションは与えない
  • 自分は問題に対する答えを全て知っている
  • それに従えば問題は解決すると思っている
  • 一方的にできもしない解決策を押し付ける

サーチャー

  • 必要な人に必要なサービスを届けるだけ
  • 個別の行動に対して各々が責任を負う
  • うまくまわる仕組みを考える 
  • 成果をあげれば得をするインセンティブを与える
  • 問題は多元的・複雑であると理解している
  • 事前に答えは分からないと認めている 
  • 試行錯誤を繰り返して解決策を探る

もうおわかりのように、プランナーはヤバいからサーチャーであるべきだと言うことで、プランナーがどうヤバいかと言うと、
  • 左派は国家主導の貧困との戦いが好き・右派は慈善精神に基づく帝国主義が好き、というわけで両陣営から支持されやすい。
  • プランナーはわかりやすい物語で感情に訴えるので支持されやすく、主人公気分にひたることができる。
  • プランナーは貧しい人々に関心があるのではなく、自分たちの虚栄心を満たすことに関心がある。
  • プランナーにはフィードバックとアカウンタビリティが必要ないからラク。


貧困の罠

貧困こそが諸悪の根源!なので、なんとしてでも援助しなくてはならないのか?

実際には、外国援助と貧困国の成長には相関がなく、貧困国も自力で成長できることが明らかになっています。成長できない場合の要因は貧困よりもその国の政治体制だったりするので、民主化して自由市場化すれば成長しやすかったりします。


プランニングできない市場

信頼にもとづいて交換し、互いが利益を得る「市場」という発明は、自然発生的なものであり、トップダウンで自由市場を導入することはできません。赤の他人に対する信頼度と経済成長率は相関します。貧しい国ほど特定の部族や親族が富や権限を独占し、属人的で限られたネットワークしか構築されず発展しにくいのです。また、所有権によってインセンティブが生じ、市場は有効に機能するようになります。


プランナーは悪いひとたちと結びつきやすい?

民族紛争・天然資源産出・不平等な農業社会では民主主義が成立しにくいと言われています。民衆の教育水準が低い場合、民主主義が成立しても恐ろしい政府が生まれることがあります。たとえばポピュリズム。本来の政治的目的以外の利己的な計略のために政治家が憎悪を煽り、民衆をチェスの駒のように扱って分断し、内紛が起こって民主主義が成立しにくくなって経済は停滞しやすくなります。

悪い政府への援助収入は腐敗したインサイダーを潤し、かえって民主化を遠ざけるため、原則は非介入にすべきであるという考えです。


富者に市場あり、貧者に官僚あり

貧者はニーズを伝えることがなかなかできないので、援助機関がニーズを決定し官僚が執行します。官僚は貧者よりも援助者を満足させようとしますが、プランナーは「壮大な計画」でないと満足しないため、成果を上げることよりも目標を設定することで評価されて、成果は見えにくくなります。成果を可視化して外部からの評価を受け入れ、外部に対する説明責任を負うべきです。


自国の発展は自前の発想で

援助なしに成長したかつての日本は、自前のサーチャーだったそうです。近年の経済成長国ベスト10はそれぞれ独自のシステムで成長・外国援助はゼロか微小ですが、その一方で、ワースト10はマイナス成長なのに外国からの援助は莫大です。これが、欧米の偉大なる指導のおかげだと言うのはあまりにも滑稽過ぎます。


成功の必要条件

  • フィードバックとアカウンタビリティを得るために市場を活用したこと。
  • ユートピア的目標を掲げてそれをみんなの責任にする最悪のシステムをやめること。
  • 具体的成果を目標とし、それぞれの目標に対してそれぞれの担当者が責任を持つこと。
  • 他国に対する思い上がった信念をすてて謙虚に、過度な干渉をしないこと。
  • 援助の目的は、個人の生活をよくすることであって、政府や社会を変革することではないと知ること。


まとめ

賢明で偉大なる指導者が描いたヴィジョンによってなされる施策はどうやらうまく機能しないことにみんな気づき始めています。自由な市場が機能して経済成長を促す場をつくることこそが成功の条件であり、そのための制度やインフラを整えることが援助者の役割であると。


精神科医療にあてはめてみると

医療福祉系において、過剰に意識の高いひとは「プランナー的援助者」になりがちです。プランナー的援助者は患者さんや周囲のひとを依存させがちで、しばしば患者さんの自由を制限して管理的になってしまいます。このような状況においては、患者さんのための資源が援助者の承認欲求を満足させるために浪費されてしまいます。

サーチャー的な援助者は、患者さんの可塑性と成長を信頼しています。自由度を高めて試行錯誤を重ね、成長を促します。また、問題を多元的にとらえて試行錯誤を重ねて解決を指向する、つまり問題をシステムとしてとらえる解決志向ブリーフセラピーに通じる考え方です。

基本的にはこれが望ましい援助者像だと思いますが、サーチャー的な援助者は黒子みたいなものなので地味でパッとしなかったりするので、たとえ間違った方を向いていてもわかりやすくて頼りがいのあるプランナー的な援助へと流れてしまいがちなのではないかと思う今日この頃です。


公式ホームページをリニューアルしました。


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lounge2017

すずろメンタルクリニックのホームページをちょっと前にリニューアルいたしました。それにともなって「ごあいさつ」のページを変更しております。

すずろメンタルクリニック-タイトル


すずろメンタルクリニックの考え方

すずろメンタルクリニックは5つのコンセプトを掲げて運営しています。

◉アクセシビリティ Accessibility

メンタルヘルスをめぐる環境は徐々に整備されていますが、まだまだ本当に医療を必要としているひとに対して十分な医療が行き渡っているとは言えません。そのような状況を改善する一助となるために、少しでも身近に感じられて気軽に相談できるクリニックになることを目指します。

◉スタンダード Standard

当院は基本的に保険診療を提供しておりますので、独自の考え方によって診断や治療を行うのではなく、国際標準的な基準に適合した医療情報を提供し、それに基づいた診断と治療を行うことをこころがけます。

◉コラボレート Collaborate

医療サイドからの一方的な援助にならないように、患者さんサイドからのニーズをくみとって治療方針に反映させるよう配慮し、患者さんが主体的に治療に取り組めるようサポートいたします。そして最終的には、困難な状況を患者さん自身が自律的にコントロールできるようになることを目指します。

◉システマティック Systematic

メンタルヘルスの問題はご本人とそれをとりまく環境やシステムとの不調和から生じることがあり、診察室のなかだけでは治療が完結しないことがあります。そのような場合は、ご家族をはじめ学校・職場や外部の支援機関と協議・連携しながら効果的な支援ができるようサポートいたします。

◉アップデート Updated

学会や研修会へ積極的に参加して研鑽に励み、新しい知見をとりいれてクリニックの診療機能を磨き上げ、よりよい治療空間を提供できるよう努めていきます。 

パニック障害のこと


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『パニック障害』という精神科クリニックでとても身近な病気についてまとめてみました。兵庫県医師会の情報誌『Pulse』に寄稿したものを許可を得てアップします。

突然の発作も適切な治療でコントロール可能に


ある日突然激しい動悸や呼吸困難、目まいがしてこのまま死んでしまうのではないかという不安に襲われる。『パニック障害』はそんな恐ろしい病気です。しかも日本では人口の3.4%が発症するといわれており決して人ごとではありません。

明石市にある すずろメンタルクリニック院長の濱田先生にこの病気について詳しく伺いました。


原因は神経伝達物質のバランスの乱れから


『パニック』とは、危機的な状況に置かれた時の心理状態やそれに伴う行動のことで、具体的には動悸・めまい・息苦しさや、倒れそうな感じ、死んでしまいそうな不安感・恐怖感などに襲われます。

『パニック障害』になると、実際には危ない状況でもないのに脳が誤作動してパニックと同じ反応(パニック発作)を起こします。

『パニック発作』は通常20ー30分程度で収まるので、救急車で病院に運ばれた頃には治まっていたり、検査をしても異常がないのに、同様の発作を何度も繰り返してしまうようになります。
パニック症状
原因としては、恐怖や不安を制御する脳神経のシステムの不具合が想定されています。脳内の神経と神経のあいだを行き来して情報を伝える役割を果たしている神経伝達物質のひとつに「セロトニン」があります。

セロトニンは恐怖や不安を制御するシステムに関与しているので、そのバランスが乱れることによってパニック発作が引き起こされると考えられています。ですから心臓や肺を調べても異常は見つかりません。
 
不安になりやすい体質のひとがなりやすいかもしれませんが、それよりも生活環境が大きく影響します。例えば、ストレスや夜ふかしなど生活の乱れや栄養のかたより、アルコールやカフェインのとり過ぎによって、パニック発作が起こりやすくなります。パニック障害そのものが原因で死ぬことはありませんが、放置すると深刻な状態になることがあるので注意が必要です。


まずはパターンを把握しましょう


パニック障害は以下のような特徴的なパターンを示します。パニック発作はとても苦痛が大きいため、それに引き続いて「また発作を起こしたらどうしよう」という恐怖感や不安感が生じます。これを『予期不安』といいます。

予期不安は、過去に発作を体験した時の苦しさと、発作によって引き起こされる様々な恐怖感(例えば人前で恥をかいたり、他人に迷惑を掛けるのではないか、事故を起こすのではないか等)から生じます。

そのため、大勢の人が集まる場所や以前発作を起こした場所を避けるようになります。例えば電車やエレベーターに乗ること、トンネルに入ること、映画館や歯医者に行くことを怖がって避けるようになります。これを『回避行動』といいます。

苦痛が大きいパニック発作のみが注目されがちですが、問題の本質はこの パニック発作 → 予期不安 → 回避行動 という一連のプロセスが悪循環することによって、徐々に生活の質が落ちてしまったり、長期間ひきこもるようになったり、行動が変化することであるといえます。

パニックシステム
こうしてみると、ややこしい病気のように思えるかもしれませんが、パニック障害は精神科のなかで最も治りやすい病気のひとつです。順調に治療が進めば数ヶ月で改善する場合がほとんどですので、ご安心ください。


治療の前にまずは内科へ

パニック障害と診断されている患者さんの中には、まれに甲状腺や呼吸器の病気が紛れ込んでいることがあるので、初めてパニック発作が起こった時はまず内科医の診察を受けておきましょう。血液検査や心電図などの検査を受けておけば安心です。

また、パニック障害に対してカウンセリングはあまり効果的ではありません。スタンダードな治療法である薬物療法と行動療法を組み合わせて治療することにより短期間で改善が見込めますので、心療内科や精神科で相談することをおすすめします。


治療は登山と同じ

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パニック障害という病気を治すには、一つ一つ段階を踏む必要があります。目標とする山の頂上が「薬に頼らず自分で不安をコントロールし、問題なく日常生活を送れること」だとすれば、一般的に次のような方法で治療を進めていきます。

 

薬物療法

まずは薬によってパニック発作の苦痛をやわらげます。幸い、パニック発作や予期不安には薬がとても有効です。登山に例えると、山の6合目まではバスで登るイメージで気楽に薬物療法を受けましょう。

使用される薬は大まかに分けて、即効性のある「ベンゾジアゼピン系抗不安薬」と、即効性はないが効果が持続する「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」の2種類です。

ベンゾジアゼピン系薬は即効性があって便利なのですが、効果の確実性や副作用の観点から、SSRIを使用することが主流となっています。薬の効きは個人差が大きいので症状によって種類や用量を調整します。
 
ここで注意しなければいけないのは、パニック障害になると「薬を飲むこと」自体が不安になってしまい、薬を少なめに飲んでしまうことです。薬はある程度まとまった量を飲まないと効果を発揮しませんので、決められた用法用量を守りましょう。

また、不安になってネットで検索して不確定な情報を得ることによって、ますます不安が増幅されてしまうこともあります。少しでも薬に対して疑問がある場合は、気軽に主治医と相談しましょう。

 

行動療法

薬物療法によってパニック発作や予期不安が改善しても、回避行動はなかなか改善されません。次のステップとして、それまで避けてきた行動範囲を拡げることに挑戦します。例えば自宅から出られなかった人には、図3のような計画を立てます。

行動療法の例
この表を目の届きやすい場所に掲示したり、ひとつクリアするごとにご褒美を設定したりすることでモチベーションを高め、パニック発作や予期不安が出た場合は薬物療法を見直しながらステップアップを目指していきます。
 
このような治療によって、パニック発作に圧倒されていた状態から少しずつ自信を取り戻し、不安に対して自分自身で冷静に対処することができるようになれば、パニック発作も怖くありません。予期不安や回避行動からも解放され、いつの間にか「薬に頼らず自分で不安をコントロールし、問題なく日常生活を送れる」ようになっていることに気がついて、治療を終了することになります。


周囲のひとも正しい理解と協力を

パニック障害にひとりで立ち向かうのは難しいことです。周囲の人は病気に対する正しい知識と理解を持って、患者さんを支えてあげてください。まだ症状が落ち着かないうちに「気のせいじゃない?」とか「もう薬のまなくていいでしょ?」等、安易なアドバイスは控えましょう。

病気で辛い時の経験は一生記憶に残って後の人間関係に影を落とすことがあります。周囲の人は、おおらかな気持ちで温かく見守っていただくことで回復も早くなることでしょう。


 治った後 気をつけたいこと

一度は治療を終了していても、まれに再発してしまう場合があります。そんな時はすぐに治療を再開しましょう。今度は登山のプロセスと頂上の景色を知っていますので、よりスムーズに治療が進み短期間のうちに改善が見込まれます。

最後に、どんな病気もそうですが、生活環境を整えて病気が回復しやすくなる基礎作りが大切です。パニック障害になったのをきっかけに、これまでムリをしていなかったか生活環境を見直してみてはいかがでしょうか。
セルフケア
 

第20回統合失調症臨床研究会のご案内


カテゴリ:
統合失調症臨床研究会


統合失調症臨床研究会という、統合失調症についてあつく語る会の事務局を手伝っていて、チラシを作ったりシンポジウムに参加したりします。興味のある医療関係者の方はご連絡いただければ。


第20回 統合失調症臨床研究会
テーマ:「INNOCENCE ✕ WILD」

【日時】2016年7月9日(土)10日(日)
【場所】GREEN HOUSE aqua
【会費】事前登録8,000円 当日参加9,000円 (懇親会費込み) 
【日程】
7月9日(土)
 12:30 受付
 13:00 第1演題
■司会 
 鈴木康一(立川メディカルセンター柏崎厚生病院)
■演題
『約30年間未治療だった統合失調症の男性の支援を通して学んだことーコミュニティの中に役割を作ることの大切さについてー』
 大野美子(愛知県健康福祉部障害福祉課こころの健康推進室)

 14:30 第2演題
■司会 
 藤城 聡(愛知県精神保健福祉センター)
■演題 
『なぜ病識獲得を求めるのか?―医療観察法で処遇中の放火・殺人を行った事例からー』
 吉岡眞吾(独立行政法人国立病院機構東尾張病院)

 16:00 シンポジウム(オードブル&フリードリンク)
『星野弘の著作【分裂病を耕す・精神病を耕す】を再読する』
■司会
 杉林 稔(社会医療法人愛仁会高槻病院)
■シンポジスト
 濱田伸哉(すずろメンタルクリニック)
 徳田裕志(高田馬場診療所)
 島田 稔(亀岡シミズ病院)
 田中伸一郎(帝京平成大学健康メディカル学部臨床心理学科)

18:00 懇親会(メイン&フリードリンク)
20:00 終了


7月10日(日)
 10:30 受付
 11:00 第3演題 
■司会 
 小川 恵(淑徳大学総合福祉学部)
■演題
『人は死別をどう乗り越えていくのか?ー病的悲嘆を呈した統合失調症の女性の治療経験からー』
 戸部有希子(新百合ケ丘総合病院)

 12:30 第4演題
■司会 
 横田 泉(オリブ山病院)
■演題
『統合失調症臨床の型をたずねて:自然な回復の記述のために』
 横田謙治郎(川沿記念病院)

 14:00 終了

子育て神話から自由になるための進化心理学


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共同養育
当クリニックの児童思春期外来を受診する子どもの母親について、みなさんが強い罪悪感を抱いていることについて書きました。


相変わらず、強い罪悪感を抱いてしまっている母親が多いこともあって、これについてもう少し掘り下げてみることにしました。 


母子関係という神話

3歳までは母親が1日中つきっきりで育てた方がよいという、かの有名な3歳児神話。親子関係、とくに母子関係、それも母子一体から母子分離のプロセスについて、児童精神分析・児童発達心理・児童精神医学は驚くべき執念で細部まで記述しようとしてきました。

実際に子育てをしてみるとよくわかるのですが、なかにはトンデモな記述もけっこうあって、そもそもなんでそこまで鼻息荒く必死なのか不思議なところです。。。

これにはわけがあって、第二次世界大戦中に疎開で親子が離れ離れになった経験とか、児童福祉医療施設がたくさんつくられるようになったことなどから、戦後ファミリー・ロマンスが流行したことが、その源流になっていたりするそうです。

ドゥルーズと狂気 (河出ブックス)
小泉義之
2017-02-24

 

ロマンティックな神話の弊害

もちろん、現実はそんなにロマンティックではありません。母と子のロマンティックな神話は、かなり根強くオトナたちの思考を規定しています。

子どもがすくすくと問題なく育てばよいのですが、不幸にも子どもに問題が発生してしまうと全て親の責任になってしまいます。特に母親が多方面から批判されて罪悪感を抱くことになります。

経済的にも時間的にも余裕があって、近隣に助けてくれるオトナがたくさんいる母親はまだしも、核家族で頼れる親類が近くにいなかったり、夫の帰りが遅かったりすると途端に厳しい状況になります。ましてや、母子家庭とかほとんど無謀で、そんな状況で立派に子育てできている母親のマネージメント能力は驚異的であるとしか言いようがありません。

何よりも母子関係というロマンティックな神話から自由になることが罪悪感を軽減させることにつながると思います。そのためには別の考え方の枠組みが必要になります。最近読んだ本にヒントがありました。

思春期学
東京大学出版会
2015-05-28



進化心理学から考える

今から20万年前にアフリカでヒトが誕生し、10万年前から全世界へ拡散することに成功し、他の類人猿よりも繁栄することができました。成功の要因として重要なのは『共同作業』と『共同繁殖』であると言われています。

ヒトは『共同作業』を可能にするため多くの知識や技術を習得する必要があるので、一人前になるまでの子育てに要する期間と投資が膨大となってしまいました。そこでヒトは『共同繁殖』という戦略を選択するようになります。両親以外の血縁者や非血縁者の大勢が協力して子育てに携わることによって母親の負担を減らしました。

それによって、母親は共同作業や次の出産に専念することが可能になりました。ちなみに、人間に最も近い種であるチンパンジーの授乳期間は4年以上とヒトよりも長く、その間は母親がつきっきりになってしまって他のことに専念できなくなっています。

進化と人間行動
真理子, 長谷川
東京大学出版会
2000-04-01






産後のメンタルヘルス

ほんの50年前から急激に進んだ核家族化によって、10万年前から脈々と続く『共同繁殖』という優れた戦略を放棄するようになり、そのシワ寄せは母親にふりかかっています。

母親が独りで子育てに取り組むと途端に「これでいいのだろうか」という不安感や「何か間違ったことをしてしまったのではないか」という罪悪感にさいなまれることになりがちです。

育児ノイローゼや産後うつ病には、このような事情が強く影を落としていると考えられます。特に、真面目な母親の方が罪悪感にとらわれてメンタルヘルスの問題を抱える傾向があります。先日、NHKでもとりあげられていましたNHKスペシャル “ママたちが非常事態!? ~最新科学で迫るニッポンの子育て~ ”

まして子どもに発達障害などの問題がある場合はもう大変で、親同士のネットワークをはじめ、教育・行政・医療が協力することが重要であると考えられます。


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