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前回は安定剤・睡眠薬いわゆるベンゾジアゼピン受容体作動薬/BZ系薬についてまとめました。

今回は、BZ系薬について精神科医はどんな見解をもっているかたずねてみた時のことをふりかえってみます。精神科医のなかでも世代によってかなり意見が異なっていて興味深かったので、まとめてみました。


なお、ぼくがたまたま見聞きした話を少し脚色を加えてまとめているだけなので、話半分くらいで読んでいただければ幸いです。


70代開業医A先生の場合

もうかなりのおじいちゃんなのに、いつも夜遅くまで診療をがんばっていてエラいなあと思います。

そんなA先生は、BZ系薬は「依存性はない」と断言されていて、患者さんには説明なしでバシバシ処方しています。患者さんから「依存性が心配です」とたずねられても「そんなものはない!」とお怒り気味にお答えになるそうです。

「いやいやA先生、依存性はふつうにありますよ」って指摘しても不機嫌になってスネたりするので、それ以上あまりツッコめません。

医療の世界は知識がどんどんアップデートされていくので、油断していると今までの常識が非常識になってしまうことがあります。とくに精神科の開業医は目の前の仕事にいそがしくて勉強をしなくなるひとが多かったりするので、古い知識のまま診療を続けてしまうことがあります。

さらに、開業医は自分がトップなので、注意してくれるひとがまわりにいなくなるせいか、だんだん相互的なコミュニケーションがむつかしくなる傾向があったりするので(自戒をこめて)気をつけないといけません。

というわけで、知識不足のA先生は問題外として、、、


60代開業医B先生の場合

ちょっとだけ勉強熱心なB先生は、BZ系薬の依存性は小耳にはさんで知っていますが、それでもBZ系薬はガンガン使っているようです。その理由をたずねてみると、、、

「どうせ中止しても患者さんがほしがるから出さなあかん」
「出さんかったらもう来てくれへんかもしれんから不安やねん」

患者さんから依存性について問われると、「多少あるけど大丈夫だよ」って説明しているそうです。依存性などのリスクよりもメリットが大きいと考えているようです。

興味深かったのは、B先生ご自身もよくBZ系薬を服用していて、いつも大切に持ち歩いていることです。自分がやめられないのに、患者さんにやめてもらうことはまず無理でしょう。


40代開業医C先生の場合

C先生は博士号をもっているとても優秀な医師で、A先生やB先生よりもずっと若くして開業されています。

なので、C先生はBZ系薬の依存性やリスクを熟知していらっしゃいますが、BZ系薬はよく使っているそうです。理由は、患者さんが安定して通院できるようになるから、だそうです。

C先生が開業している場所は、高級住宅街の駅前でとても人気が高いエリアです。なんと、精神科クリニックが5軒も乱立して患者さんを奪い合っている超激戦区です。なので、なによりもまずは患者さんが定着することに重きを置いているのでしょう。

C先生は自分から率先して患者さんに対して依存性のリスクを説明することはありませんが、患者さんから問われたら「依存性はあるよ」と説明してあげるスタンスだそうです。

それってどうなの?というツッコミに対する回答がなかなか興味深くて、「BZ系薬は患者さんとの絆になる」ゆえに有用である、と。

たしかに、ニコチン・カフェイン・アルコール・ドラッグなどの依存性物質は嗜好品として人々の交流を促進する効果があったりするので、ある種のカルチャーには欠かせないものだったりします。なので、一見とても魅力的な回答に思えます。
Coffee&Cigarettes

しかし、自由診療ならともかく保険診療でそんなカルチャーを担う必要はないんじゃないかという気がします。


40代勤務医D先生の場合

公的機関に勤務されているD先生はとても優秀かつエキセントリックな医師です。

D先生は、患者さんに依存性のあるクスリを説明なしで処方するのは「ヤクの売人」と同じである、という過激なご意見をおもちです。なので、もちろんBZ系薬はほとんど処方しないというスタンスです。

忖度ゼロでストイックに発言されるので、ときには敬遠されたり、自閉スペクトラム症/ASDじゃないかとバカにされたり、営業妨害すんなと恨まれたりしているD先生ですが、基本的にすべて科学的根拠に基づいて発言するひとなので、医師としてはとても信頼できる方だと思います。

そもそも、科学的に正しいことを発言する医師がASDだとか異端児あつかいされてしまうのって、どうかなと思ったりします。


まとめ

無理矢理まとめてみると、A先生・B先生はとても優しい先生で、C先生はとても賢い先生ですが、D先生とは意見が真逆なので議論が平行線になってしまいます。それらを強引にまとめると、、、

まず、A先生やB先生が精神科医になった時代は、軽いうつ病やパニック症に対する治療薬はBZ系薬しか選択肢がありませんでした。現在は副作用の少ないクスリがたくさん開発されているので、BZ系薬以外の選択肢が豊富ですが、当時はとても副作用が強いクスリばかりだったので気軽に使えなかったことでしょう。

つまり、BZ系薬しか選択肢のなかった状況がずっと長く続いてしまったがために、選択肢が増えた現在でもBZ系薬を使い続けることはある意味仕方のないことかもしれません。

しかも、(リスクの説明なしに)BZ系薬を処方すれば患者さんにはとても喜ばれます。BZ系薬は即効性があるので、効果がわかりやすいし、苦痛を一挙にやわらげてくれる、とても頼りになる薬だからです。

さらに、BZ系薬は依存性物質なので、薬を媒介として患者さんと良い関係を築くことができます。定期的にコーヒーやタバコをふるまってくれるひとを悪く思うひとはいないでしょう。

それに、BZ系薬による成功体験が忘れられない精神科医って多いんじゃないかなと思います。たまたまうまくいった行動が普遍的に正しいことであると思い込んでしまう「迷信行動」って、医療の世界ではめちゃくちゃ多いんですよね。。。

D先生の「ヤクの売人」発言はなかなかインパクトがあります。A先生とB先生は単なる知識不足なので過失といえますが、故意にやっているC先生は当たらずも遠からずというところでしょうか。


BZ系薬の使い方

じゃあお前はどうなの?というわけで、ぼくのBZ系薬の使い方をまとめてみます。ぼくのクリニックに来る患者さんの実人数およそ600名のうち20名の方にはBZ系薬を処方しています。

BZ系薬を処方するケース

  • 長期間BZ系薬を服薬していて継続を希望するひと
  • 年に数回だけピンポイントで使うひと
基本的にBZ系薬を処方することはありませんが、前の医師から長期間にわたってBZ系薬を処方されているひとを引き継いだ場合、処方を継続することがあります。

まずは依存性と副作用について十分説明した上で、BZ系薬の減量および中止を提案してみます。そうすると、比較的病状が安定していて理解力のあるひとはほとんど減量および中止を希望されます。

BZ系薬を処方することはとてもカンタンなことなのですが、減らすことはけっこうコツとわかりやすい説明が必要です。

病状が不安定だったりして余裕のないひとで処方の変更を拒否される場合は、BZ系薬の処方を継続しています。あらためて病状が安定すれば減量を提案するようにしています。

長時間のフライトやプレゼンテーションなど、年に数回のイベントのときだけ服用するひとで、自己管理能力の高いひとには少量だけ処方することがあります。

BZ系薬を処方しないケース

  • 子ども
  • 認知症をもつひと
  • 自分の感情を自分でおさえられないひと
  • 職業ドライバーのひと
子どもはまだ脳の発達が未成熟なので、脳の働きを抑制しないほうがよいと考えています。

認知症の方や、自分の感情をおさえられない方は、BZ系薬を服用することで好ましくない状態になることが予想されるので、処方することはありません。

ドライバーの方が服用することはリスクが高すぎるので処方しません。

あと、おすすめできないのは、頭脳労働されているひとや、芸術活動やスポーツをされているひとです。

BZ系薬をやめることで仕事がはかどったり、作品がつくれるようになったり、スポーツの成績が上がるひとが多かったりするからです。

BZ系薬を大量に服薬しているときはとても頭の働きがにぶそうだったひとが、減薬するたびにどんどんシャープな印象になってきて、すばらしい作品をみせてくれて驚かされることがあります。

BZ系薬の作用を考えれば能力が低下するのは当然のことなのですが、あまり気づかれていなくて、もったいないひとがいるなあと思う今日この頃です。

コーヒー&シガレッツ(字幕版)
ジム・ジャームッシュ