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認知的流動性のダークサイド、たとえば小山田圭吾のいじめについて


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認知的流動性とは

認知考古学者スティーヴン・ミズンは、初期人類と現代人類との違いは「認知的流動性」であると考えました。

心の先史時代
スティーヴン・ミズン
1998-08-01





認知的流動性とは、社会的知能の領域に非社会的知能(博物的知能や技術的知能など)が乗り入れることによって、それぞれが連動するようになることです。

この能力によって現代人類は、芸術・科学・宗教を生みだして文明を築くことができたというわけです。






認知的流動性のダークサイド

このような素晴らしい「認知的流動性」には、反作用としてのダークサイドが存在します。

たとえば、
  • 技術的知能=操作すべきものとして物理的対象を考える
  • 社会的知能=人間について考える
初期人類の心は、それぞれが独立してはたらいていました。現代人類の心は、それぞれが連動してはたらくようになった結果、
  • 操作すべき物理的対象のように人間を考える
ということができるようになりました。人間に役割を与えて組織をつくることができるようになったりする反面、人間をモノのように道具として使うことができるようになりました。これは奴隷労働や虐待につながっていくでしょう。

また、
  • 博物的知能=動植物の性質を理解して分類する
  • 社会的知能=人間について考える
それぞれが連動してはたらくようになった結果、
  • 人間としての動植物、あるいは動植物としての人間を想定する
これによって、動物を擬人化してトーテミズムをあつかうことができるようになったりする反面、動物としての人間を想定すること、つまり人間を害虫や害獣に見立てて迫害することもできるようになりました。これはいじめや人種差別などのヘイトにつながっていくでしょう。

哲学者の東浩紀は、これを「厄介な逆説」であると指摘しています。
人間から固有名を剥奪し、「素材」として「処理」することができなければ、ぼくたちは国家も作れないし資本主義も運営できない。

人間は国家と資本主義のもとでしか人間たりえない。けれども国家と資本主義は、人間を無限に残酷に、非人間的にする。人間を人間たらしめるその同じ条件が、人間を人間から無限に遠いものへと変える。そこに厄介な逆説がある。

東浩紀「悪と記念碑の問題」
ゆるく考える
東浩紀
2019-02-26



認知的流動性によるアニミズム

認知的流動性のはたらきによって「アニミズム」が可能になります。

アニミズムとは、人間以外のモノや生物を擬人化して社会的な文脈におくことで、たとえば万物に霊魂が宿り、なんらかの意図や意志をもっていると感じられる現象です。精霊信仰など宗教の基礎をなすといわれています。

心理学者ピアジェはアニミズムを幼児期の発達段階として位置づけています。だいたい2~4歳の幼児は、まわりのものすべてが自分と同じように意識をもっていると考えることがあるようです。

心理学者ハイダーとジンメルは、幾何学図形のアニメーションを用いた実験を行っています。


このアニメーションをみたひとは、ただの幾何学図形に人格や社会性を感じとり、三角同士がケンカしたとか、三角と丸が恋に落ちたと考えたりします。

ちなみに自閉スペクトラム症/ASDをもつひとは、このような見方が苦手だといわれています。


逆アニミズム

逆に、人間を他の動物やモノと同じように扱うこと、いわば「逆アニミズム」もできるようになります。
  •  アニミズムモノ ▶ 人間 としてあつかう「万物に魂が宿る」
  • 逆アニミズム人間 ▶ モノ としてあつかう「人間をモノみたいに使う」
たとえば、ASDをもつ幼児にみられる「クレーン現象」。何か欲しい物を取って欲しい時に、親の手首を持って欲しいものに近づける行動です。

その延長として、ASDをもつ子どものなかには「人遊ぶ」のではなく「人遊ぶ」ことを覚えてしまう場合があります。

たとえば、誰かをずっと椅子に座らせ続けたり、誰かの二の腕をずっと触り続けたり、などなど。バラエティー番組やいじめの現場でもみられる光景です。


小山田圭吾の天才といじめ

小山田圭吾は、誰がどうみても天才としかいいようがないミュージシャンなわけですが、そんな彼が学生時代に障害者に対して壮絶ないじめをしていたことがニュースとしてとりあげられて話題になったことがありました。

ぼくは昔からファンだったので、めちゃくちゃショックをうけてへこみました。なんとか気をとりなおして、学生時代のいじめは彼の才能や実績とは関係ないと割り切るようになりましたが、意外とこれは関係が深いことなのかもしれないと最近考えるようになりました。

小山田圭吾ことコーネリアスの魅力は、さまざまなジャンル・さまざまな年代の多種多様な音楽を自由に越境し、それぞれを素材として自在に組み合わせて再構築し、まったく新しい音楽をつくってしまうところだったりします。

まさに、創作活動において認知的流動性をいかんなく発揮しているといえます。

また、音楽だけでなく斬新な映像表現も数多く手がけていて、無機質なモノが人間的な感情を吹き込まれたかのごとく躍動するアニミズム的な表現が随所にみられます。



またそれとは逆に、人間の身体を断片化して素材として利用するヤバい表現もみられます。



彼が音楽を担当しているNHK番組「デザインあ」では、人間の「あ」という発音のみを素材として再構築することで斬新な作品を創作し、おとなだけでなく子どもたちにも人気を博しています。



小山田圭吾の優れた音楽を創造する才能は、壮絶ないじめを楽しんでしまう習性と表裏一体のものであり、そこには認知的流動性という共通の基盤があるのかもしれません。

認知的流動性を手に入れた人間は、自由自在にジャンルを越境してしまう欲望を抱いてしまう生き物です。それによってポジティブな才能が発揮される反面、ネガティブでやっかいな習性を身につけてしまっているのでしょう。

そのようなダークサイドを肯定するわけにはいきませんが、全面的に否定して切り捨てて満足するのではなく、表裏一体のものとして考えていく必要があるのではないかと思う今日このごろです。



共感の起源としての群れ/共感を媒介するオキシトシン


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前回は「共感のバランス」についてまとめました。


今回は共感の起源とオキシトシンとの関係をまとめてみます。


共感の起源

鳥の群れ
群れのメンバーが近接した距離で共存し,安定して群れの移動が維持されるためには行動を同調させる必要がある。
この論文によると、動物における群れの機能が共感の起源と関連しているのではないか、と考えられています。

群れをつくるために、まずはメンバー間が行動を同調させることが必要になります。リズムや周期のある行動の同期化は、ゲンジボタルや魚の群れにもすでに認められています。

これは原初的な情動的共感(EE)と言えるかもしれません。

哺乳類では、相手の意図や行動の意味を予測する能力が備わることによって、行動・注意・情動の変化を相手と一致させ、他者の視点を獲得できる素地ができるようになります。

この時点で認知的共感(CE)まであと少しで到達できそうです。


群れから社会へ

群れの形成は集団の安定と発展のみならず、個体の生存と適応度を上昇させて、社会的な緩衝作用や弱者保護の概念をもたらします。

今からおよそ250年前に哲学者ジャン=ジャック・ルソーは共感のひとつである「憐れみ」について独特な考え方をしていたことが東浩紀の著作によって紹介されています。
人間は「憐れみ」のゆえに、幸せな孤独を捨てて群れて生きてしまう。そしてこの「憐れみ」は、決して人間独特のものではない。それは理性や反省から離れたもので、一部の動物たちにも備わる能力である
人間は、まさにその「獣」に近い能力によってこそ社会を作って自分たちを守ることができたというのが、ルソーの主張なのである
通常、「憐れみ」はプライベートな感情であると考えられています。しかし、ルソーは「憐れみ」はパブリックな営みであり「憐れみ」こそがひとを結びつけて社会をつくると考えました。

人間の理性が社会をつくると考える一般論とは逆に、動物的な共感こそが社会をつくる基盤であることをルソーが見出していたことはとても示唆に富みます。


共感を媒介するオキシトシン

オキシトシンはギリシャ語で「すばやい出産」という意味で、産婦人科領域で陣痛促進剤として知られている、神経系や血液を介してシグナルを伝達する物質です。

その後、小動物では愛着行動を促進する作用があることがわかり、社会的シグナルの認知や養育行動の発現を促進すると考えられました。つまり、共感を媒介する物質と言えるでしょう。

自閉スペクトラム症(ASD)ではオキシトシンの伝達に異常があることが指摘されているため、オキシトシンはASDの治療薬になるのではないかと考えられています。
東京大学医学部附属病院 精神神経科 山末英典准教授らは自閉スペクトラム症と診断がつく20名の成人男性を対象にランダム化二重盲検試験を探索的に行い、オキシトシン経鼻剤の6週間連続投与によって対人相互作用の障害と呼ばれる自閉スペクトラム症の中核症状が改善することを発見しました。

哺乳類の母仔間において、仔の鳴き声や吸乳行動は母のオキシトシン分泌を促進して、母性行動を高めます。さらに、母性行動を受けた仔もオキシトシン分泌が促進されて身体的な接触を求めるようになって以下繰り返し、という連鎖反応が起こって正のループを形成します。

双方から発せられる感覚的なシグナルのやりとりがオキシトシンによって促進されることによって、情動伝染・警戒の伝搬・移動の同期化が可能になり、群れの運営が可能になります。

ヒトはこのプロセスをアイコンタクトのみで達成できるように進化しました。また、ヒトと収斂進化したイヌは(チンパンジーやオオカミと違って)この能力を獲得しているとされています。


オキシトシンを投与されたイヌは飼い主を見つめるようになり、見つめられた飼い主はオキシトシン分泌が高まり、正のループが形成されます。

つまり、ヒト同士はもちろん、ヒトとイヌの間でもオキシトシンによる正のループが起こるわけです。


共感の拡張性は?

というわけで、オキシトシンが媒介する共感はめでたく種の壁を越えました。人間は母子間だけでなくアカの他人からペットの犬にいたるまで、共感によって社会を拡張させることができます。

それならば無生物、たとえばロボットならどうなのか、という疑問が湧いてくるわけで、次回は人工的な共感が可能かについて調べてみたいと思います。

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