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共感のダークサイド

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いいことずくめのようにみえる共感にもダークサイドがあるようです。



共感の時代?

共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること
フランス・ドゥ・ヴァール
紀伊國屋書店
2010-04-22





動物行動学者のフランス・ドゥ・ヴァールは、チンパンジー社会でも観察できる共感能力が、ヒト社会において薄れているのではないかと危惧しています。

「競争こそが進化の本質であり人間のあるべき姿である」という『利己的な遺伝子』に開き直って利益のみを追求する「強欲なアメリカ的資本主義」を「共感欠如の病理」として批判しました。

これは現代においてリアリティーのある指摘でしょうか?

むしろ「共感」は絶対的な善であり神聖なモノとして祭り上げられているのではないでしょうか?

【これはひどい】というタグのついた共感を呼びおこすエピソードは、インターネットを通じて世の中を席巻しています。

そもそも『ロボティクスによる人工共感』でみてきたように、「共感」はひとつの「機能」であって、それ自体はニュートラルなものです。使い方次第で良い面も悪い面もあらわれてくることがあるので、そこに価値観を持ち込む必要はありません。

また、「共感欠如の病理」があるのと同時に「共感過剰の病理」も存在していて、精神科臨床ではどちらかといえば後者の方がやっかいな問題だったりします。


精神科医の仕事は共感すること?

一般的に、精神科医は「共感」することが仕事だと思われています。確かに共感することは診療の第一歩として重要ですが、それだけでやっていけるわけではありません。

逆に、共感能力はあらかじめ誰にでも備わっているものなので、精神科医になってからは共感のスイッチをオフにするトレーニングが必要になったりします。

よく「患者さんに影響されて“うつ”になったりしませんか?」と心配されたりするんですが、共感をずっとオンのままにしていたら身がもちません。いつまでも患者さんに共感しすぎて右往左往ふりまわされている医師は一人前であるとみとめられることはありません。

患者さんに共感しすぎてしまうと冷静さを失って客観的にみれなくなるため適切な判断ができなくなるリスクが高まります。なので、医師は自分の家族を診療することができません。

たとえば、かつて天才と呼ばれていた高名な精神科医は、妻が精神科疾患を発症していることに気づくことができませんでした。研修医でも診断できるほどに病状が進んでいたにもかかわらず、です。

加えて、精神科疾患には境界性人格障害、解離性障害、依存症などなど「安易に共感されることで悪化する病態」がたくさんあったりします。

また、メランコリー親和型性格や過剰適応といわれるひとたちは、他人に対して過剰に共感してしまうことで消耗し、病状が悪化することがあります。

つまり、医師と患者さんの関係のみならず患者さん自身にとっても、共感によって失われるものは大きいのです。


共感によって失われるもの

反共感論/Against Empathy というおもしろい本があります。共感を無条件に称揚する風潮に対するアンチテーゼとして、安易にサイコパスを称揚したりする本ではありません。

共感のダークサイドをまとめつつ、バランスのよい批判を展開しています。
もちろん共感には利点がある。美術、小説、スポーツを鑑賞する際には、共感は大いなる悦楽の源泉になる。親密な人間関係においても重要な役割を果たし得る。また、ときには善き行ないをするよう私たちを導くこともある。

しかし概して言えば、共感は道徳的指針としては不適切である。愚かな判断を導き、無関心や残虐な行為を動機づけることも多い。非合理で不公正な政策を招いたり、医師と患者の関係などの重要な人間関係を蝕んだり、友人、親、夫、妻として正しく振舞えなくしたりすることもある。私は共感に反対する。本書の目的の一つは、読者も共感に反対するよう説得することだ。

反共感論―社会はいかに判断を誤るか
ポール・ブルーム
白揚社
2018-02-02


以前とりあげたように、共感には大きくわけて情動的共感と認知的共感というふたつの異なるシステムがあります。

認知的共感のダークサイドとして、
「認知的共感」は、善きことをなす能力として過大評価されている。つまると ころ、他者の欲望や動機を正確に読み取る能力は、上首尾の〔警察に捕まっていない〕サイコパスの特徴でもあり、残虐な行為や他者の搾取に利用し得る。
と、軽く触れていますが、この本で問題としているのはおもに「情動的共感」についてです。

共感の機能には「限局性」という特徴があります。同時に共感できる相手はせいぜい数人で、たくさんのひとたちに対して同時に共感することはできません。

つまり、共感はスポット・ライト的に作用するので、視野が狭くなってしまい、しばしば道徳的な判断を間違えることになります。

たとえば、最近みた映画『デッドプール2』と『万引き家族』。どちらもすばらしい作品なのですが、共感のスポットライト作用が存分に発揮されています。

『デッドプール2』では、虐待を受けていた14歳の少年を救うために、とある組織の構成員を主人公たちが殺しまくります。

『万引き家族』では、これまた虐待を受けていた4歳の女の子を救うひとたちが、犯罪を繰り返していたりします。

どちらとも虐待されている子どもが登場して、あまりにもかわいそうな場面をみせつけられるので、観客は思わず感情移入してしまいます。その結果、子どもを救う側のひとたちが悪に手を染めることは、もはやどうでもいいことのように思えてしまいます。

現実でもこのような事態は枚挙にいとまがありません。冷静に考えるとこれはとても危険なことで、過度な共感は道徳的な判断をするときには有害であることが指摘されています。


共感に抵抗することがむつかしい理由

著者のポール・ブルームは、共感に抵抗するために「理性の力」を重視しています。しかしこれはとても困難な道のりです。

『共感の起源としての群れ/共感を媒介するオキシトシン』でみてきたように、共感という機能は生物が群れをつくる能力から脈々と受け継がれていて、脳の報酬系はいまだに共感ベースで作動しています。つまり、共感にもとづいて行動を起こすことで脳はキモチイイというシグナルを発してしまうのです。

さらに、ツイッター等のSNSを介して共感を瞬時に増幅・拡散させることがインターネットによって可能になっています。

情動的共感は扁桃体を介して作動することに関連して、反共感論の訳者である高橋洋氏は、『ツイッターはインターネットの扁桃体』と指摘しています。

このように、脳から社会インフラのレベルまで浸透している共感というシステムに対抗することは難しいのではないかと思ってしまいます。

なにか別のシステムを想定することで、乗り越え可能なのかどうか、これから考えていきたいです。

ところで、他人に共感することが苦手な自閉スペクトラム症のひとは、ルールに沿って公平な判断をするため、普通のひとよりも道徳的である場合が多いことが知られています。

その辺がヒントになるかも知れません。


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共感するロボットを設計すること

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ロボティクスによる発達の理解

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共感というシステムは生物種を越えて拡張可能であるだけでなく、ロボットでも可能になるということで、人工的に共感するロボットを設計するというおもしろい試み「情動発達ロボティクスによる人工共感設計に向けて」があるので紹介します。

発達心理学の知見を参照してロボットを設計するして、その過程で得られた知見によってさらに発達のメカニズムがより深く理解できるようになるのではないか、という考え方です。

興味深いのは、設計者がロボットの脳に直接プログラムを書き込んでいくのではなく、ロボットと人間との身体的な接触を通じて得られたデータを元にして、ロボット自身が能動的に学習してプログラミングしていくという方式をとっているところです。

つまり、ロボットの赤ちゃんにも母親役が必要みたいです。


ロボティクス(ロボット工学)という思考法



「理学」は「どうなっているのか」を探求する学問で、「工学」は理学をベースとして「どうしたら実現できるか」を探求す学問です。

工学の考え方は「とりあえずやってみないとわかんない」というノリなので、実践の積み重ねによって帰納的に試行錯誤を重ねて理解を深め、少しずつ解決に近づいていくアプローチをとります。

この考え方は臨床医学に通じるところがあります。

発達心理学や精神分析は「かくあるべし」という考え方になりがちで、ともすれば独善的になったりします。実際の治療現場ではひとりひとり複雑な事情がからんでいて一般化しにくく、知識が役に立たないことが多かったりします。

単純に独特の表現や用語が苦手なので敬遠しているひとも多かったりするので、これからはロボティクスから発達を学ぶ方が理解しやすいという人が増えるのかもしれません。


人工共感の設計

オランダ出身の著名な動物行動学者フランス・ドゥ・ヴァールは、共感の構造をマトリョーシカみたいな入れ子構造であると説明しています(情動感染<EE<CEの3層構造)。

共感の時代へ―動物行動学が教えてくれること
フランス・ドゥ・ヴァール
紀伊國屋書店
2010-04-22

人工的に共感するロボットの設計は、それとは比べものにならないくらい精緻な構造になっていて、概念図がスゴイことになっています。
人工共感の発達の概念図
ざっくり解説すると、
  1. 自分と他人の区別がつかない状態において、ミラーニューロンシステムを基盤とした身体運動の同期(ものまね)と他人の感情が自分へ伝わること(情動伝染)が連携し、養育者とのやりとりを通じて、自分と他人を認識するようになります。

  2. 自分と他人の区別ができるようになることに並行して、共感も発達します。

  3. 自分を基準に考えることができるようになると情動的共感(EE)が生まれます。

  4. 自分と他人を完全に区別できるようになると、他人の視点で考えたり、他人の心をシュミレーション(心の理論)できるようになり、認知的共感(CE)が生まれます。

  5. 自分の感情を制御できるようになることで、相手の感情に同期しながら、異なる感情を引き出すこと(同情・憐れみ)ができるようになります。

  6. 自分を自分で客観的に観察すること(メタ認知)ができるようになると、

  7. 相手の感情とは逆の感情を社会的文脈(自分が所属する集団と外部の集団との関係)に沿って引き出すこと(妬み・メシウマ)ができるようになります。


カウンセリング・ロボットの可能性

ロボットによる人工的な共感が可能になれば、カウンセリング・ロボットができたりするかもしれません。

キャリアカウンセラーの役割を人間とロボットで比較した研究があります。まだまだ発展途上のロボットなので、カウンセリングの満足度は低かったようですが、意外な効果があったようです。
ロボット群の参加者の中には,「キャリアカウンセラーだったら,ついつい相手に答えがあると思って頼りにしてしまうけれど,相手がロボットだから,自分でストーリーをつくらなきゃと思う」と認識し,ロボットを発話の記録主体と位置づけ,自分でメモをつくり,メモの記録内容を最終過程で統合し,キャリアアンカーを意味づけた者が存在した.
カウンセリング・ロボットは発話内容を繰り返す「リボイス」によって、クライアントから「聞き手」として認識され、共感が生まれた事例が報告されていることがとても興味深いです。

そもそもカウンセリングは、クライアントに対して答えを教えてあげるのではなく、自分自身で答えをみつけることを支援するものなのですが、ついついカウンセラーに対して「答えを知っている人」という幻想を抱いて依存してしまい、自分で答えを探すことができなくなることがあります。


ドラえもん療法

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ところで、ロボットと言えば「ドラえもん」。四次元ポケットからいつも凄い道具を出してくれますが、調子に乗って使っているとろくなことにはなりません。頼りになるのか頼りにならないのか、そもそもなんでネコなのか、わけのわからない存在です。

「決して頼りにはならないけど、いつも味方になってくれる、わけのわからない存在」というのは理想の治療者像なのではないかと個人的に思っていたりします。つまり「ドラえもん療法」。

というわけで、「なんでも知っている」という幻想をふりまいてとっても頼りになりそうな治療者よりも、ちょっとした共感システムを搭載したロボットの方が優秀な治療者になる可能性があるかもしれません。

次回は、共感のダークサイドについて考えてみたいです。

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共感の起源としての群れ/共感を媒介するオキシトシン

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前回は「ふたつの共感」についてまとめました。
今回は共感の起源とオキシトシンとの関係をまとめてみました。


共感の起源

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群れのメンバーが近接した距離で共存し,安定して群れの移動が維持されるためには行動を同調させる必要がある。
この論文によると、動物における群れの機能が共感の起源と関連しているのではないか、と考えられています。

群れをつくるために、まずはメンバー間が行動を同調させることが必要になります。リズムや周期のある行動の同期化は、ゲンジボタルや魚の群れにもすでに認められています。

これは原初的な情動的共感(EE)と言えるかもしれません。

哺乳類では、相手の意図や行動の意味を予測する能力が備わることによって、行動・注意・情動の変化を相手と一致させ、他者の視点を獲得できる素地ができるようになります。

この時点で認知的共感(CE)まであと少しで到達できそうです。


群れから社会へ

群れの形成は集団の安定と発展のみならず、個体の生存と適応度を上昇させて、社会的な緩衝作用や弱者保護の概念をもたらします。

今からおよそ250年前に哲学者ジャン=ジャック・ルソーは共感のひとつである「憐れみ」について独特な考え方をしていたことが東浩紀の著作によって紹介されています。
人間は「憐れみ」のゆえに、幸せな孤独を捨てて群れて生きてしまう。そしてこの「憐れみ」は、決して人間独特のものではない。それは理性や反省から離れたもので、一部の動物たちにも備わる能力である
人間は、まさにその「獣」に近い能力によってこそ社会を作って自分たちを守ることができたというのが、ルソーの主張なのである


通常、「憐れみ」はプライベートな感情であると考えられています。しかし、ルソーは「憐れみ」はパブリックな営みであり「憐れみ」こそがひとを結びつけて社会をつくると考えました。

人間の理性が社会をつくると考える一般論とは逆に、動物的な共感こそが社会をつくる基盤であることをルソーが見出していたことはとても示唆に富みます。


共感を媒介するオキシトシン

オキシトシンはギリシャ語で「すばやい出産」という意味で、産婦人科領域で陣痛促進剤として知られている、神経系や血液を介してシグナルを伝達する物質です。

その後、小動物では愛着行動を促進する作用があることがわかり、社会的シグナルの認知や養育行動の発現を促進すると考えられました。つまり、共感を媒介する物質と言えるでしょう。


自閉スペクトラム症(ASD)ではオキシトシンの伝達に異常があることが指摘されているため、オキシトシンはASDの治療薬になるのではないかと考えられています。
東京大学医学部附属病院 精神神経科 山末英典准教授らは自閉スペクトラム症と診断がつく20名の成人男性を対象にランダム化二重盲検試験を探索的に行い、オキシトシン経鼻剤の6週間連続投与によって対人相互作用の障害と呼ばれる自閉スペクトラム症の中核症状が改善することを発見しました。

哺乳類の母仔間において、仔の鳴き声や吸乳行動は母のオキシトシン分泌を促進して、母性行動を高めます。さらに、母性行動を受けた仔もオキシトシン分泌が促進されて身体的な接触を求めるようになって以下繰り返し、という連鎖反応が起こって正のループを形成します。

双方から発せられる感覚的なシグナルのやりとりがオキシトシンによって促進されることによって、情動伝染・警戒の伝搬・移動の同期化が可能になり、群れの運営が可能になります。

ヒトはこのプロセスをアイコンタクトのみで達成できるように進化しました。また、ヒトと収斂進化したイヌは(チンパンジーやオオカミと違って)この能力を獲得しているとされています。

オキシトシンを投与されたイヌは飼い主を見つめるようになり、見つめられた飼い主はオキシトシン分泌が高まり、正のループが形成されます。

つまり、ヒト同士はもちろん、ヒトとイヌの間でもオキシトシンによる正のループが起こるわけです。


共感の拡張性は?

というわけで、オキシトシンが媒介する共感はめでたく種の壁を越えました。人間は母子間だけでなくアカの他人からペットの犬にいたるまで、共感によって社会を拡張させることができます。

それならば無生物、たとえばロボットならどうなのか、という疑問が湧いてくるわけで、次回は人工的な共感が可能かについて調べてみたいと思います。

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共感のバランス

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「共感」という言葉は当たり前のように使われ過ぎていて、深く考えることがなかったりします。あらためてよくよく調べてみると、けっこうややこしくて奥が深いモノだったのでまとめてみます。

EEとCE、ふたつの共感

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まず、共感は大きく分けて2種類あります。

①情動的共感(Emotional Empathy:EE) 
②認知的共感(Cognitive Empathy:CE)

①EEは、相手の感情に自らも同調して生じる共感です。
古い系統発生の原始的なシステムで、生得的で自動的に「情動感染」や「ミラーニューロンシステム」による模倣からボトムアップに生じる、自律神経系を巻き込んだ身体的な反応です。

②CEは、相手の立場になって気持ちを推しはかる共感です。
比較的新しいシステムで、類人猿とヒトに発達。後天的、意識的で、知識や推論を統合してトップダウンに生じる、いわゆる、心の理論(ToM)とかメンタライジングと呼ばれるものです。

ASDの共感/サイコパスの共感

「アスペルガー症候群」という名称は、1944年に最初の症例を報告したハンス・アスペルガーの名を冠して、1981年にローナ・ウィングが発表したものです。

もともとは「自閉的精神病質=自閉的サイコパス(Autistische Psyachopathie)」と名づけられていました。

症状のひとつとして「共感能力の欠如」があげられて「サイコパス」と称されているのでまぎらわしいのですが、一般的には自閉スペクトラム症(ASD)と反社会性人格障害(サイコパス)との違いはCEとEEの二分法で説明されていたりします。

サイコパスは「高CE+低EE」です。他人の立場に立って相手の弱点や欲望を把握するのが得意なので、他人をうまく操作することができます(高CE)。一方で、他人にひどいことをしても心拍数が上がらなかったりします(低EE)。

前回とりあげたサイモン・バロン=コーエンの「共感-システム化理論(EST)」では、自閉スペクトラム症(ASD)は「低CE+普通EE」と言われています。他の研究者の間でも、ASDはCEが苦手ということはコンセンサスを得られています。

一方で、EEに関しては諸説さまざまで、ASDは高EEだという立場もあったりします。


共感不均衡仮説「低CE+高EE」

ASDが高EEかもしれないのは、他者よりも自己志向でToMが弱いためEEが抑制されにくいのではないかという考えがあって「共感不均衡仮説(empathy imbalance hypotheses:EIH)」と言われていたりします。

ASDの二次障害が重いケースでは、不幸にもつらい体験を重ねることによって共感能力がすり減って、シゾイドパーソナリティ(低CE+低EE)っぽくなるひとがいたりします。

あるいは、高EEを保つことよってサイコパス化やシゾイド化を回避することができるのかもしれません。


高EEは感覚過敏?

ASDの症状のひとつに感覚過敏があります。最近はなんでもかんでも感覚過敏としてひとくくりにされがちだったりしますので診断基準を確認してみると、、、
Hyper- or hyporeactivity to sensory input or unusual interests in sensory aspects of the environment(DSM-5)
ざっくり言うと、特定の刺激に対して敏感に反応してしまったり、ハマってしまったりすることです。

単に感覚が鋭いというわけではなく、いくつかの感覚を統合することが苦手だったり、感覚刺激を予測することが苦手なために、特定の感覚に対してびっくりしてしまう傾向のことを言います。

というわけで、直接は共感能力に関わりがなさそうですが、なんらかの形で関与している可能性があるのかもしれないので、また調べてみたいです。

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色彩感覚からの共感能力

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ASDのひとは黄色が苦手?

自閉スペクトラム症(ASD)の症状のひとつである感覚過敏は、普段の色の好みにも影響しているのか、という研究。
正高信男 霊長類研究所教授、マリン・グランドジョージ レンヌ第一大学講師らの研究チームは、自閉症スペクトラム障害(ASD)の特徴の一つと考えられる知覚過敏の中でも色彩に着目し、ASD児の色彩感覚にどのような特徴がみられるかを調査しました。
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その結果、ASD児は比較的茶色と緑色を好み、黄色を嫌がることがわかりました。黄色は生理的に刺激が強いことが原因ではないか、という考察です。

確かに、視覚障害者のための点字ブロックは目を引きやすいように黄色にしてあります。
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ただ、ASDは感覚過敏があって黄色は刺激が強いので気をつけましょう、という理解だけだと薄っぺらい感じがして何だか物足りません。

知覚の様式が通常とは異なるという特性は、ASDにとってどのような意味を持つのか、考えてみたいと思います。


霊長類が色彩感覚を発達させた理由

そもそも、霊長類は樹上生活に適応するためにすばらしい色彩感覚を身につけてきました。これには栄養分に富んだ果実や若葉を検出できるように進化したという説明があります。

以前紹介したマーク・チャンギージーによると、人間の色彩感覚は光そのものの色ではなく、「肌の色の変化」を知覚するために最適化されているらしいです。

人間の肌の色は酸素飽和度の高低(赤↔緑)とヘモグロビン濃度の高低(青↔黄)によって色が変わります。これに対応して、色覚を感知する錐体細胞は、肌の色が大きく変わる色の波長(赤・緑・青)を感知するのに都合よく配置されています。

そうすると、血液が滞ってうっ血しているのか、酸素が足りないのか、という健康状態だけでなく、怒って赤くなっているのか青ざめているのかという感情や精神状態を鋭敏に捉えることができるようになります。

人間の色彩感覚は、ちょうど医療機器「パルスオキシメーター」のごとく健康状態を把握したり、極端な話、超能力者のように相手の感情や精神状態を読みとる能力があると言えるわけです。
人間の目は、肌を、セックスとバイオレンス満載の感動的なドラマを眺めることのできる、フルカラーのディスプレイに変えるように進化してきたからだ。色覚を持たない動物には、あるいは、私たちと同じような色覚を持たない動物には、そうした肌の「ショー」は見えない。

ひとの目、驚異の進化: 4つの凄い視覚能力があるわけ
マーク チャンギージー
インターシフト
2012-10-20




肌の露出と色彩感覚

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最近では「肌色」のことを「うすピンク」と表現するようですが、「肌色」はいわばキャンバス、つまりデフォルトな色なので表現しにくかったり、知覚しにくかったりします。反面、化粧で少し色をつけるだけですごくインパクトをもちます。

色覚は霊長類によって大きな差があります。たとえば、キツネザルにはフルカラーの色覚はありません。
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一方で、ニホンザルなどの旧世界ザルや人間にはフルカラーの色覚があります。
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写真をみれば一目瞭然、キツネザルの顔は体毛に覆われていて肌が露出していなくて、ニホンザルなどの旧世界ザルと人間の顔は肌が露出しています。さらに人間は二足歩行によって視認できる肌の領域が格段に増えました。

これによって、肌の変化をこまやかに観察できるようになって、健康状態から感情や精神状態の変化をとらえやすくなったのではないかと考えられています。

これは、相手の気持ちを考えて「共感する能力」を基礎づけることに関与しているのかもしれません。

色覚の男女差

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系統発生的にはキツネザルとニホンザルのちょうど中間にあたるマーモセットなどの新世界ザルは、メスだけがフルカラーの色覚をもっています。色覚能力には明確な男女差が存在しています。

これは、メスが子どもの健康状態や気分を把握しなければならない場面が多いことに適合しているようです。つまり、メスはオスよりも相手の感情や精神状態を感じとる能力、いわば共感する能力に長けているのかもしれません。

ちなみに、人間の色覚異常は男性の方が女性より約250倍も多いのはこの流れをひきずっているようです。

色覚異常のひとが見る世界

色覚異常のひとは情報処理の過程が通常のひととは異なるので、物事の捉え方や感じ方、もしかしたら考え方や世界観まで違っているのかもしれません。
tumblr_lsxpioF1Vl1qa3fjkゴッホの本当のすごさを知った日
ゴッホの作品は独特な色づかいで異彩を放っていますが、↓↓↓のように作品を色覚異常の見え方をシュミレートすると全く違った味わいが出てくるそうです。
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色覚体験ルームで見たゴッホからは、そのような色の突拍子のなさというか、線の荒さというか、そんなのがすーっと消えて、とても繊細で微妙な濃淡を持つ見事な絵になっていたのだ。
ゴッホの本当のすごさを知った日
このように、なんとなく深みとか凄みが増しているようです。

別の観点からみると、色覚異常のひとは色のバリエーションが少ないおかげで、取り扱うデータ量を縮減して情報処理を効率化させているハズです。もしかしたら、それによって別の能力を高めることにリソースを配分しているのかもしれません。


共感する能力/システム化する能力

ところでASDのひとは共感するのが苦手とされていて、色覚異常ほどではないのですが、ASDも男性の方が女性よりも約4倍多いことが知られています。

もしかしたら、女性は「色彩感覚からの共感能力」を活用してASDの症状を代償している可能性があるのかもしれません。

ここでどうしても連想してしまうのはサイモン・バロン=コーエンです。彼は、物事を秩序立てるシステム化能力に優れた男性と、他者と共感する能力に優れた女性を対比させて、ASD者が共感よりもシステム化する傾向が高いことを示しました「共感-システム化理論(EST)」。

共感する女脳、システム化する男脳
サイモン・バロン=コーエン
NHK出版
2005-04-28




共感という概念はなかなか複雑なので、次回にでも整理していきたいと思います。

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