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前回までは、ひきこもりのメリットをあげてきました。当然のことながら、ひきこもりにメリットがあるからといって支援しなくていいわけではないので、今回はひきこもりのデメリットをあげてみます。

「孤独の科学」という書籍を紹介します。孤独感が心身に与える影響を科学的アプローチによって明らかにしています。

孤独の科学


原題は「Lonliness: Human Nature and the Need for Social Connection」つまり、社会的つながりは重要で社会的ひきこもりはリスクが高いということが書かれています。

結論からいうと、ひきこもりによる孤独感は健康被害を引き起こします。精神はもちろんのこと身体の健康をそこない、正常な判断力が失われ、社会的な成功から遠ざかって、あらゆる不幸の源になるそうです。

loneliness

若かりし頃、一時的に孤独な状態に身を置くことは大切だったりします。周りの人に邪魔されずに好きなことに没頭する時期はあるでしょう。実際に、若者の孤独感はそれほど健康面に影響をおよぼさないこともありますが、孤独感が長期化したり高齢化するにつれて多大な健康被害をもたらすことが明らかになっています。


孤独担当大臣?

日本では、孤独は個人の問題であるとされていますが、英国では政府が対策に乗り出しています。

というのも、孤独による健康被害は1日にタバコ15本を吸うのと同等であり、イギリスの国家経済に与える社会的損失は年間4.7兆円ともいわれています。

複数の団体が運営するウェブサイト「孤独を終わらせるキャンペーン」には、孤独感に悩む人に向けた対処法が掲載されています。

英国のメイ首相は、2018年1月18日に「孤独担当大臣」というポストを新設しました。スポーツ・市民社会担当国務次官を務める英国保守党のトレーシー・エリザベス・アンネ・クラウチ氏を任命し、孤独解消のために全省庁をあげて戦略を練っているようです。将来は「孤独省」が新設されるかもしれません。

精神疾患の背景に孤独の問題がひそんでいるケースはけっこう多くて、心理療法や薬物療法よりも居場所がみつかることで症状が改善するケースは少なからず経験しています。


孤独感が健康に与える影響

まず、孤独が身体に与える影響は深刻です。循環器系、呼吸器系、消化器系、免疫系などなど、全身の臓器にトラブルが起こるリスクが高まるようです。身体に悪いことをしていなくても、孤独を感じるだけで病気になって死ぬ確率が高まるという恐ろしい話です。

次に、精神に与える影響は多彩です。
  • アルコールなどに依存しやすくなります。孤独をうめるために依存症になります。
  • 過食になったり、性的にだらしなくなる。口さみしいのは本当にさみしいのです。
  • 自制心がきかなくなり、判断力がにぶります。
  • 楽観的になれなくなり、リスクのあることに挑戦できなくなります。
  • ブラックな状況を変えることなくひたすら耐えるようになります。
  • 他人にSOSをだせなくなって、ますますひとを遠ざけるようになります。
  • 他人の意見をうのみにしたり迷信深くなったりします。
どれも生きていく上で決定的なデメリットになるでしょう。

依存症のひと、過食してしまうひと、性的にだらしないひと、自制心のきかないひと、ひどい状況を変えるために何も行動せずにズルズル現状を維持しているひと、うさんくさい他人の言われるがままにカモられているひとたち、などなど。

そのようなひとに対して世間は冷たかったりします。自業自得であると断じられて、支援の優先度は下がってしまいがちです。その結果、さらに孤独感を強めるという悪循環におちいります。

また、基本的に福祉的な支援は自分で申請しないとやってもらえないことがほとんどなので、本当に支援が必要なひとほど支援されていないことが多かったりします。

このような傾向のあるひとに対しては、表面にある問題そのものよりも、背景にある孤独感について想像をめぐらせてみることが重要だったりします。

なので、支援者は「気にかけているよ」という社会的なシグナルを送り続けることから始めなければなりません。


倫理を科学的に規定すること

孤独という個人的かつ主観的な感覚を科学で規定していいのかという問題があります。

いちいち科学的に証明されるまでもなく、孤独で困っているひとを助けることは倫理的にあたりまえなことだと言うひともいるでしょう。

福祉の領域では「どんなひとにも手を差し伸べなくてはいけない」という無条件に規定された倫理観があります。しかし、これを維持することはけっこう過酷なことです。言うは易く行うは難し。

現場でこれを忠実に守る聖職者のような支援者は、自分自身の尊厳を失ったり倫理的でない状況に自分自身が追い込まれることがあるからです(対人援助職のひとが幸せになりにくい理由)。

また、いかに正当性のありそうな倫理的判断でも、まちがった事実認識の上に立っていたとしたら、それは倫理的ではありません。

聖職者のような高い志をもった特別なひとだけではなく、普通にだらしないひとでも支援者をやっていくには、科学的に納得感のある根拠を示して倫理を規定していくことが重要です。

特に医療は科学の末席なので、科学的な事実認識に基づいて倫理的判断がなされるべきであると思う今日この頃です。