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モジュール化したあとで流動化する知能


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前回からの続きです。認知考古学者スティーヴン・ミズンの「認知的流動性」という考え方を活用して、児童精神科医の滝川一廣の考え方をアップデートできるかもしれない、という話です。


滝川一廣2分法をアップデートする

児童精神科医の滝川一廣は、心の発達を2軸で説明しています。これをミズンの知能分類にあてはめると以下のようになります。
  • 関係の発達/社会的知能
  • 認識の発達/技術的知能+博物的知能

子どものための精神医学
滝川一廣
2017-03-27




2軸を想定したのはセンスがいいのですが、滝川も社会科学者と同様に「人間の認識は文化や社会によって強く規定されている」と考えているがゆえに、「認識の発達」は「関係の発達」に支えられているという素朴で月並みな想定をするだけに終わっています。

児童心理学の大御所ピアジェは、人間の心はコンピューターみたいなものであると強く信じたひとでした。そして滝川はピアジェの発達論を「認識の発達」の説明に活用しています。

これはとても妥当なことで、ピアジェの発達論は技術的知能や博物的知能を説明するにはとても便利なツールになっていますが、便利であるがゆえに不十分なところがありました。


ピアジェ発達論を活用した考古学者

同様にピアジェの発達論を活用したひとをみてみましょう。前回紹介した考古学者スティーヴン・ミズンよりも前に「認知考古学」を試みたひとがいました。

心の先史時代
スティーヴン・ミズン
1998-08-01


考古学者トマス・ウィンは、30万年前に存在していた手斧/ハンドアックスが左右対称の構造であることから、当時の人類は道具の完成形をあらかじめイメージして制作することができていたと想定しました。

これはピアジェ発達論の最終段階である「形式的操作期」に該当するため、当時の人類には現代人の心が完成されていたのではないかと推測しました。

これはとても画期的なことで、考古学によって絶滅した祖先の心を理解することができた、、、かのようにみえました。
ルヴァロワ技法
しかし残念ながら、30万年前は石器こそ洗練されていたものの、その他の文化はほとんど発達した形跡がみあたりません。

つまり、技術的知能だけにスポットライトをあてると、高度に発達しているようにみえていても、それ単独では人間の心や文化を説明することはできないわけです。

なので、それぞれの知能モジュールとの関連を考えなければなりません。


比喩という叡智

ここでミズンが注目するのは「比喩」です。比喩といえば村上春樹。
彼女が一枚ずつ服を身にまとっていく様は、ほっそりとした冬の鳥のように滑らかで無駄な動きがなく、しんとした静けさに充ちていた。
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」
三つめの納屋と四つめの納屋は年老いた醜い双子みたいによく似ている。
「納屋を焼く」
氷男は暗闇の中の氷山のように孤独だった。
「氷男」
世の中には比喩表現があふれていて、人々は比喩が大好きで、比喩をしたくてしかたがありません。人間は動植物やモノにも心があると想定せずにはいられない性質があるようです。

また、万物には霊魂や精霊が宿るというアニミズムは、古今東西・老若男女にみられる現象です。

つまり、人間の心は人間以外のモノを擬人化して社会的文脈におくことができるようになっています。

これは社会的知能と博物的知能がコラボレーションすることで可能になります。

それぞれの知能モジュールが連動して作動することを、ミズンは『認知的流動性』と呼びました。それこそが、人間の心の特徴であり、文明をもたらすものであると。


言語機能の拡張/言語による侵食

人類学者のロビン・ダンバーによると、もともと言語は社会的な情報をやりとりする毛づくろい/グルーミングの代替手段として活用されていました。

それまで社会的知能に特化していた言語の機能が、認知的流動性によってどんどん多様化していきます。社会的知能の領域外にある技術的知能や博物的知能などの「非社会的」な概念や情報が乗り入れ、「比喩」のように言語の機能が大きく拡張されることになりました。
人間の知能の進化
スティーヴン・ミズン「心の先史時代」
これは逆に考えると、脳科学者スタニスラス・トゥアンヌや理論神経生物学者マーク・チャンギージーが指摘したように、言語や読字機能が他の脳領域(視覚認知や形態認識)を浸食して取って代わっているといえるでしょう。


社会的知能が基礎にあって、その他の知能が派生していく、という二元論的な考え方ではなく、それぞれの知能モジュールがダイナミックに連合していく流れがみてとれます。


認知的流動性

ミズンはこのような人間の知能が進化するプロセスを、「聖堂」というアーキテクチャにたとえて表現しています。
聖堂のような心
スティーヴン・ミズン「心の先史時代」
まずは汎用知能が発達していきますが、徐々にモジュールが形成され、各モジュールに交通が生まれ、一体となって動き出すというコンセプトです。

認知的流動性の結果、さまざまな文化が発明されていきます。
認知的流動性の結果としての文化の開花
スティーヴン・ミズン「心の先史時代」
  • 社会的知能+博物的知能 人と自然を重ねるトーテミズム
  • 博物的知能+技術的知能 目的に応じた専門技術
  • 社会的知能+技術的知能 社会的交渉のための道具・人間を道具的に使う技術
そして、3つが融合することによって芸術・宗教・科学が生まれ、文明が開花しました。

滝川一廣2分法では、自閉スペクトラム症/ASDは社会的知能に劣るから支援しなければならない、という悲観的パターナリズムで終わってしまいます。

しかし、認知的流動性というコンセプトによって、社会的知能をひとつのモジュールとして相対化しつつ、他のモジュールによる代償・補完を想定することができれば、ASDの回復やリハビリテーションに新たな発想が生まれる可能性があります。

次回は、良いことづくめにみえる認知的流動性にもダークサイドがあるということを考えてみます。

ピアジェとフロイトの発達論について/滝川一廣「子どものための精神医学」を読む。その2


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滝川一廣「子どものための精神医学」を読む。その2
というわけで、今回はひさしぶりにこの本を紹介していきます。

子どものための精神医学
滝川一廣
2017-03-27


第1部の理論編のうち第4〜6章、滝川の発達論について、ぼくなりに考えをまとめてみました。とりあえず、滝川はピアジェとフロイトの発達論をミックスしていますが、ピアジェはともかくフロイトはまずいでしょ、という話です。
第4章 「精神発達」をどうとらえるか
第5章 ピアジェの発達論
第6章 フロイトの発達論

滝川一廣2分法

滝川は人間の発達を「認識の発達」と「関係の発達」の2つにわけて表現しました。
  • 認識の発達 いわゆる知識と理解。意味や約束を「知ること」 
  • 関係の発達 いわゆる社会性。集団の中で人間と「関わること」

滝川一廣2分法

知的障害をもつひとは認識の発達が遅れていて、自閉スペクトラム症/ASDのひとは関係の発達が遅れているとシンプルに説明しています。

この2分法はとてもわかりやすくて便利なので、ぼくもASDの講義をするときに利用させていただいております。

しかし問題なのは、滝川は「認識の発達」をピアジェの発達論に、「関係の発達」をフロイトの発達論にそれぞれ対応させて説明しているところです。ピアジェはともかく、フロイトにしたのは大失敗です。

なぜなら、フロイトの発達論は実際の乳幼児を対象にした研究ではないし、理論的に間違っていることが明白で、もはや見向きされなくなっている理論だからです。ひと昔前は、教員採用試験や看護師の国家試験に出題されることがあったのですが、今はもうほとんど出題されなくなっています。

なので、この本では「関係の発達」がどのようになされていくのか、という説明がわかりにくくなっています。


フロイトの色眼鏡

高齢の精神科医はフロイト精神分析の洗礼を受けている率が高いのですが、若い精神科医はあまり影響を受けなくなっています。あまりも役に立たないばかりか有害なことすら多いからです。

フロイトの発達論で特徴的なのは、親子関係に対する異常な執着です。フロイトに影響を受けた精神科医は幼少期の親子関係について根掘り葉掘り聞くクセがあって、親子関係が子どもの将来に決定的な影響をおよぼすという信念をもっています。しかも、だいたいネガティブな内容の予言になっていて、まるで「呪い」とか「占い」のたぐいみたいになりがちです。

さらに、親と子の格差を強調するあまり、どうしても親が加害者で子が被害者であるという発想にかたよってしまいます。

確かに、虐待が発生している極端な親子関係であれば、子どもに大きな影響をおよぼすことは明白ですが、一般的に親の影響力は児童期以降だんだん小さくなり、思春期に入るとほとんど影響力を行使できなくなります。

自分の子ども時代を思い出してみると明らかですが、児童期以降はだんだん親よりも友人や恋人から大きな影響を受けるようになります。せいぜい5コ上の先輩や10コ上の有名人に憧れることはあっても、30コ上のおっさんに憧れることはほとんどありません。


フロイトの発達論はパンチがきいてる

フロイトの発達論/心理性的発達理論
  • 口唇期 Orale Phase   0~1歳頃
  • 肛門期 Anale Phase   1~3歳頃
  • 男根期 Phallishe Phase   3~6歳頃
  • 潜在期 Latente Phase   6~12歳頃
  • 性器期 Genitale Phase    12歳頃~

それぞれ、授乳している口唇期、トイレット・トレーニングしている肛門期、性器に関心があつまる男根期。それぞれの時期にトラブルが起こると、甘えん坊、ドけち、マザコン/ファザコンになっちゃうというパンチのきいた説です。

はじめて教わったときは「なにかのギャグ?」と思って笑いをこらえるのに必死でした。こうしてひさしぶりに眺めてみると、なかなか壮観で感動すら覚えます。しかし、この枠組がおおマジメに正しいとされていた時代がつい最近まであったわけです。


語られない潜在期

聡明な滝川は、さすがにフロイトの発達段階説は古めかしい決定論であり現代社会にはなじまないと批判していますが、最終的にはフロイト理論をしっかり受け入れてしまっています。

フロイトの発達論がダメなところを端的に示しているのは、6歳から12歳頃までの「潜在期」を軽視しているところです。その名のとおり「潜在期」はあまり動きのない時期とされていますが、この時期は、子どもが社会化をはじめるもっとも重要な時期であり、もっともダイナミックな変化に富む時期であることは臨床経験からも明白です。

潜在期の6年間は、口唇・肛門・男根期よりも長期間であるにもかかわらず、あまり語られていません。それを踏襲した滝川も潜在期の記述がもっとも薄くなってしまっています。

親よりも子ども同士の相互作用が重要であることは以前の記事でも紹介しています。



ピアジェの発達論は意識高い系のASD

一方、ピアジェの理論は発達認知研究のベースになっています。滝川の「認識の発達」にほぼ対応しているといってよいでしょう。ASDをもつひとにも保たれているので、ASD的な発達の側面であるといえます。

ピアジェの発達論/認知発達段階説
  • 感覚運動期  0~2歳
  • 前操作期   2~7歳
  • 具体的操作期 7~12歳
  • 形式的操作期 12歳~成人まで

外の世界に対して、感覚や運動によって相互作用を始める「感覚運動期」、自分と外の世界との境界を認識する「前操作期」し、具体的なものを取り扱う「具体的操作期」、抽象的なものを頭の中で演算できる「形式的操作期」。

生物学者からスタートしたピアジェは「生物の本質は世界に対して能動的に働きかけて変革することである」というコンセプトをもっていたようで、活動性とか能動性への信仰がみられます。

ピアジェは「生物は大きな進化の流れの中にある」という受動的なダーウィンのコンセプトには賛同せず、主体的かつ能動的に活動して環境に適応していくことが発達であるというコンセプトを重視しました。つまり、とっても前向きな意識高い系なのです。


意識高い系による意識高い系のための理論

生涯で観た映画はたったの4本!というピアジェ自身、かなりのワーカホリックでバカンスなしで研究に没頭していたカタブツだったらしく、意識高い系の科学者でASDに親和性の高いひとだったのかもしれません。

ピアジェの発達論は意識高い系のASDっぽいエリート層にウケて、戦後日本における教育指導要領に取り入れられてきました。そのため、ASDに親和性の高い制度設計がなされてきたのかもしれません。

ピアジェの発達論は、まるで子どもを機械に見立てている風にもみえるので「子どもの笑顔がみあたらない」と批判されていました。ですが、それは逆にASDをもつのひとの発達の側面をうまくとらえているともいえるでしょう。

他にも、ピアジェは子どもの能力を低く見積もりすぎているという批判もあって大幅に見直されているところなので、あくまでも参考程度にして個別のケースに当てはめないようにする必要があります。


「関係(社会性)の発達」を説明する理論は?

それでは、タテ軸「認識の発達」はピアジェの発達論をベースにするとして、ヨコ軸「関係の発達」はフロイトの発達論に代わってどんな理論をベースにすべきでしょうか?

というわけで、次回はロビン・ダンバーの社会脳仮説とかマキャベリ的知性についてまとめていきます。


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