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あけましておめでとうございます。さてさて、精神科のクリニックのなかではめずらしく訪問診療をやっていたり児童思春期のケースに関わっている関係上、ひきこもりの支援方法について尋ねられることが多かったりするのでまとめていきます。

一般的に、ひきこもって社会に背を向けることは悪いことであるとされているので「将来、ひきこもりになってしまったらどうしよう」という悩んでいるひとはとてもたくさんいます。

ここは視点を変えて考えてみる必要があります。ひきこもりの問題を考える上でまず重要なのは、ひきこもりのメリットについて考えることです。それによってひきこもりについての理解が深まります。

まずは、ひきこもりの定義から確認していきます。


ひきこもりの定義

ザックリ説明すると、

①就学・就労をしていない
②人間関係がない
③その状態が長期間持続している

つまり、友だちのいないニートです。
①だけならいわゆるニートですが、親のお金を使って友だちと楽しく遊んでいる場合は問題にはなりません。むしろ、就学や就労というイス取りゲームにおいて、他の誰かにイスをゆずって親世代の資産を循環させているので、社会のためには貢献しているとも言えなくもありません。

問題は、友だちがいなくて、家族とも険悪で、ほとんど人間関係がなくなってしまったケースです。人間は社会的な生物なので、人間関係が長期間ない状態が続くと悪影響がでてくるのは想像しやすいかと思います。まして、人間関係を広げていく青年期であればなおさらです。

ひきこもりは精神医学的にも、発達障害とくにグレーゾーンの問題が背景にあったり、
うつや不安の問題が生じたり、身体的にも影響があったりと、密接に関連しています。


このように、ひきこもりのデメリットについてはなにかと指摘されているのですが、メリットはなかなか語られません。


ひきこもり支援で必要な「ためらい」

ためらい

なぜわざわざひきこもりのメリットを考えないといけないかと言うと、ひきこもり支援に必要な「ためらい」が生じるからです。

ひきこもりの状態になっているひとは、基本的にプライベート空間にこもって他人との関わりを拒否しています。支援なんて大きなお世話。誰であろうと他人のプライベート空間に踏み込むことはとても難しいわけです。

世の中には、ひきこもりのひとを強引に施設に入所させて無理やり更生させようとするハードボイルドな業者があります。部分的に有効なこともあるのでしょうが、あちこちでトラブルが続出しているようです。彼らは自分たちがやっていることは絶対的に正しいと信じていて「ためらい」がないからでしょう。

「ためらい」のない人は、決断は早いんだけれどブレーキがきかなくてエスカレートしてしまいがちです。

逆に、そのような業者を全否定して批判することに精を出すひとも「ためらい」がなくて逆方向にエスカレートしがちです。ひきこもりのひとがどうなっていてもプライベート空間には絶対に踏み込んではいけない、と考えることは度が過ぎていて現実的ではありません。

というわけで、ためらいながらも介入するチャンスを「待つ」という微妙なバランス感覚が必要になるわけです。


どうしても踏み込まないといけないとき

ひきこもりによって二次的にメンタルヘルスの問題が生じる場合はありますが、ひきこもりそのものは精神疾患ではありません。

ですが、まぎらわしいことに精神疾患が原因で「ひきこもり」の状態になることがあります。

なので、その場合はまず精神疾患の治療にとりかからなくてはいけません。特に、重いうつ病や統合失調症で精神状態が悪化して食事もとれない状態になってしまっていたり、自殺のリスクがあるケースはのんびり支援している場合ではないので積極的に踏み込んでいく必要があります。

そのへんの判断は経験を積んだ精神科医でないと難しいので、一度相談しておくことをおすすめします。


前置きが長くなってしまいました。次からはより具体的に「ひきこもりのメリット」を考えていきたいと思います。