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前回からの続きです。


今回は、ひきこもりのメリットについて具体的に考えていきます。


年間 288人 / 20,465人 

これは何の数字でしょうか?

正解は、日本における他殺者数/自殺者数です(厚生労働省 2017年人口動態統計より)。

日本は他殺に比べて圧倒的に自殺が多い国です。さらに他殺数はどんどん減少しています。

推移はこちら。
他殺と自殺の推移


殺人の動機=成熟の条件

一般的に、殺人の動機は「イロ・カネ・メンツ」といわれています。恋人やお金を奪われたり、メンツをつぶされたりすることでトラブルが生じて「ぶっ殺す!」ってなるのは想像に難くありません。

同時に「イロ・カネ・メンツ」は「成熟の条件」でもあります。成熟、つまり「オトナ」になるための条件。

自分でお金を稼いで経済的に自立して、パートナーをゲットして結婚して、社会的な役割を果たして評判を得ることができるひとのことを、世間は「立派なオトナ」と呼んでいます。

なぜ、成熟の条件が殺人の動機になるかと言うと、「イロ・カネ・メンツ」は特定のひとに集中して極端にかたよってしまうというやっかいな性質があって、熾烈な競争が生まれるからです。

成熟と闘争

「イロ・カネ・メンツ」には平等なんてありえません。身長や体重のように穏やかな正規分布にすらなりません。100倍身長の高いひとはいませんが、100倍年収の高いひとはゴロゴロいます。

それは、べき乗分布のごとく過激なカーブを描きます。
べき乗分布
めちゃくちゃモテるひと・めちゃくちゃ金持ちなひと・めちゃくちゃ評判のいいひとはごくひと握り。大多数のひとは、モテないし・お金がないし・評判がよくありません。

なので、モテるため・大金を手に入れるため・評判を上げるためには、闘争して勝って頭ひとつ飛びぬけなければいけません。リスクはあるけどワンチャンあるかも!というわけです。

受験も恋愛も就職も完全なる競争です。勝つことなしに「イロ・カネ・メンツ」をゲットできるほど世の中は甘くありません。

こんなことをいうと不機嫌になるひとがいるのですが、そうなっているのだから仕方がありません。

競争を毛嫌いするひとの真逆に、競争を極端に賛美するひとがいて2極化がはなはだしいのですが、どちらの立場とも現状をリアルにとらえられません。

マクロのレベルで考えてみると、生物の世界が弱肉強食なのかといえば全くそうではないからです。


絶滅寸前のトラ/はびこるネズミ

生物の世界は「弱肉強食」と考えられがちですが、正しくは「適者生存」です。強いものではなく環境に適したものが生き残ります。

強い生物はしばしば絶滅危惧種で、アジア最強のトラは3000頭あまりに減少しているそうです。一方で、トラよりも圧倒的に弱いネズミはうじゃうじゃと世界中にはびこっています。

そこそこ「か弱い」人間は、社会インフラをつくることで環境自体を変えるようになりました。それによって、成熟できない・自分のチカラでは生き延びられない・「か弱い」個体でも生存可能にする戦略をとって繁栄することができました。

ある環境において「か弱い」という形質/特性が、別の環境においては逆に「強み」になることはめずらしくありません。

人間は、多様な形質/特性を社会に抱えることによって、さらに多様な環境に適応できるようになりました。今風にいうとダイバーシティを推進してイノベーションを起こそう!ってノリを地でいってたわけです。

こうして、個体レベルでは局所的に闘争することはあるものの、種のレベルでは協調が行われています。


社会インフラの成熟と個人の成熟は反比例する

成熟できない・ひとりでは生き残れない・「か弱い」個体をどれだけ保護できるかは、社会インフラがどのくらい成熟しているかに比例します。

戦後の焼け野原、社会インフラがボロボロだった時代は、成熟できないことは死に直結していたでしょう。個体が成熟することが強く求められていたので、団塊世代は強くたくましく育成されました。

現代の日本は世界的にみても社会インフラが非常に発達しています。交通網と通信網が張り巡らされ、欲しいモノや情報やサービスがすぐ手に入ります。

成熟できない・ひとりでは生き残れない・「か弱い」ひとでも、さまざまなリソースを利用することによって快適に生活することができるようになっています。

いったんそんな社会ができあがると、ムリして成熟しなくても生きていくことができようになります。リスクある闘争を避けてひきこもり、成熟しない戦略をとる個体が増えることはとても合理的なことです。

誰しも闘争なんてしたくはありません。平和がイチバン。闘争せずに生きていけるならそれに越したことはありません。

つまり「ひきこもり」のメリットは「闘争しなくてもいい」ことです。


少年犯罪は増えているのか?

若者の〇〇離れ、草食化が進んでいるといわれる一方で、少年犯罪がセンセーショナルにとりあげられて親の不安をあおったりします。

ひきこもりの状態になったお子さんを持つ親から「将来うちの子は事件を起こしたりしませんか?」と質問されることはめずらしくありません。

実際に統計を調べてみると、、、

少年犯罪の推移
出典:少年犯罪データベースより作成
10歳以上20歳未満の少年人口10万人当たりの少年刑法犯検挙人員の比率

このように、少年犯罪は減少傾向にあります。ちなみに、強くたくましい団塊世代の犯罪率が異常に高かったことがよくわかります。

もっとマクロな視点で、全人類史を通して全世界的にみても、殺人は減少しているようです。進化心理学者スティーブン・ピンカーは、膨大なデータを精査してそれを実証しました。先史時代から現代にかけて全世界における戦争で死亡した人の割合を並べた壮大なグラフがこちら。
暴力の人類史_戦争により死亡する人の割合

ひきこもることで闘争しなくてもよくなることはメリットなのですが、自殺のリスクが高まってしまうことは大問題です。

次回は、就労と自殺の問題を考えていきます。