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精神科の薬を飲みたくないのはなぜ?


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いくら 精神科クリニックの敷居が低くなってきているとはいえ、精神科の薬(向精神薬)を飲むのを嫌がるひとは多数派でしょう。また、精神科医のなかにも、軽い症状の患者さんに対して向精神薬を安易に処方することに慎重なひとがいます。
 
向精神薬につきまとうなんとなくの「嫌な感じ」は感覚的にはわかるのですが、はっきりと言語化されていないようなので、ぼくなりにまとめていこうと思います。

明らかに重い精神症状があって生活に困っているひとは迷うことなく向精神薬を使うでしょう。問題なのは、精神症状が軽くてそれほど生活に困っているわけではないけど、向精神薬を使うことによって現状をよりよく向上(エンハンスメント)させることができるのではないか、と考える微妙なラインに立っているひとたちです。
ニューロエンハンスメント

ニューロ・エンハンスメント/NE

医療におけるエンハンスメントとは、健康のためとか病気の治療/トリートメントではなく、人間の性能を増幅させるために行う処置のことです。たとえば、美容整形とかアンチエイジング、スポーツ選手のドーピングなどなど。

精神科領域におけるエンハンスメントはニューロ・エンハンスメント/NEと呼ばれています。認知や感情の機能を強化することを目的に向精神薬を使用することです。

前回ふれたベンゾジアゼピン受容体作動薬は脳の働きをにぶくする作用がありますが、その逆というわけです。


たとえば、抗うつ薬を飲むとパニック症やうつ病が改善するだけでなく、
社交的になったり、楽天的かつ積極的になったり、キツイ状況のなかでもあきらめずに努力できるようになったりと、感情面を強化する作用があります。

一方、ADHD治療薬は集中力を高めて苦手な課題に取り組めるようになったり、認知機能を向上させる作用があるとされています。ちなみに、医師国家試験の勉強をするためにメチルフェニデートを服用してガンガン徹夜して乗り切ったひとを何人か知っています。


精神疾患の軽症化、拡大と浸透

治療環境の進歩や情報の流通などのおかげなのかわかりませんが、精神疾患はどんどん症状が軽くなって裾野がひろがってカジュアルになって社会に浸透しています。その結果、正常と病気の区別がどんどん曖昧になっています。

なので、それまで薬物療法の対象にならないひとがどんどん薬物療法の対象になっています。つまり、向精神薬を使用する理由が、治療のためなのか、NEのためなのか、線引きがよくわからなくなっているわけです。

なかでもとくに曖昧なものが、
  • 不安やうつになりやすい性質
  • 衝動性や不注意になりやすい性質
つまり、パニック症・うつ病と注意欠如多動症/ADHDです。抗うつ薬とADHD治療薬は巨大な市場を生み出しているヒット商品です。

ひとは誰しも不安になったり、気分が落ち込んだり、衝動的になったり、うっかりミスをしてしまうものなので、疾患との線引きが客観的に難しいところを狙うのが向精神薬のヒット商品を生み出すコツでもあるわけです。

このような状況のなかで向精神薬によるNEを積極的に求めるひとと嫌がるひとはどのような背景があるのでしょうか。


ふたつの世界観/宗教・保守 vs 科学・革新

世の中には大きく分けてふたつの世界観があります。

A 人間は母なる自然から生まれた存在であり、自然の恵みに感謝すべき
 ▶ NE反対/ありのままの自分を受け入れよう

B 人間は科学技術によって、環境や自分自身を変化させて発展すべき
 ▶ NE賛成/理想にむかって自分を変化させよう

Aは宗教的で保守的な世界観、Bは科学的で革新的な世界観で、向精神薬によるNEについては、Aのひとは反対、Bのひとは賛成する傾向があるといえるでしょう。

Aの世界観をもつひとは向精神薬を使いたがらない傾向があるし、Bの世界観をもつひとは向精神薬を積極的に使ってNEしていくことでしょう。

それぞれの考え方にはメリット・デメリットがあります。

A 宗教・保守 
メリット  わかりやすい よりどころになる 安定する
デメリット 進歩がない 変化にとり残される

B 科学・革新
メリット  進歩する 可能性が広がる 夢がある
デメリット 不安定 誤った方向へ進む 

どちらか片方へ極端に突っ走るひともいれば、うまいことバランスをとれるひともいることでしょう。若いころはBの傾向が強くて、歳をとるにつれてAの傾向が強まるひとが多いのではないでしょうか。

というわけで次回からは、Aの世界観が強すぎる場合、Bの世界観が強すぎる場合、それぞれの弊害についてまとめていきたいと思います。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬に対する精神科医の見解を世代別にまとめてみた


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前回は安定剤・睡眠薬いわゆるベンゾジアゼピン受容体作動薬/BZ系薬についてまとめました。

今回は、BZ系薬について精神科医はどんな見解をもっているかたずねてみた時のことをふりかえってみます。精神科医のなかでも世代によってかなり意見が異なっていて興味深かったので、まとめてみました。


なお、ぼくがたまたま見聞きした話を少し脚色を加えてまとめているだけなので、話半分くらいで読んでいただければ幸いです。


70代開業医A先生の場合

もうかなりのおじいちゃんなのに、いつも夜遅くまで診療をがんばっていてエラいなあと思います。

そんなA先生は、BZ系薬は「依存性はない」と断言されていて、患者さんには説明なしでバシバシ処方しています。患者さんから「依存性が心配です」とたずねられても「そんなものはない!」とお怒り気味にお答えになるそうです。

「いやいやA先生、依存性はふつうにありますよ」って指摘しても不機嫌になってスネたりするので、それ以上あまりツッコめません。

医療の世界は知識がどんどんアップデートされていくので、油断していると今までの常識が非常識になってしまうことがあります。とくに精神科の開業医は目の前の仕事にいそがしくて勉強をしなくなるひとが多かったりするので、古い知識のまま診療を続けてしまうことがあります。

さらに、開業医は自分がトップなので、注意してくれるひとがまわりにいなくなるせいか、だんだん相互的なコミュニケーションがむつかしくなる傾向があったりするので(自戒をこめて)気をつけないといけません。

というわけで、知識不足のA先生は問題外として、、、


60代開業医B先生の場合

ちょっとだけ勉強熱心なB先生は、BZ系薬の依存性は小耳にはさんで知っていますが、それでもBZ系薬はガンガン使っているようです。その理由をたずねてみると、、、

「どうせ中止しても患者さんがほしがるから出さなあかん」
「出さんかったらもう来てくれへんかもしれんから不安やねん」

患者さんから依存性について問われると、「多少あるけど大丈夫だよ」って説明しているそうです。依存性などのリスクよりもメリットが大きいと考えているようです。

興味深かったのは、B先生ご自身もよくBZ系薬を服用していて、いつも大切に持ち歩いていることです。自分がやめられないのに、患者さんにやめてもらうことはまず無理でしょう。


40代開業医C先生の場合

C先生は博士号をもっているとても優秀な医師で、A先生やB先生よりもずっと若くして開業されています。

なので、C先生はBZ系薬の依存性やリスクを熟知していらっしゃいますが、BZ系薬はよく使っているそうです。理由は、患者さんが安定して通院できるようになるから、だそうです。

C先生が開業している場所は、高級住宅街の駅前でとても人気が高いエリアです。なんと、精神科クリニックが5軒も乱立して患者さんを奪い合っている超激戦区です。なので、なによりもまずは患者さんが定着することに重きを置いているのでしょう。

C先生は自分から率先して患者さんに対して依存性のリスクを説明することはありませんが、患者さんから問われたら「依存性はあるよ」と説明してあげるスタンスだそうです。

それってどうなの?というツッコミに対する回答がなかなか興味深くて、「BZ系薬は患者さんとの絆になる」ゆえに有用である、と。

たしかに、ニコチン・カフェイン・アルコール・ドラッグなどの依存性物質は嗜好品として人々の交流を促進する効果があったりするので、ある種のカルチャーには欠かせないものだったりします。なので、一見とても魅力的な回答に思えます。
Coffee&Cigarettes

しかし、自由診療ならともかく保険診療でそんなカルチャーを担う必要はないんじゃないかという気がします。


40代勤務医D先生の場合

公的機関に勤務されているD先生はとても優秀かつエキセントリックな医師です。

D先生は、患者さんに依存性のあるクスリを説明なしで処方するのは「ヤクの売人」と同じである、という過激なご意見をおもちです。なので、もちろんBZ系薬はほとんど処方しないというスタンスです。

忖度ゼロでストイックに発言されるので、ときには敬遠されたり、自閉スペクトラム症/ASDじゃないかとバカにされたり、営業妨害すんなと恨まれたりしているD先生ですが、基本的にすべて科学的根拠に基づいて発言するひとなので、医師としてはとても信頼できる方だと思います。

そもそも、科学的に正しいことを発言する医師がASDだとか異端児あつかいされてしまうのって、どうかなと思ったりします。


まとめ

無理矢理まとめてみると、A先生・B先生はとても優しい先生で、C先生はとても賢い先生ですが、D先生とは意見が真逆なので議論が平行線になってしまいます。それらを強引にまとめると、、、

まず、A先生やB先生が精神科医になった時代は、軽いうつ病やパニック症に対する治療薬はBZ系薬しか選択肢がありませんでした。現在は副作用の少ないクスリがたくさん開発されているので、BZ系薬以外の選択肢が豊富ですが、当時はとても副作用が強いクスリばかりだったので気軽に使えなかったことでしょう。

つまり、BZ系薬しか選択肢のなかった状況がずっと長く続いてしまったがために、選択肢が増えた現在でもBZ系薬を使い続けることはある意味仕方のないことかもしれません。

しかも、(リスクの説明なしに)BZ系薬を処方すれば患者さんにはとても喜ばれます。BZ系薬は即効性があるので、効果がわかりやすいし、苦痛を一挙にやわらげてくれる、とても頼りになる薬だからです。

さらに、BZ系薬は依存性物質なので、薬を媒介として患者さんと良い関係を築くことができます。定期的にコーヒーやタバコをふるまってくれるひとを悪く思うひとはいないでしょう。

それに、BZ系薬による成功体験が忘れられない精神科医って多いんじゃないかなと思います。たまたまうまくいった行動が普遍的に正しいことであると思い込んでしまう「迷信行動」って、医療の世界ではめちゃくちゃ多いんですよね。。。

D先生の「ヤクの売人」発言はなかなかインパクトがあります。A先生とB先生は単なる知識不足なので過失といえますが、故意にやっているC先生は当たらずも遠からずというところでしょうか。


BZ系薬の使い方

じゃあお前はどうなの?というわけで、ぼくのBZ系薬の使い方をまとめてみます。ぼくのクリニックに来る患者さんの実人数およそ600名のうち20名の方にはBZ系薬を処方しています。

BZ系薬を処方するケース

  • 長期間BZ系薬を服薬していて継続を希望するひと
  • 年に数回だけピンポイントで使うひと
基本的にBZ系薬を処方することはありませんが、前の医師から長期間にわたってBZ系薬を処方されているひとを引き継いだ場合、処方を継続することがあります。

まずは依存性と副作用について十分説明した上で、BZ系薬の減量および中止を提案してみます。そうすると、比較的病状が安定していて理解力のあるひとはほとんど減量および中止を希望されます。

BZ系薬を処方することはとてもカンタンなことなのですが、減らすことはけっこうコツとわかりやすい説明が必要です。

病状が不安定だったりして余裕のないひとで処方の変更を拒否される場合は、BZ系薬の処方を継続しています。あらためて病状が安定すれば減量を提案するようにしています。

長時間のフライトやプレゼンテーションなど、年に数回のイベントのときだけ服用するひとで、自己管理能力の高いひとには少量だけ処方することがあります。

BZ系薬を処方しないケース

  • 子ども
  • 認知症をもつひと
  • 自分の感情を自分でおさえられないひと
  • 職業ドライバーのひと
子どもはまだ脳の発達が未成熟なので、脳の働きを抑制しないほうがよいと考えています。

認知症の方や、自分の感情をおさえられない方は、BZ系薬を服用することで好ましくない状態になることが予想されるので、処方することはありません。

ドライバーの方が服用することはリスクが高すぎるので処方しません。

あと、おすすめできないのは、頭脳労働されているひとや、芸術活動やスポーツをされているひとです。

BZ系薬をやめることで仕事がはかどったり、作品がつくれるようになったり、スポーツの成績が上がるひとが多かったりするからです。

BZ系薬を大量に服薬しているときはとても頭の働きがにぶそうだったひとが、減薬するたびにどんどんシャープな印象になってきて、すばらしい作品をみせてくれて驚かされることがあります。

BZ系薬の作用を考えれば能力が低下するのは当然のことなのですが、あまり気づかれていなくて、もったいないひとがいるなあと思う今日この頃です。

コーヒー&シガレッツ(字幕版)
ジム・ジャームッシュ


安定剤や睡眠薬が脳に与える影響


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社会問題化する安定剤・睡眠薬

安定剤とか睡眠薬、いわゆるベンゾジアゼピン受容体作動薬/BZ系薬のことが最近なにかと話題になっています。

ざっくりまとめると、けっこう副作用が多くて依存性が強いリスクの高い薬であるにもかかわらず、めちゃくちゃ気軽に処方されているので注意が必要ですよ、という話題です。

先輩の小田陽彦先生(兵庫県立ひょうごこころの医療センター認知症疾患医療センター長)は、BZ系薬の弊害について警鐘を鳴らす急先鋒となってメディアに登場するようになりました。


この記事は、いささかセンセーショナルに不安をあおりすぎなところもありますが、内容は事実であることに間違いありません。

一方で、安定剤や睡眠薬は広く多くのひとに利用されています。年齢とともに使用率はあがっていって、高齢者の10人に1人以上が使用しているのが現状です。
睡眠薬の年齢別使用率
これほどまでに愛用されながら、これほどまでに恐れられている薬物って、いったい人間の脳にどんな影響を与えるのでしょうか。意外と知られていないようなので、まとめてみました。


脳の活動を抑制するGABA

BZ系薬を使用すると、脳内で情報の受け渡しをするGABAという物質の働きを高めます。

GABAといえばサプリメントなどで有名で、その効能はリラックスするだとかストレスを感じにくくするんだとかいろいろ宣伝されています。ちなみに、食品に含まれるGABAは脳へは移行しないのでそのような効果はありません。

BZ系薬は脳へ移行して影響を与えます。脳の活動を抑制することで、不安が少なくなったり、リラックスできるようになったり、筋肉がゆるんでほぐれたり、眠くなったりする作用をもたらします。

さて、その結果、ひとはどのような行動をとるようになるのでしょうか?


BZ系薬の行動薬理学的効果

薬物の作用を行動レベルで分析する行動薬理学的には、ベンゾジアゼピンには抗葛藤効果があるとされています。一般的には抗不安効果とも呼ばれています。葛藤や不安を軽くする効果があるということです。

BZ系薬の効果に関するおもしろい実験があります。図のように、弱いサル(M1)と強いサル(M2)を透明の仕切りを隔てて向かい合わせます。
ベンゾジアゼピンの行動薬理学的効果



弱いサルが手元にあるレバーを押すとエサがもらえますが、同時に強いサルに電気ショックを与えるシステムになっています。なので、弱いサルがレバーを押すと、強いサルはめちゃくちゃ怒って威嚇します。そうすると、透明の仕切りにへだてられいるとはいえ、弱いサルはビビってレバーを押さなくなってしまいます。

つまり、弱いサルはエサが欲しいんだけど、強いサルには怒られたくない、という葛藤/ジレンマにおちいってしまいます。

この状況で、弱いサルにBZ系薬を投与するとどうでしょう?これまであんなにビビっていた弱いサルが、強いサルが威嚇してもおかまいなしにレバーを押すようになって、エサにありつくことができるようになりました。

弱いサルにとってはラッキーですが、強いサルはたまったものではありません。


不安や葛藤がなくなるのは良いこと?

うつ病やパニック症になると、ちょっとしたことで落ち込んだり不安になったりして身動きがとれなくなって、生活の幅がせばまったりすることで、さまざまな不利益をこうむることがあります。

葛藤のなかでものごとを決断するのはとてもエネルギーが必要だからです。どっちにしようかなーという葛藤を抱えながら決断できずに何もできなくなって時間を浪費してしまいます。

そのような局面では、BZ系薬は助けになるかもしれません。しかし、別の局面を考えてみると、ものごとはそう単純じゃないことがわかります。

たとえば、大切な仕事の締め切りが迫っていて、どうしても終わらせないといけないのにも関わらず、目の前に様々な誘惑があってサボってしまいたいという、よくある葛藤。BZ系薬を使用したらどうなるでしょうか?間違いなく誘惑に負けてダラダラしてしまいます。

場合によっては、せっかくのチャンスを逃してしまうことになりかねません。ってゆーか、そもそも大切なときに脳の働きを抑制している場合ではありません。


自殺未遂とBZ系薬の関係

もうひとつ。たとえば、うつ病が悪化して死んでしまいたいと考えている場合。人生に絶望してもう死んでしまいたいんだけど、親に迷惑がかかるからやっぱりやめておこうかな、という葛藤を抱えて迷っているひとがBZ系薬を使用したらどうなるでしょうか?

自殺未遂をして救急外来に搬送されるひとのなかにはBZ系薬を常用しているひとが多い理由がコレだったりします。自殺を決意するまでにはそれぞれ様々な事情があるのでしょうが、BZ系薬やアルコールが「最後のひと押し」になっているケースはとても多かったりします。シラフではなかなか自殺未遂はできませんから。

葛藤を抱えることは、ひとが生きる上でとても大切なことだったりします。なので、安易に葛藤を取り除いてくれる薬剤を使用することは、けっこう恐ろしいことなのです。


やっちゃいけないことをやっちゃうクスリ

BZ系薬の大きな特徴は即効性があることです。不安やうつの薬は他にもありますが、即効性がなかったりします。なので、急場をしのぐためには便利な薬ではあるけれど、ダラダラと常用する薬ではありません。

基本的に、脳の活動を抑制する薬であるということは、頭の働きがにぶくなるクスリでもあるわけです。頭脳を駆使する仕事や勉強に専念しなければならないひとはもちろんのこと、真剣にスポーツをやっているひとは服薬を長期的に継続するべきではありません。また、服薬しながら運転することはとてもリスクが高いわけです。

それに、抗葛藤効果があるということは、とにかく「ま、いっか。」って感じで、やっちゃいけないことをやっちゃうクスリともいえるので、ちょっと注意が必要です。

※ただし、BZ系薬を長期間服用しているひとが急にやめてしまうと、とてもしんどい離脱症状が出ることがあります。減量および中止するにはコツがいりますので、自己判断でやめずに主治医に相談しましょう。

SSRIを飲めばハッピーになれる?


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前回は「秩序を重んじて、律儀で、几帳面で、責任感が強い」というメランコリー親和型の特性が、現代社会においてはリスクになっているかもしれないことと、「すばやく変化できる柔軟性、したたかな能動性」という特性が有利になるかもしれない、ということを書きました。


後者はかつてピーター・クレイマーが「ハイテク資本主義に適合する人材」として記述した特性で、世界で最初に発売された新しいタイプの抗うつ薬/SSRIであるプロザックを服用することでゲットできるとされていましたが、それは本当なのでしょうか?


SSRIを飲めばハッピーになれる?

クレイマーはプロザックを、病いからの回復<マイナス→ゼロ:トリートメント>をもたらすツールというだけではなく、正常よりも優れた状態へ増強<ゼロ→プラス:エンハンスメント>させるツールとして紹介しました。

従来の抗うつ薬は不快な副作用が強くてとても飲みにくいのですが、SSRIは比較的飲みやすいので、新たな時代の生き方にマッチする画期的な薬ではないかと期待されました。

もちろん実際には、薬でお手軽に人格が変わるわけないので、これはかなりの誇大広告だったわけですが、飛びつくひとが後をたちませんでした。

処方箋をうけとるには医師の診断が必要なので、自ら望んでうつ病の診断を希望するひとが増えていきます。

誰しも、うまくいかないことが起きた時は原因を自分の外部に求めがちなので「あなたがうまくいっていない原因はうつ病のせいなので薬を飲むことで必ず問題が解決します」と誘惑されたら抗うことはできません。

大昔なら「狐憑き」、最近では「発達障害」がこの機能を一部担っているかもしれません。

実際に、日本で最初にSSRIが発売された1999年(平成11年)からうつ病の患者数が急激に増えていることがわかります。
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うつ病が増えた理由はSSRIのせい?

この流れを受けて、製薬会社がマーケティングによってうつ病患者を増やして私腹を肥やしているのではないかというSSRI批判本がたくさん出版されました。ハッピーになったのは製薬会社だけじゃないかというわけです。

歴史の勉強になる良質な本もあるのですが、このようなシンプルな因果関係は時として極端な陰謀論につながっていくことがあります。

僕が精神科医になった2003年は、SSRI全盛期からの逆風でSSRI(とくにパキシル®)批判が吹き荒れていました。純粋な医師ほどこのムーブメントに乗っかって、パキシル®を処方する医師を激しく糾弾する光景を何度も目にしてきました。

ここから発展して「精神科を受診して薬を出されたら終わり」「一生通院しないといけない身体になって廃人になる」と飛躍したりします。


抗うつ薬をめぐるアンビバレンツ

ハッピーになれる薬が欲しいからうつ病と診断して欲しいというボトムアップなムーブメントと、製薬会社がトップダウンでうつ病を増やしているんだから薬は飲むなというムーブメント。

それぞれの考え方には原理主義者がいて、多くの支持者を集めるためにだんだん極端なことを主張するようになったりします。

勝手にやってろって感じですが、臨床現場への影響として、うつ病じゃないのに薬を出してくれとせがむひとや、うつ病なのに「陰謀説」を信じてなかなか薬を飲んでくれないひとが増えてしまって困ることがあったりします。


抗うつ薬の行動薬理学

じゃあ結局のところ、抗うつ薬にはどんな作用があるのでしょうか。行動薬理学的にわかりやすく解説している本があるので紹介します。



抗うつ薬を投与された実験用マウスの行動変化から、ヒトに対してどのような作用があるのか推測することができます。
  • 抗絶望効果 キツい状況でもあきらめずに努力を続けるようになります。
  • 新規刺激恐怖への効果 目新しいヘンなものがあっても「我関せず」になります。
  • 攻撃行動抑制効果 新参者に対して攻撃をしなくなります。
  • 社会相互作用促進効果 他のマウスと友好的になって接触する時間が長くなります。
これを参考にすると、ピーター・クレイマーの主張とは真逆に、むしろ飼いならされた子羊というか社畜的な特性を高めてしまうような気もします。

ブラック労働やパワハラのある職場で耐え忍んでいるひとが抗うつ薬を飲んでその場にとどまり続けたらどうなってしまうのでしょうか?なんだかディストピア小説じみてきました。


抗うつ薬の効果は実際どうなのか?

抗うつ薬はうまく利用することでうつ病の回復がスムーズになることがありますが、特効薬ではないので劇的な効果があるわけではありません。

劇的な効果があるとすれば、双極性障害/躁うつ病の素因があるひとだけです。それも、抗うつ薬を飲むことで躁状態になったり、病状が不安定になるというネガティブな効果です。

プロザックを飲んでハッピーになっていたひとたちの一部は、双極性障害の素因をもっていて軽い躁状態になっていた可能性が高いんじゃないかと思われます。

また、抗うつ薬の効果は軽いうつ病ならプラセボと大差ない、という統計が出てるくらいなので、健常なひとが抗うつ薬を飲んでもほとんど影響がないようです。

ただし、顔の表情を読みとる能力に若干の影響を与えるという興味深い報告があるので、またの機会によく調べてみたいです。


ツールとしての抗うつ薬

ともかく、しょせん薬はただの化学物質にすぎません。効果なんてその程度です。なので、あまり幻想を抱いてありがたがったり、へんに怖がったりしてもしかたがありません。単なる使い捨てのツールなので、使うひと次第、要は使いようです。

患者さんには「薬は松葉杖のようなもの」と説明しています。
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松葉杖をありがたがって抱きかかえて拝んでいても仕方がなくて、自分自身で歩く練習をしないとなかなか治療は進みません。で、ひとりで歩けるようになったら捨ててしまえばいいわけです。

松葉杖をふりまわしたら凶器にもなるでしょうが、怖がらずに適切な使用を心がけて、生活の幅をひろげることにお役立ていただければと思います。

パニック障害のこと


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『パニック障害』という精神科クリニックでとても身近な病気についてまとめてみました。兵庫県医師会の情報誌『Pulse』に寄稿したものを許可を得てアップします。

突然の発作も適切な治療でコントロール可能に


ある日突然激しい動悸や呼吸困難、目まいがしてこのまま死んでしまうのではないかという不安に襲われる。『パニック障害』はそんな恐ろしい病気です。しかも日本では人口の3.4%が発症するといわれており決して人ごとではありません。

明石市にある すずろメンタルクリニック院長の濱田先生にこの病気について詳しく伺いました。


原因は神経伝達物質のバランスの乱れから


『パニック』とは、危機的な状況に置かれた時の心理状態やそれに伴う行動のことで、具体的には動悸・めまい・息苦しさや、倒れそうな感じ、死んでしまいそうな不安感・恐怖感などに襲われます。

『パニック障害』になると、実際には危ない状況でもないのに脳が誤作動してパニックと同じ反応(パニック発作)を起こします。

『パニック発作』は通常20ー30分程度で収まるので、救急車で病院に運ばれた頃には治まっていたり、検査をしても異常がないのに、同様の発作を何度も繰り返してしまうようになります。
パニック症状
原因としては、恐怖や不安を制御する脳神経のシステムの不具合が想定されています。脳内の神経と神経のあいだを行き来して情報を伝える役割を果たしている神経伝達物質のひとつに「セロトニン」があります。

セロトニンは恐怖や不安を制御するシステムに関与しているので、そのバランスが乱れることによってパニック発作が引き起こされると考えられています。ですから心臓や肺を調べても異常は見つかりません。
 
不安になりやすい体質のひとがなりやすいかもしれませんが、それよりも生活環境が大きく影響します。例えば、ストレスや夜ふかしなど生活の乱れや栄養のかたより、アルコールやカフェインのとり過ぎによって、パニック発作が起こりやすくなります。パニック障害そのものが原因で死ぬことはありませんが、放置すると深刻な状態になることがあるので注意が必要です。


まずはパターンを把握しましょう


パニック障害は以下のような特徴的なパターンを示します。パニック発作はとても苦痛が大きいため、それに引き続いて「また発作を起こしたらどうしよう」という恐怖感や不安感が生じます。これを『予期不安』といいます。

予期不安は、過去に発作を体験した時の苦しさと、発作によって引き起こされる様々な恐怖感(例えば人前で恥をかいたり、他人に迷惑を掛けるのではないか、事故を起こすのではないか等)から生じます。

そのため、大勢の人が集まる場所や以前発作を起こした場所を避けるようになります。例えば電車やエレベーターに乗ること、トンネルに入ること、映画館や歯医者に行くことを怖がって避けるようになります。これを『回避行動』といいます。

苦痛が大きいパニック発作のみが注目されがちですが、問題の本質はこの パニック発作 → 予期不安 → 回避行動 という一連のプロセスが悪循環することによって、徐々に生活の質が落ちてしまったり、長期間ひきこもるようになったり、行動が変化することであるといえます。

パニックシステム
こうしてみると、ややこしい病気のように思えるかもしれませんが、パニック障害は精神科のなかで最も治りやすい病気のひとつです。順調に治療が進めば数ヶ月で改善する場合がほとんどですので、ご安心ください。


治療の前にまずは内科へ

パニック障害と診断されている患者さんの中には、まれに甲状腺や呼吸器の病気が紛れ込んでいることがあるので、初めてパニック発作が起こった時はまず内科医の診察を受けておきましょう。血液検査や心電図などの検査を受けておけば安心です。

また、パニック障害に対してカウンセリングはあまり効果的ではありません。スタンダードな治療法である薬物療法と行動療法を組み合わせて治療することにより短期間で改善が見込めますので、心療内科や精神科で相談することをおすすめします。


治療は登山と同じ

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パニック障害という病気を治すには、一つ一つ段階を踏む必要があります。目標とする山の頂上が「薬に頼らず自分で不安をコントロールし、問題なく日常生活を送れること」だとすれば、一般的に次のような方法で治療を進めていきます。

 

薬物療法

まずは薬によってパニック発作の苦痛をやわらげます。幸い、パニック発作や予期不安には薬がとても有効です。登山に例えると、山の6合目まではバスで登るイメージで気楽に薬物療法を受けましょう。

使用される薬は大まかに分けて、即効性のある「ベンゾジアゼピン系抗不安薬」と、即効性はないが効果が持続する「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」の2種類です。

ベンゾジアゼピン系薬は即効性があって便利なのですが、効果の確実性や副作用の観点から、SSRIを使用することが主流となっています。薬の効きは個人差が大きいので症状によって種類や用量を調整します。
 
ここで注意しなければいけないのは、パニック障害になると「薬を飲むこと」自体が不安になってしまい、薬を少なめに飲んでしまうことです。薬はある程度まとまった量を飲まないと効果を発揮しませんので、決められた用法用量を守りましょう。

また、不安になってネットで検索して不確定な情報を得ることによって、ますます不安が増幅されてしまうこともあります。少しでも薬に対して疑問がある場合は、気軽に主治医と相談しましょう。

 

行動療法

薬物療法によってパニック発作や予期不安が改善しても、回避行動はなかなか改善されません。次のステップとして、それまで避けてきた行動範囲を拡げることに挑戦します。例えば自宅から出られなかった人には、図3のような計画を立てます。

行動療法の例
この表を目の届きやすい場所に掲示したり、ひとつクリアするごとにご褒美を設定したりすることでモチベーションを高め、パニック発作や予期不安が出た場合は薬物療法を見直しながらステップアップを目指していきます。
 
このような治療によって、パニック発作に圧倒されていた状態から少しずつ自信を取り戻し、不安に対して自分自身で冷静に対処することができるようになれば、パニック発作も怖くありません。予期不安や回避行動からも解放され、いつの間にか「薬に頼らず自分で不安をコントロールし、問題なく日常生活を送れる」ようになっていることに気がついて、治療を終了することになります。


周囲のひとも正しい理解と協力を

パニック障害にひとりで立ち向かうのは難しいことです。周囲の人は病気に対する正しい知識と理解を持って、患者さんを支えてあげてください。まだ症状が落ち着かないうちに「気のせいじゃない?」とか「もう薬のまなくていいでしょ?」等、安易なアドバイスは控えましょう。

病気で辛い時の経験は一生記憶に残って後の人間関係に影を落とすことがあります。周囲の人は、おおらかな気持ちで温かく見守っていただくことで回復も早くなることでしょう。


 治った後 気をつけたいこと

一度は治療を終了していても、まれに再発してしまう場合があります。そんな時はすぐに治療を再開しましょう。今度は登山のプロセスと頂上の景色を知っていますので、よりスムーズに治療が進み短期間のうちに改善が見込まれます。

最後に、どんな病気もそうですが、生活環境を整えて病気が回復しやすくなる基礎作りが大切です。パニック障害になったのをきっかけに、これまでムリをしていなかったか生活環境を見直してみてはいかがでしょうか。
セルフケア
 

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