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カテゴリ:児童思春期外来

子育て神話の呪縛



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話題の子育て本を読んでいると、とても興味深いことが書いてあったので紹介いたします。「子育ての大誤解」タイトルはかなりアホっぽいのですが、意外とエビデンス重視の骨太な内容の分厚い本でした。





Kellogg博士のクレイジーな実験

自分の赤ちゃん(ドナルド)とチンパンジーの赤ちゃん(グア)を同じように育てるとどうなるか。1931年、心理学者のKellogg博士は今では考えられないクレイジーな実験をやってしまいました。
Kellogg博士とグア
Donald&Gua2
Donald&Gua

ネット上には実際の論文「Kellog. W. N. and Kellog, L. A. : 1933. The Ape and the Child.」(PDF注意16.8MB!!!)や動画も公開されています。




想定外の結果、実験の中断


Kellogg夫妻は愛情を込めて我が子とチンパンジーを徹底して対等に育てました。ドナルドとグアはいつも仲睦まじく行動を共にしました。その結果、何が起こったか。

当初この実験はチンパンジーがどこまで人間に近づくかを想定していたようで、グアは簡単な道具を使ったり、いくつか言葉を理解できるようになったのですが、想定外の事態が起こったため実験は中止になりました。

なんと、ドナルドの発達が遅れてしまったのです。


人間とチンパンジーの違い


ドナルドとグアを比較すると運動能力や言語能力など細かい違いはありましたが、決定的な違いは「模倣する能力」でした。ドナルド(人間)はグア(チンパンジー)の行動を模倣することができましたが、グア(チンパンジー)はドナルド(人間)を模倣することができませんでした。

その結果、人間であるドナルドはチンパンジーの行動を模倣するようになり、人間の言葉を覚えなくなってしまいました。

同じ人間である両親がさんざん愛情を込めてドナルドに語りかけていたにも関わらず、チンパンジーであるグアの影響を強く受けてしまいました。つまり、親よりも仲間の影響力の方が「種を超えて」強かったという衝撃的な事実が判明しました。

発達心理学では、幼少期の子どもは親からの影響を強く受けているとされています。いわゆる「三つ子の魂百までも」。そして、思春期になると仲間の影響を強く受けるようになるとされていますが、乳児の段階からすでに親よりも仲間の影響を強く受けるようプログラムされているということになります。


集団社会化説


「子育ての大誤解」では、この他にも子どもは親の影響よりも同世代の子どもの影響を強く受けるというエビデンスがこれでもかと積み上げられ、「集団社会化説」を展開していきます。ざっくりまとめると、、、

昔から子どもの面倒をみるのは年長の子どもたちだった。子どもは自分に似た子どもに惹かれて集団を形成して他集団と差別化を図るようになり、その経験を通じて社会性を獲得していく。結局のところ、親は子どもに対して影響力を行使できないので、親が子どものために犠牲になって努力したってたいてい報われない。だから、親は子どもに執着せずに自分の人生を楽しむべきだ。

これって普段の診療で、子育てに疲れきった親御さんに対してお伝えしていることとかぶっていたりします。


子育て神話の「最後の砦」


ただし、誤解しないでいただきたいのは、親が子育てを放棄していいということではありません。ネグレクトや虐待が子どもに悪影響を与えるのは明白です。

つまり、親が子どもに影響を与えるのはネガティブなことだけで、むしろ虐待が子育て神話の最後の砦になっているのかもしれません。


進化心理学による裏づけ

「集団社会化説」は進化心理学によって裏づけられています。(進化心理学については、過去記事「子育て神話から自由になるための進化心理学」でも紹介しました)

チンパンジーの兄弟はみな歳が5歳以上離れています。チンパンジーの子どもは5歳まで離乳ができずに母親との密着状態を維持します。チンパンジーの母親は育児に没頭しているため、働いたり次子を妊娠することができません。

一方で、人間の母親は授乳期間が短かく、早々に子どもを集団に預けて仕事をしたり次子を妊娠したりすることができます。つまり、どちらかと言いえば人間よりもチンパンジーの母親の方が子育てに熱心だし、人間は昔から保育所や幼稚園に預けて共働きするのがデフォルトで、誰もが保育士の役割を担っていたと言えるでしょう。

「集団社会化説」は、人類が発展するためにとった「共同作業」と「共同繁殖」という二大戦略による、当然の帰結だとするとスッキリ納得できます。


それでも親にできること


学校でいったんスクールカーストが形成されてしまうと、キャラとポジションが固定されて抜け出せなくなってしまいます。

そんな状況下で、精神分析的に親子関係を掘り下げてみたり、行動主義的に行動分析をするだけでは仕方がありません。そればかりか、親の罪悪感を煽ってしまうことすらあります。

勉強熱心な親御さんほど「発達の専門家」の自説に従って一生懸命努力するのですが、結果的に、専門家の助言が正しいことを立証するために奉仕しているだけで、全然子どものためにはなっていないようにみえることがあったりします。

集団社会化説によると、子どもが所属する集団においてうまくいかなくなった場合、親は子どもの環境を柔軟に変更してあげることが重要であるという解が導き出されます。実際の診療場面でも、学校内外にいくつもリソースがあるので積極的に利用すべきだし、子どもが適切な環境に再び所属できるようになるだけで解決する場合がけっこうあったりします。

「子どもには愛情が必要だからと子どもを愛するのではなくて、いとおしいから愛するのだ。彼らとともに過ごせることを楽しもう。自分が教えられることを教えてあげればいいのだ。気を楽に持って。彼らがどう育つかは、あなたの育て方を反映したものではない。彼らを完璧な人間に育て上げることもできなければ、堕落させることもできない。それはあなたが決めることではない。」


コミュニケーション格差と自閉スペクトラム症の増加



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経済格差よりもコミュニケーション格差が重要ではないかと考えられている昨今です。お金がなくてもコミュニケーション能力が高くて友達がたくさんいるひとの方が楽しく幸せな人生を送っていたりするからです。


スクールカーストの世界


実生活において、コミュニケーション格差が容赦なく反映されるところといえば学校、いわゆるスクールカーストの世界です。ひとクラス40人程度の大集団が、教室という狭い空間で、長時間ともに過ごすことによって、自然と序列が生まれます。

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スクールカーストにおける序列の規準は、コミュニケーション能力に一本化されつつあります。この図では、不良とか運動部が上位となっていますが、腕っぷしやスポーツよりもコミュニケーション能力の方が重視されるようになってきています。

自己主張ができて、場の空気に即応して話題提供ができて、周囲のひとを楽しませることができれば、クラスにおいて存在感を発揮できるようになります。

子どもにとって、クラスにおける存在感があるかないかは死活問題で、いったんカーストの序列が決定されると、「キャラ」が固定されて、容易に抜け出せなくなってしまい、いじめの温床になったりするからです。

こうなってしまえば、年に一度のクラスがえや転校をすることでいったんリセットするしかありません。







このバトルロワイヤル状況をサバイバルし、楽しい学校生活を送れるかどうかは、コミュニケーション能力にかかっているといっても過言ではありません。

このあたりの事情は、理屈よりも優れた映画や小説にふれる方がより実感できるし、とてもよい作品としてもおすすめなので、参考までにご紹介します。

桐島、部活やめるってよ
主演:神木隆之介
2013-11-26


12人の悩める中学生 (角川文庫)
木堂 椎
角川グループパブリッシング
2008-07-25




コメディアンの地位向上


コミュニケーション能力が高いひとたち、といえばコメディアン・お笑い芸人です。その頂点を極める北野武と松本人志はまさに天下をとっているといえます。風体もまさにボスじみてきています。

ちなみに海外ではコメディアンが政党をつくって選挙で躍進してたりします。下位の者が上位の者に対して媚びる表情と仕草が笑いの原型である説があったりして、コミュ力があって笑いのとれる者がひとの上に立つのは必然なのかもしれません。


企業の人材採用規準

企業の人事部で働いているひとに、採用面接でドコを重視するかをインタビューしてみると、「会話のキャッチボールができるかどうか」をみるらしいです。こちらが望んでいるところへ正確に球を返せるかどうか。噛み合わないところがあると、落とされてしまうみたいです。

企業において、集団で協力して効率よくプロジェクトを成功させるには、相手の考えに合わせて柔軟に対応できるしなやかさが要求されるということです。コミュニケーションの不具合は営利企業にとってはコストになってしまうので致し方ないというわけでしょう。

同窓会で高校の同級生に会ってみても、コミュニケーション能力が高くて笑いのとれるひとほど出世しているようでした。論理数学的能力よりも重視されているのでしょう。


自閉スペクトラム症の流行
自閉症の増加

自閉スペクトラム症は脳の器質的な障害なので、自然に増えることは考えにくいのにも関わらず、こんなに増えているということは、自閉スペクトラム症のひとたちが生きにくい世の中になってきていることを反映していると思います。

「自閉スペクトラム症と猿山の関係について」でも触れたように、学校におけるスクールカースト、企業における人事採用規準などなど、自閉スペクトラム症のひとが苦手な能力を要求されるという不利な状況が増えているということでしょう。


子育て神話から自由になるための進化心理学



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共同養育
当クリニックの児童思春期外来を受診する子どもの母親について、みなさんが強い罪悪感を抱いていることについて書きました(親の罪悪感がヤバい理由)。相変わらず、強い罪悪感を抱いてしまっている母親が多いこともあって、これについてもう少し掘り下げてみることにしました。 


母子関係という神話

3歳までは母親が1日中つきっきりで育てた方がよいという、かの有名な3歳児神話。親子関係、とくに母子関係、それも母子一体から母子分離のプロセスについて、児童精神分析・児童発達心理・児童精神医学は驚くべき執念で細部まで記述しようとしてきました。

実際に子育てをしてみるとよくわかるのですが、なかにはトンデモな記述もけっこうあって、そもそもなんでそこまで鼻息荒く必死なのか不思議なところです。。。

これにはわけがあって、第二次世界大戦中に疎開で親子が離れ離れになった経験とか、児童福祉医療施設がたくさんつくられるようになったことなどから、戦後ファミリー・ロマンスが流行したことが、その源流になっていたりするそうです。

ドゥルーズと狂気 (河出ブックス)
小泉 義之
河出書房新社
2014-07-14

 

ロマンティックな神話の弊害

もちろん、現実はそんなにロマンティックではありません。母と子のロマンティックな神話は、かなり根強くオトナたちの思考を規定しています。

子どもがすくすくと問題なく育てばよいのですが、不幸にも子どもに問題が発生してしまうと全て親の責任になってしまいます。特に母親が多方面から批判されて罪悪感を抱くことになります。

経済的にも時間的にも余裕があって、近隣に助けてくれるオトナがたくさんいる母親はまだしも、核家族で頼れる親類が近くにいなかったり、夫の帰りが遅かったりすると途端に厳しい状況になります。ましてや、母子家庭とかほとんど無謀で、そんな状況で立派に子育てできている母親のマネージメント能力は驚異的であるとしか言いようがありません。

何よりも母子関係というロマンティックな神話から自由になることが罪悪感を軽減させることにつながると思います。そのためには別の考え方の枠組みが必要になります。最近読んだ本にヒントがありました。

思春期学
第1章 思春期はなぜあるのかー人類進化学からの視点 長谷川眞理子
東京大学出版会
2015-05-28

 

進化心理学から考える

今から20万年前にアフリカでヒトが誕生し、10万年前から全世界へ拡散することに成功し、他の類人猿よりも繁栄することができました。成功の要因として重要なのは『共同作業』と『共同繁殖』であると言われています。

ヒトは『共同作業』を可能にするため多くの知識や技術を習得する必要があるので、一人前になるまでの子育てに要する期間と投資が膨大となってしまいました。そこでヒトは『共同繁殖』という戦略を選択するようになります。両親以外の血縁者や非血縁者の大勢が協力して子育てに携わることによって母親の負担を減らしました。

それによって、母親は共同作業や次の出産に専念することが可能になりました。ちなみに、人間に最も近い種であるチンパンジーの授乳期間は4年以上とヒトよりも長く、その間は母親がつきっきりになってしまって他のことに専念できなくなっています。

進化と人間行動
長谷川 寿一
東京大学出版会
2000-04


産後のメンタルヘルス

ほんの50年前から急激に進んだ核家族化によって、10万年前から脈々と続く『共同繁殖』という優れた戦略を放棄するようになり、そのシワ寄せは母親にふりかかっています。

母親が独りで子育てに取り組むと途端に「これでいいのだろうか」という不安感や「何か間違ったことをしてしまったのではないか」という罪悪感にさいなまれることになりがちです。

育児ノイローゼや産後うつ病には、このような事情が強く影を落としていると考えられます。特に、真面目な母親の方が罪悪感にとらわれてメンタルヘルスの問題を抱える傾向があります。先日、NHKでもとりあげられていましたNHKスペシャル “ママたちが非常事態!? ~最新科学で迫るニッポンの子育て~ ”

まして子どもに発達障害などの問題がある場合はもう大変で、親同士のネットワークをはじめ、教育・行政・医療が協力することが重要であると考えられます。


家族教室について

具体的な対策として、当クリニックでは発達障害の子どもを持つご家族を対象に、こじんまりと『家族教室』を開催しています。前半は臨床心理士が発達障害に関する一般的な知識をレクチャーし、後半からグループワークを通じて母親同士の意見・情報交換や交流の場を提供しています。

参加者のみなさんは、同じような悩みを抱いていることが確認できたり、気軽に経験を語り合ったり知恵を出し合ったり有意義な時間を過ごすことができたみたいで、たいへん好評でした。今後も定期的に開催しますのでお役に立ていただければ幸いです。



発達障害の特性をレーダーチャートで一望する



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MSPAレーダーチャート

MSPA(Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD)

発達障害の特性をレーダーチャートで一望できるアセスメントツール『MSPA(Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD)』を開発した船曳康子先生の講演を聴きました。MSPAは実際に支援の現場で問題となる発達障害の症状14項目を9段階で評価し、レーダーチャートで表現するものです。
DSM5との関係
  • DSM5から発達障害の下位分類が撤廃されたかわりに重症度分類が導入された。
  • MSPAのスコアリング3-4-5はそれぞれDSMの重症度分類Level1-2-3に対応しているので便利。

下位分類との関係
  • MSPAでデータを集めてまとめてみると、PDDNOSとADHD不注意型はほとんど同じような形のチャートになった。
  • というわけで下位分類の意義は乏しいかもしれない。論争しても無意味かもしれない。

知能指数IQとの関係
  • IQが高ければ、スコアリングの3点くらいまでは代償できるので見守りでOK。
  • IQが低ければ、積極的に支援を導入するなど将来予後を予測できる。 
  • 得意分野を把握しておくことも重要。

発達障害アセスメントの煩雑さ


発達障害のアセスメントは各機関によって多種多様で、だいたいレポートが読みにくいのです。ダラダラダラダラ長文で記述されていて情報が雑多です。しかも評価者が主観的だったりするとそれはもう大変で、情報をひろうのにひと苦労するわけです。この煩わしさが発達障害の難しさの大部分を占めてる気すらしてます。

これまで自分なりにアセスメントの書式を工夫してみたりしたのですが、MSPAのように視覚的に一望できるレーダーチャートはとても便利だと思うわけです。


診断が先か、支援が先か

船曳先生はもともと内科医で、発達障害の専門外来の予約が2年待ちだったりする現状を憂いて急遽コレを開発したそうです。医療機関へ受診して診断されなくても、現場でできる支援があるハズなので先にやってしまおうということみたいです。

実際に支援の現場では、そのひとの特性に合せた支援が診断よりも先に行われていることは珍しくありません。とある就労支援施設では「このひとはうつ病の診断なんですがこちらでは発達障害として支援してます」ってこともしばしば。


統合失調症と発達障害、診断ー治療の差異について

統合失調症を診断する時、精神科医は確固たる疾患単位を想定し、症例をそれに寄せて診断します。そして統合失調症という診断名は即治療を意味します。現在は通院でも治療が可能になっていますが、昔だったら即入院なわけです。 

一方、発達障害は医師が診断を下したところで事務手続き上の意義しかなかったりします。健常者からなめらかに連続するスペクトラムだし、ひとりの患者さんのなかでも複数の診断名がオーバーラップしたりするし、実際に支援が必要な特性は同じ診断名でも違っていたりするので、患者さんそれぞれの特性をアセスメントすることが必要になります。

前回の記事で紹介した十一先生的なスプリット診断は、疾患理解のためには重要で精神科の従来診断とも相性がよくて受け入れやすいのですが、それ単独では実用性という点ではやや不十分だったりすると思います。   


統合失調症と固有名・発達障害と確定記述

ここで唐突に以前の記事で紹介した固有名vs確定記述の話に寄せて考えてみると『統合失調症は固有名の疾患であり、発達障害は確定記述の疾患である』と言えるかもしれません。

患者さん自身も、統合失調症のひとは固有名というか象徴的なものにこだわりがちで、発達障害のひとは確定記述というかデータベースやスペックにこだわりがちな傾向にあるという対応があっておもしろいなあと思っている次第です。



ASD vs ADHD / カナー vs アスペルガー



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スペクトラム

先日、十一元三先生の講演を聴きました。神田橋條治先生のお話とは対照的に単純明快でとてもわかりやすいプレゼンだったので少しご紹介。

ともすればゴチャゴチャしがちな発達障害を、ASD vs ADHD/カナー症候群 vs アスペルガー症候群の二分法で整理していきます。

略語
ASD 自閉症スペクトラム障害
ADHD 注意欠陥多動性障害  


ASD vs ADHD

ASDとADHDはそれぞれお互いをお互いと見間違う
例えば、
  • 社会性の障害を『不注意』と誤解したり
  • 衝動性を『社会性の未熟』と誤解したり
薬剤選択や効果判定に影響するので見分ける努力をするべき
鑑別すべきポイント『馴れ馴れしさ』について
  • ADHD ひと懐っこさ・あどけなさ
  • ASD 奇異・おせっかい=社会的関係のわからなさ
→対人相互性に注目した聴き取りが重要
積極的なASDのひと特有のぐちゃぐちゃネチャネチャした対人距離感。その昔は境界例として記述されたりもしたんだろうと想像します。 
ASDの重症例はADHDを合併しやすい


カナー vs アスペルガー

『人を避ける・孤立』vs『他者への活発な接近』
『発語の遅れ・緘黙』vs『雄弁・詩的・衒学的』
いずれも『自閉=対人相互反応・社会性の障害』ということで『自閉症スペクトラム』にまとめられる昨今ですが、もともと自閉症は(古典的かつ典型的な)カナー型と(非典型的な)アスペルガー型に分けられていたこともあるわけです。

で、それぞれ症候論的に特徴あるのでひとくくりにしないで別個の概念として考えた方が良いという立場です。これはつまり『自閉症スペクトラムをスプリットして考えろ』ということ。

確かに、現在の状態を記述して理解を深めるために『疾患概念』は活用されるべきだと思います。この疾患概念vsスペクトラムはこの前の固有名vs確定記述の話に通ずるので、またの機会に考えようと思ってます。


ASDの中核症状 

診断基準はDSM-Ⅴからウィングの3つ組から2つ組へ変更。カナーへの回帰。
  • A基準 対人相互的反応の障害
  • B基準 一定不変であることへのこだわり
まだ歴史が浅い疾患なのに、研究によって脳器質的基盤が収束しつつあるのは珍しいこと。
統合失調症の脳器質的基盤の方が散らかってるらしいです。

共同注意は対人相互的反応の原基でありとても重要
  • 『子供の頃の写真がカメラ目線かどうか』が参考になる
  • ASDはひとの視線に影響されにくい
  • ADHDはひとの視線に対して(定型発達のひとと同等かそれ以上に)影響される
ASDとADHDの鑑別点でもある。

ASDの症状は認知だけでなく身体を巻き込む
  • 不器用さと器用さの混在
  • 自律神経系の不安定 頻脈・湿度・気圧に弱い

成人期ADHDの臨床

ADHDのひとはしばしばパイオニア的存在だったりする。
薬物療法によってその特性が薄れることもある。 
ADHDの特性が環境にうまくカップリングできればすごいひとになったりする。病理的な部分をパートナーや周囲がうまくカバーしたり、どこかにはけ口があったりするとよいだろう。

ただし実際問題として、パイオニア的存在って同じ集団内に複数いたら収拾つかなくなるので、当たり障りなく環境に適応できるように脳を薬物で最適化してしまう方がよかったりして。


質疑応答

精神症状の合併について
  • ASDは被害関係念慮から幻覚などの精神病状態を呈することがある。幻視も珍しくない。
  • ADHDは健常者とほぼ同じという印象。
ADHDには双極性障害が多のかなと思っていましたがそうでもないみたいです。

発達障害と他の精神症状が渾然一体としているケースについて
発達を軸にアセスメントして明確に説明することによって問題が整理されることがある。
渾然一体としたものを理解するのは難しいので、もともとあった発達障害を基盤として、二次的に精神症状が加わったものとして理解する方がイイ。
 
ASDのひとの親がASDだったりする問題について
  • ASDのひとの親もASDであることはけっこうある。その場合、親のアセスメントを綿密に行う。
  • 家族機能が不十分な場合は支援のリソースを最大限活用する。
  • 逆に、親がASDだからこそ耐えられる状況もある。
実際の臨床で問題になるのはほとんどコレだったりします。


それにしても児童精神科医って、ネオテニーというか可愛らしい顔のひとが多いなあと思いました。そういう人が児童精神科医になるのか、やってるうちにそうなっていくのか、つくづく不思議だと思いました。




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