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カテゴリ:職場のメンタルヘルス

メンタルヘルスの問題で仕事を休んだひとが復職するときに大切なこと


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産業医をやっていると、メンタルヘルスの問題で休んでいるひとが復帰するときにいろいろ相談を受けることがあるので、よくあるパターンをまとめてみようと思います。


主治医の診断書は妥当か

まず、職場でうつになって休んでいるひとが復帰する場合、主治医が作成した復職可能の診断書を職場に提出します。

ただし、主治医が許可したらからといって、すぐ職場復帰になるわけではありません。主治医にはそんな権限はなくて、あくまでも職場側が復職できるかどうかを判定します。

そもそも、主治医は職場のことをほとんど知らないので判断ができません。しかも、医師はかなり特殊な世界で生活している人種なので、一般企業の事情にはうとかったりすることが多いわけです。

ぼく自身も、産業医としての活動を通して一般企業の常識をたくさん学ぶことができましたが、研修医のころは労働基準法すら全く理解していなくて、なんの疑問も抱かないまま完全に法令違反のブラック労働に従事していましたから。

それはさておき、復職の判断ができない微妙なケースは産業医が面談して復職が妥当かどうか意見を求められることがあります。


職場復帰をみとめられない場合

ここで、復職を許可できないケースは大きく分けて2つのパターンがあります。
  1. 治療がまだ不十分/医療マター
  2. 職場とのミスマッチ/労務管理マター

1.治療がまだ不十分/医療マター

まず、自宅にいても悪い状態が続いている場合。治療が不十分で、まだ仕事ができる状態ではありません。

1a 精神科治療が不十分

たとえば、
  • 仕事のことが気になって落ち着かない
  • 休んで申しわけないという気持ちにおしつぶされそう
  • もう職場に自分の居場所はないのではないかと不安でしかたがない
  • 薬を飲むと眠くなるので、やる気が出なくてとりあえず寝てる
いまだに精神症状が改善していない状態では仕事をしてもらうわけにはいきません。

さすがにこの状態で復職可能の診断書を作成する医師は少ないですが、次のパターンはけっこう多かったりします。

1b 生活指導が不十分

たとえば、仕事を休んでだいぶ気が楽になったけど、
  • 夜遅くまでYoutubeをみたりゲームをしている
  • 日中はずっとゴロゴロして過ごしている
  • 外出や運動はほとんどしていない
この場合は、主治医の治療方針を見直していただく必要があります。

せめて、
  • 規則正しい生活習慣
  • 十分な睡眠と適切な食事
  • 注意・集中力の維持
  • 適度な運動
勤務している時とおなじような生活スタイルと運動負荷くらいはできていないと、職場にいてもらうわけにはいきません。


2職場とのミスマッチ/労務管理マター

自宅にいると元気でいられるのに、出勤するとすぐに精神状態が悪化する場合。職場側がなんらかの手を打っておく必要があります。

2a 人間関係のミスマッチ
  • 上司/お局さんから目の敵にされていていじめられている
  • どうしても相性の悪いひとがいて同じ空間にいられない
  • 自分以外のみんなが仲良しなのでつらい

2b 業務と能力のミスマッチ
  • マジメで断れない性格なので仕事を大量に抱えすぎてしまう
  • 無能だと判断されて雑用しかまわってこない
  • 部下がついてきてくれない
この場合、配置換えや役職の変更、人間関係の調整などなど、柔軟な対応が必要になります。

また、労務管理マターで問題になるひとのなかには、しばしば背景として自閉スペクトラム症/ASDの特性をかかえているひとがいたりします。

ASDの特性は治療でなんとかなるから医療マターではないか、と考えて医療機関へ投げてくるひとが多いのですが、成人の発達障害は治療によってすぐに変化するものではないので、職場の協力が不可欠です。

現在は、障害があっても仕事ができるような環境を提供したり、職場の人間関係を調整していく配慮が求められています。いわゆる合理的配慮というやつで、根拠は障害者差別解消法(2016年4月施行)です。

ちなみに、べつにやらなくても罰則はありませんが、場合によっては不法行為として民事訴訟を起こされるリスクがあったりします。

それはさておき、実際の合理的配慮といえば、だいたい配置換えによって状況が好転するパターンが多かったりします。特に、人間関係はいったんこじれるとなかなかもとには戻りません。


そもそも職場は病院じゃない

とはいえ、障害と病気は別の概念です。障害には合理的配慮が必要ですが、職場には医師や看護師が常駐しているわけではありません。職場は病院ではなくて、健康なひとが仕事をする場所です。あたりまえのことなのですが、わりとごっちゃになっている昨今の状況があったりします。

これは最近、職場において合理的配慮とか安全配慮義務が強調されることが増えた影響があるかと思います。もちろん、職場はメンタルヘルスの問題が発生しやすい場所なので、対策を講じて予防することは重要なのですが、いったん病気になったひとをケアするリソースはありません。

つまり、合理的配慮や安全配慮義務は予防であって、治療やリハビリではありません。流れでいうと、職場/上流で予防するところで、不幸にも病気になってしまったら、病院/下流で治療をすることになります。
  • 上流/職場/病気にならないように予防する/労務管理マター
  • 下流/病院/病気になったひとを健康な状態まで回復させる/医療マター
優しくて熱心な医師に多いのですが、まだ治療が不十分であるにもかかわらず、時短勤務やリハビリ出勤を利用するべきであると主張して復職をせかすひとがいます。

これは本来主治医が負うべき責任を職場側に押しつけているようなものなので、いささか無理があります。なので、人事部が困ってよく相談にこられます。


あまりおすすめできないリハビリ出勤

経験的に、時短勤務や簡単な業務だけさせるリハビリ出勤のような中途半端な制度をつかっていると、どっちつかずの状態でズルズルと状況が悪化して、結局のところ復帰が遠のいてしまうケースが多かったりしてあまりおすすめではありません。

なので、せめてフルタイム勤務ができるまでは自宅療養を続けて、健康管理をしていただく必要があります。第一、自分で健康管理ができないひとに仕事をさせるのは、患者さんと職場双方にとってリスクが高すぎるからです。

それに、出勤しているのにもかかわらず、ひと並みに仕事を与えられなかったり、ひとりだけ先に帰らないといけない状態って、ひとによってはとてもつらいことだったりします。プライドがズタズタになったり、仲間から疎外されたと感じるようになったりして悩むこともあるわけです。

なので、本来の雇用契約にのっとった明確な線引きとか枠組みがある方が安心して働ける場合が多かったりします。

患者さんのために周囲のひとが一生懸命やった配慮こそが、逆に患者さんを苦しめる要因になっちゃってる構造って、精神科医療の領域ではよくあるんですよね。


医療福祉の視点/経営の視点

医療とか福祉のひとは、とにかく目の前にいる患者さんのためにできることを最大限やっていこうとするので、視野がせまくなって全体のことがみえなくなることがあります。

主治医が強引に復職させたひとの対応に疲れた上司が入れ替わりで精神科を受診するようになる、なんてことはめずらしくありません。

一方で、企業は事業をするためにひとが集まっている組織なので、働くひとに給与を支払うかわりにパフォーマンスを要求します。

医療福祉従事者の視点だけで考えると、どれだけ不健康なひとでも職場で受け入れられるべきだ、というかたよった主張になりがちで、経営側の考えと真っ向から対立してしまうことがあったりします。

医療福祉にも経営の視点が必要であるという話で紹介しましたが、これはとても重要です。というのも、医療福祉を優先するか vs 経営を優先するか、というゼロサムゲームの対立ではなくて、医療福祉によって働いているひとが健康を維持することは経営にとっても重要なことなので、本来はプラスサムゲームだからです。

休ませるべきひとはしっかり休ませて治療に専念していただいて回復を早めてもらう一方、職場側は必要な対策を講じてミスマッチのないように対策を講じていく努力をしていくことが大切だと思う今日このごろです。

職場はうつ病の玄関口か?


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うつ病が増えた原因として、SSRIが発売されたことがひとつの要因としてあげられます。


今回はそれ以外の要因についてまとめてみました。


ホンモノのうつ病とは?

最近はすっかり、うつ病は「ストレスの病」として認識されていますが、もともとうつ病はめずらしい精神病の一種でした。僕が精神科医になった当時はメランコリー親和型のひとに多い「内因性うつ病」こそがホンモノのうつ病だと言われていました。

「内因性うつ病」は症状の出方と症状の内容に特徴があると言われていました。症状の出方としては、明確なきっかけがなくても「なんだかよくわからないけど勝手に出てくる」という大雑把な感じで「了解不能」とか言われていました。

なので、でっかいストレスでうつ病になった、みたいに因果関係が明確なケースは「心因性うつ病」とか「反応性うつ病」と呼ばれてホンモノのうつ病ではないことになっていました。

症状の内容としては、ちょっと凹んでるとかじゃなくて「がっつりと身体の芯から気力がわいてこない」感じが重要で、「生気的」とか言われていました。

いろいろと難しい理屈がたくさんあるのですが、ともかく内因性の概念は観察者の主観に左右されやすいことが欠点だったりします。


うつ病はいつから「ストレスの病」になったのか

「内因性うつ病」は、遺伝と環境の相互作用によってうつ病が発生するという概念ですが、時代の流れは環境要因の方をより強調するようになっていきます。

第二次大戦後のドイツでは、強制収容所から帰還した健常者の多くがうつ病にかかったということで、政府に対して補償を求めていました。

また、ナチス時代の「遺伝が全てを決める」という考え方への反省から「どのような状況でうつ病が発症するのか」という点に関心が高まり、「疲労困憊性うつ病」という概念が取り上げられるようになっていました。

一方、高度経済成長期の日本はどうでしょうか?


1984年の精神障害労災認定第1号

東北新幹線開通
1984年、東北新幹線上野地下駅の設計を請負っていた建設コンサルタント会社の設計技師(当時31歳)が、過重労働の末に通勤途中の駅ホームより電車に飛び込み、両下肢切断の重症を負いました。

これをめぐる裁判において、精神科医の金子嗣郎は「過重労働によって『反応性うつ病』を発症した結果自殺未遂に至った」という意見書を提出しました。

遺伝や気質など本人の要因よりも、過重労働という環境要因がうつ病の発症に決定的な影響を与えたこと、つまり「反応性うつ病」がホンモノのうつ病に格上げされたことがパブリックにみとめられ、精神障害が労災の仲間入りをした初めてのケースとなりました。



1991年の電通事件/内因性うつ病の敗北

1990年、大嶋一郎さん(当時23歳)が広告代理店最大手の電通に入社したちょうどその頃にバブルが崩壊、月140時間を超える残業をこなす激務のなか、翌1991年に自殺されました。

遺族側は過重労働によってうつ病を発症したことが自殺の原因であるとして、約2億2260万円の損害賠償請求を起こしました。

金子嗣郎はこの事件においても「過重労働によって疲労困憊性のうつ病を発症し自殺に追い込まれた」という旨の意見書を提出し、原告側の主張を支えました。

これに対して電通側の医師は伝統的なうつ病論を展開して対抗します。大嶋さんの真面目で几帳面で責任感の強い完璧主義である性格が「内因性うつ病」の特徴であるメランコリー親和型であると主張し、本人の素因がうつ病の発症から自殺までのプロセスに影響を及ぼしているという旨の意見書を提出しました。

いったんこの主張は受け入れられ、東京高裁では賠償額が30%減額されています。

そして最高裁。大嶋さんのメランコリー親和型性格は社会人としてはごくありふれた特性であり特別なことではないと判断され、減額は違法であるとして破棄されました。

結果的に電通側が遺族側に対して約1億6800万円を支払うことで和解が成立しました。

電通事件の判例によって、うつ病の原因は本人の素因よりも過重労働などの環境要因が大きく影響するというコンセンサスが得られていくことになります。つまり「内因性うつ病」は敗北したと言えるでしょう。

バブル崩壊後、次々と過労死の問題が明るみに出てくるようになり、企業側はその責任を追求されていくことになりました。


1999年の労働省通達/産業メンタルヘルスの拡大

1999年、ちょうど日本で最初のSSRIが発売された頃、労働省(当時)は全国の労働基準監督署に対して「職場の心理的負荷の評価法に関する通達」を行い、精神障害対策に関する3つの方向転換を示しました。

ざっくりまとめると、労災をめぐる精神疾患について、
  1. 国際的な診断基準である「ICD」が採用されました。ICDやDSMなどの国際基準には「内因性」の概念は採用されていないので、内因性うつ病はその存在価値を失っていきます。

  2. 従来よりも広範囲の精神疾患が労災の対象に含まれるようになりました。

  3. ストレス脆弱性モデルが採用され、「うつ病はストレスの病」という考え方は産業医学の常識となっていきます。
大風呂敷をひろげた結果、精神疾患による労災申請は爆発的に増加していくことになります。当然のことながら患者さんの数も増えていくわけです。

脳心臓疾患と精神疾患の労災申請件数と認定件数の推移

社会的救済としてのうつ病診断

一連の流れをみてみると、高度経済成長の象徴である新幹線に携わっていた設計士が精神障害労災認定第1号になってしまったり、バブル崩壊直後のエリートサラリーマンが過労死したことが制度変更のターニングポイントになってしまったことがとても印象的です。

高経済成長期の頃は過重労働やパワハラなんて日常茶飯事だったのでしょうが、「とにかく儲かっているからアリでしょ」で済まされていたのだと思います。好景気の豊かさは、さまざまな矛盾を覆い隠すことができるからです。しかし、バブル崩壊後ドッチラケになった世の中では、様々な不条理がむき出しになってしまいます。

そして、不条理に直面して打ちのめされ苦悩するひとたちを社会的に救済するための手段として、なかば強引に精神科医療が拡大解釈されて運用されてきました。

これこそ、うつ病が急増した要因のひとつと言えるでしょう。

しかし、うつ病の環境要因が重視されることになっても、医療は基本的に「個人の素因・脳の機能異常・認知の歪み」などを対象とするものなので、環境要因に対しては無力だったりします。

僕が精神科医になった2003年の時点でも「内因性うつ病」はまだ健在で、産業メンタルヘルスの観点など当時は全く持ち合わせていませんでした。

いったん医療化によって救済することは応急処置としては有効ですが、そのままでは肝心な問題は解決されないどころか状況が次第に悪化していくことになったりします。

なので、徐々に脱医療化していくことが必要になってくる局面もあるということで、これはまた次回以降にまとめていきたいと思います。

うつ病が増えた理由を高校生にもわかるように説明してみた。


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先日、とある高校生からクリニックへ問い合わせがあって、ちょっとしたインタビューを受けたので、その時のことをまとめてみました。どうやら夏休みの宿題で「産業社会と人間」という壮大なテーマについていろいろ調べているらしいです。

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このように、うつ病は明らかに増えてます。


ブラック労働やパワハラに耐えられる理由

高校生はいわゆるブラック労働やパワハラが原因でうつ病が増えているのではないかと考えていました。

これは一理あるのですが正確ではありません。おそらく昔から、いや、昔のほうがずっとブラック企業やパワハラは多かったからです。

かつては「新卒採用&年功序列&終身雇用」というルールがうまく機能していました。これを前提とすれば、ブラックだろうがパワハラだろうが、理不尽で嫌なことがあっても辞めずにガマンして、職場に尽くすべきでしょう。

後になってから、これまでやってきたこと以上の恩恵を受けることができるからです。なので、モチベーションを保ち続けることができるわけです。

そして、一生お世話になることになる職場は『イエ』として機能していきます。

ですが、この前提は経済が成長してパイが拡大しているという条件がないと成り立ちません。

円錐

一般的に、職場などの組織構成はトップから末端まで「円錐形」なのですが、「新卒採用&年功序列&終身雇用」を続けていると「円柱形」になってしまいます。

高度経済成長期は、事業を拡大して次々に系列会社や子会社を増殖させることで、すそ野を広げて円柱を円錐に変えることができていました。しかし、ご存知のように今の日本はほとんど経済成長していないので、すそ野がほとんど広がりません。
時価総額ランキングの推移
そんな中で、円柱を円錐に変えるためには、限られたポストにしがみついているひとたち以外を適当な理由をつけて次々に落としていくほかありません。「非正規雇用」という形でごまかしていくこともひとつの方法でしょう。

このように、かつて機能していたルールが通用しなくなってしまっています。

職場に尽くしても十分な恩恵が得られない場合、合理的なひとは働き方を変えていくでしょう。しかし、これまで通り律儀に尽くすひとはどうなってしまうのでしょうか?


うつ病になりやすい性格/メランコリー親和型

かつての「新卒採用&年功序列&終身雇用」というルールにうまく適合していたのが、いわゆる『メランコリー親和型』のひとたちです。

メランコリー親和型/Typus Melancholicus:TMは、1961年にドイツの精神科医テレンバッハによって提唱された概念です。「秩序を重んじて、律儀で、几帳面で、責任感が強い」という特性で、うつ病になりやすい性格であるとされていました。

TMは1980年代に日本へ輸入され、これこそ「模範的な日本人」ということでもてはやされました。つまり、うつ病になるひとはみんなイイひと、みたいなイメージがあったりしました。

なので、うつ病の患者さんにはやたら優しいけど、うつ病っぽいけど違う病気の患者さんにはやたらと厳しい精神科医が多かったように思います。

個人的にはやや持ち上げられ過ぎてないかという違和感がありました。というのも、まちがったトップのもとでまちがったシステムを運用している組織があったとして、そこで働くひとがもしもTMをガンガン発揮していたら「エルサレムのアイヒマン」的にヤバいんじゃないかと思うからです。

それはさておき、1990年代にバブル崩壊してグローバル化の時代になってからより顕著になりましたが、そもそもTMのひとが病気になりやすいということは、TMが社会生活において不利になっていることを示唆しています。


企業戦士から社畜へ

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かつて『企業戦士』とか『モーレツ社員』とか『古き良き模範的日本人』とか、ある種持ち上げられていたTMは、今や『社畜』と呼ばれてバカにされるようになっています。

これは前提となるルールが変わってしまったからです。一部の例外をのぞいてこのルールは崩壊しつつあるので、かつてのように職場に一生懸命奉仕して理不尽なことに耐えて、職場における地位を上げても、業績が傾けば一瞬でおしまいなのです。

また、いくらブラック労働でパワハラを受けても、TMを発揮すれば耐え続けることができるのですが、いよいよ限界というところで精神科医療の門を叩くことになるわけです。

このように、今やTMそれ自体がリスクであることの方が多かったりします。


ハイテク資本主義に適合する人材

現在の不透明な時代のルールに適合している特性とは、メンバーや状況が変わっても素早く対応できる柔軟性や、職場にふりまわされるのではなく、職場に利用価値があるのかどうかを客観的に見極めて、職場を通してスキルを高めたり人脈を広げたりするしたたかな能動性、などが必要になっていると思われます。

これはピーター・クレイマーのいう「ハイテク資本主義に適合する人材」です。一番最初に発売された抗うつ薬/SSRI「プロザック」は、それらの特性を安上がりで手に入れることができる「ビジネスオリンピックのステロイド」であると彼は主張していました。
長くなったので、そのことについては次回に。


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