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ひきこもりのデメリット「孤独は健康に悪い」


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前回までは、ひきこもりのメリットをあげてきました。当然のことながら、ひきこもりにメリットがあるからといって支援しなくていいわけではないので、今回はひきこもりのデメリットをあげてみます。

「孤独の科学」という書籍を紹介します。孤独感が心身に与える影響を科学的アプローチによって明らかにしています。

孤独の科学


原題は「Lonliness: Human Nature and the Need for Social Connection」つまり、社会的つながりは重要で社会的ひきこもりはリスクが高いということが書かれています。

結論からいうと、ひきこもりによる孤独感は健康被害を引き起こします。精神はもちろんのこと身体の健康をそこない、正常な判断力が失われ、社会的な成功から遠ざかって、あらゆる不幸の源になるそうです。

loneliness

若かりし頃、一時的に孤独な状態に身を置くことは大切だったりします。周りの人に邪魔されずに好きなことに没頭する時期はあるでしょう。実際に、若者の孤独感はそれほど健康面に影響をおよぼさないこともありますが、孤独感が長期化したり高齢化するにつれて多大な健康被害をもたらすことが明らかになっています。


孤独担当大臣?

日本では、孤独は個人の問題であるとされていますが、英国では政府が対策に乗り出しています。

というのも、孤独による健康被害は1日にタバコ15本を吸うのと同等であり、イギリスの国家経済に与える社会的損失は年間4.7兆円ともいわれています。

複数の団体が運営するウェブサイト「孤独を終わらせるキャンペーン」には、孤独感に悩む人に向けた対処法が掲載されています。

英国のメイ首相は、2018年1月18日に「孤独担当大臣」というポストを新設しました。スポーツ・市民社会担当国務次官を務める英国保守党のトレーシー・エリザベス・アンネ・クラウチ氏を任命し、孤独解消のために全省庁をあげて戦略を練っているようです。将来は「孤独省」が新設されるかもしれません。

精神疾患の背景に孤独の問題がひそんでいるケースはけっこう多くて、心理療法や薬物療法よりも居場所がみつかることで症状が改善するケースは少なからず経験しています。


孤独感が健康に与える影響

まず、孤独が身体に与える影響は深刻です。循環器系、呼吸器系、消化器系、免疫系などなど、全身の臓器にトラブルが起こるリスクが高まるようです。身体に悪いことをしていなくても、孤独を感じるだけで病気になって死ぬ確率が高まるという恐ろしい話です。

次に、精神に与える影響は多彩です。
  • アルコールなどに依存しやすくなります。孤独をうめるために依存症になります。
  • 過食になったり、性的にだらしなくなる。口さみしいのは本当にさみしいのです。
  • 自制心がきかなくなり、判断力がにぶります。
  • 楽観的になれなくなり、リスクのあることに挑戦できなくなります。
  • ブラックな状況を変えることなくひたすら耐えるようになります。
  • 他人にSOSをだせなくなって、ますますひとを遠ざけるようになります。
  • 他人の意見をうのみにしたり迷信深くなったりします。
どれも生きていく上で決定的なデメリットになるでしょう。

依存症のひと、過食してしまうひと、性的にだらしないひと、自制心のきかないひと、ひどい状況を変えるために何も行動せずにズルズル現状を維持しているひと、うさんくさい他人の言われるがままにカモられているひとたち、などなど。

そのようなひとに対して世間は冷たかったりします。自業自得であると断じられて、支援の優先度は下がってしまいがちです。その結果、さらに孤独感を強めるという悪循環におちいります。

また、基本的に福祉的な支援は自分で申請しないとやってもらえないことがほとんどなので、本当に支援が必要なひとほど支援されていないことが多かったりします。

このような傾向のあるひとに対しては、表面にある問題そのものよりも、背景にある孤独感について想像をめぐらせてみることが重要だったりします。

なので、支援者は「気にかけているよ」という社会的なシグナルを送り続けることから始めなければなりません。


倫理を科学的に規定すること

孤独という個人的かつ主観的な感覚を科学で規定していいのかという問題があります。

いちいち科学的に証明されるまでもなく、孤独で困っているひとを助けることは倫理的にあたりまえなことだと言うひともいるでしょう。

福祉の領域では「どんなひとにも手を差し伸べなくてはいけない」という無条件に規定された倫理観があります。しかし、これを維持することはけっこう過酷なことです。言うは易く行うは難し。

現場でこれを忠実に守る聖職者のような支援者は、自分自身の尊厳を失ったり倫理的でない状況に自分自身が追い込まれることがあるからです。


また、いかに正当性のありそうな倫理的判断でも、まちがった事実認識の上に立っていたとしたら、それは倫理的ではありません。

聖職者のような高い志をもった特別なひとだけではなく、普通にだらしないひとでも支援者をやっていくには、科学的に納得感のある根拠を示して倫理を規定していくことが重要です。

特に医療は科学の末席なので、科学的な事実認識に基づいて倫理的判断がなされるべきであると思う今日この頃です。

ひきこもりのメリットその3「欲望を他人に利用されない」


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ひきこもりのメリットについてまとめてきました。



今回は、3つめのメリットをかなり偏った視点から考えてみようと思います。


欲求と欲望

限りない要望

欲求と欲望は似たような言葉ですが定義が違います。

動物的な欲求(睡眠欲・食欲・性欲)は、いったん満たされればとりあえず解消されます。

一方で、人間の社会的な欲望には限りがありません。友だちをつくりたい、目立ちたい、注目を集めたい、高い地位につきたい、尊敬されたい、評価されたい、チヤホヤされたい、他人がうらやむモノを手に入れたい、自慢したい、他人を支配したい、などなど。

ひきこもり状態が長期化しているひとは欲望をもたなくなります。欲望をあきらめているか、もしくは、興味を失っているようにみえます。誰にも会いたくないし、他人の評価なんてどうでもいいようにみえたりします。

まるで徳の高い修行僧のように世俗を離れてストイックな生活をして「ありがたい」雰囲気を身にまとっていることもめずらしくありません。


欲望は他人の欲望?

ジャック・ラカンという精神分析の巨匠がこう言いました。要するに「他人の欲望するものをひとは欲望する」ということです。

ひきこもり専門家の精神科医である斎藤環はジャック・ラカンを紹介しつつ、「ひきこもり状態にあるひとは他人と接触しなくなるため自分の欲望を見失ってしまう」という問題を指摘しました。

そのため、ひきこもりの支援においては、欲望をもたらしてくれる「第三者」と接触することを重視しています。

これは臨床上はとても有効です。とりあえずアカの他人つまり「第三者」である支援者が定期的に接触して対話を続けることで、ひきこもり状態が解消されていくことがあるからです。


「第三者」ってどんなひと?

でも、なんとなく腑に落ちないのがこの「第三者」という存在です。

斎藤は「第三者」について、
① 親のように愛情と熱意をもって接触する者ではなく
② 利害関係のある者でもなく
対等でフラットに対話が続けられる存在であるとしています。

実際には、そんなひとはいるわけありません。一時的にそんな存在になれることがあるかもしれませんが、たいていは持続しません。

まず、支援者も人間だからです。時には情熱を抱いてしまうし、あらかじめ利害関係が存在しているか、後になって必ず生じてしまうからです。

とりあえずの指針として理論は有用ですが、臨床現場はなにかとカオスなので理論を信奉するだけではうまくいきません。


なぜ欲望をもたなくなるのか?

そもそも、欲望をもたらす「他者」と接触しなくなることで二次的に欲望をもてなくなるという説明は、ひきこもりの持続要因に過ぎません。

この点について、評論家の岡田斗司夫が、哲学者の内田樹との対談のなかでリアリティのある説明をしています。
いま、若い男子が一番嫌なことっていうのは、誰かにいいように利用されるっていうことなんですよ。利用されたり、いいようにされたり。

だから草食系になっちゃうのはなぜかというと、欲望というものを持ってしまったり、それが他人にばれたら、巧みに利用されてしまうと思っているから。

欲望を逆手にとって操られるのが怖いから、欲望に背を向けようとしているんですね。欲望というのを意識したくないし、できれば持ちたくない。

そうすると女の子のほうはイライラしてくる。欲望あるでしょ、と。
他者と接触しなくなった結果、欲望をもたなくなるその前に、積極的に欲望から背を向けているというわけです。

これは、欲望を見透かされた瞬間に負けが決定するゲームがあちこちで展開されていて、ストレートに欲望を表に出してしまうひとはカモにされるルールが存在している状況では、とても合理的な行動と言えます。

たとえば、ひきこもりがちだった自閉スペクトラム症をもつひとが、なまじソーシャルスキルを身につけて社会に出てしまったがゆえに、詐欺にひっかかってしまう悲劇はめずらしくありません。


[理想の自分]ー[現在の自分]=[利益]

日本は世界的には豊かな国なのに幸福度が低いようです。これは、自分よりもキラキラ幸福なひとがメディアに露出していることが一因です。上をみあげることで欲望に火がともされて、今の自分に満足することができずに、夢・やりがい・自己実現を求めてしまうようになります。

そして、欲望を達成した[理想の自分]と[現在の自分]の「差分」が、かけはなれていればいるほど大きな利益を発生させることができる仕組みがあちこちに存在しています。

美容・健康・ダイエット・ギャンブル・アイドル・SNS・自己啓発・やりがい搾取・情報商材・スピリチュアル、などなど。さまざまな産業がそんな欲望に狙いをさだめています。いったん欲望に火をともすことさえできればあとは勝手に利益を生み出すことができます。

さらに、それを持続可能にするシステムとして消費者金融が機能しています。闇金ウシジマくんの世界です。

うっかり欲望をもってしまったがゆえの「代償」はウシジマくんによってキッチリと回収されます。[理想の自分]から[現在の自分]へ反転する瞬間のカタルシスに向かって物語は進行します。

  

手を差しのべておいて出しぬく

そして極めつけがコレです。肥大した欲望のせいでお金を巻き上げられてスッカラカンになるだけならまだしも、「手を差しのべておいて出しぬく」裏切り行為には耐えがたいものがあります。

その昔、精神病理学では、分裂気質/シゾイド性格のひとに対してコレをやると、統合失調症を発症してしまう説が素朴に信じられていました。

でも冷静に考えれば、シゾイド性格でなくてもコレをやられたらメンタルやられることくらい誰にでもわかります。

例えば、曲がったことが大嫌いで原理原則にこだわる自閉スペクトラム症のひともたいそう深く傷つくことでしょう。

PTSDが長引く原因のほとんどがコレだったりします。大災害そのものよりも裏切り行為の方がひとを深く傷つけます。

依存症の原因にもなるでしょう。裏切られて傷ついてポッカリあいた穴を埋めるためです。アルコールとか薬物は、そのような経験を一時的に忘れさせてくれるからです。


まとめ

というわけで、肥大した欲望を抱いていることが他人にバレてしまうことはリスクになることがあります。ゆえに、ひきこもりのメリットその3は「欲望を他人に利用されない」です。得るものは減ってしまいますが、失うものがなくなるのでとりあえず安心です。

ひきこもりのメリットその2「働かなくてもいい」


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ひきこもりのメリットを考えてみようというわけで、前回はひきこもりのメリットその1を紹介しました。


ひきこもることで闘争を避けるようになることは犯罪率の低下に関係しているかもしれません。それは結構なことかもしれませんが、ひきこもりが自殺の原因になっている可能性があったりするのは問題です。


自殺率と失業率の密接な関係

自殺者と失業者は同じように推移しています。つまり、無職のひとは自殺しやすいのです。

バブル崩壊後から自殺者数が増加の一途をたどり、一時期は年間3万人を超えて高止まりを続けて大騒ぎになりました。自殺対策の予算がたくさんおりて、僕も学校で自殺対策の授業を頼まれてやったりしてました。

ところが結局、2010年代から失業者が減ってくると自殺者も減ったわけです。失業者減少の原因は、金融政策の効果とか人口動態の変化とか諸説あります。ともかく、失業者を減らすことは自殺対策に効果的であることは明白です。

男女別で見てみると、
【男女別】実業率と自殺率の関係
女性は失業率と自殺率が相関していませんが、男性は驚くほど相関しています。つまり、「無職の男性は生きる価値がない」という世間からのプレッシャーがすさまじいことがわかります。

はたして、汗水たらして働いていない男性は生きる価値がないのでしょうか?

もちろん、そんなことはありません。


トマ・ピケティの「r>g」

フランスの経済学者トマ・ピケティの「21世紀の資本」は150万部を超えるベストセラーになりました。
21世紀の資本
トマ・ピケティ
みすず書房



古今東西膨大なデータを解析することで「r>g」という法則を実証しました。

r/資本収益率 所有する株や不動産から得られる利益
g/経済成長率 労働による収益、働いて得られる給料

汗水たらして働くよりも、株や不動産を持つことで配当や家賃をゲットしているひとの方が儲かっていることは、これまでもみんなうすうす気づいていましたが、ピケティさんが身もふたもなく実証してしまったのです。

なので「汗水たらして働くことが正しい」という価値観は必ずしも正しいわけではないということになります。

つまり「汗水たらして働いても幸せになれるとは限らない」し、「働くこと」はさまざまなリスクを抱えることでもあるわけです(職場はうつ病の玄関口か?)。


アンチ資本主義としての「働いたら負け」

賃上げデモ
r>gゆえに、賃金を上げることで富の再配分を促進させることはとても大切なことです。賃金上げろデモは正論であることに間違いありません。

しかし、賃金上げろデモよりもたったひとつの冴えたやりかたがコレ。まさに過激なパンクです。
働いたら負け
みんなが一斉にコレをやると資本主義システムが維持できなくなるので、お行儀よくデモをやってくれた方がよっぽど助かります。


非社会的行動としてのFIREムーブメント

関連する現象として、アメリカのミレニアル世代/1980年代〜2000年初頭生まれの若者たちを中心に静かなブームを巻き起こしてるFIREムーブメント。

FIRE/Financial Independence , Retire Early(経済的に自立して早く引退しよう)。
FIREムーブメント
アリーとジョーはふたりとも教師。徹底した倹約と投資によって100万ドルの資産を築き、30代で仕事をリタイア。その後も年間支出2万ドルの倹約生活を続けながら気ままに暮らしています。

若いうちから贅沢せずに徹底的に倹約し、株や不動産など資産形成して不労所得を積み上げ、早期にリタイア。ナニゴトにもしばられずに自由気ままに生きていくスタイル。旅行したり、ブログやSNSで情報発信したり、趣味を楽しんだり。

社会との関係がタイトではなくルーズなわけです。このようなライフスタイルが支持されてきつつあるようです。

日本でも早期リタイアを達成したひとのブログがちょこちょこみられるようになっています。のぞいてみると、ひきこもり気質のひともけっこういるようです。

ひきこもりは、非行や犯罪などの「反社会的行動」と対照的に「非社会的行動」と呼ばれています。社会から背を向けて、社会と関係を結ぶことを拒否することです。

そうすると、早くから職場という社会から降りていくFIREムーブメントは、とてもうまくいっている非社会的行動といえなくもありません。


まとめ

「汗水たらして働かないヤツはダメだ」という価値観は自殺率を高めます。また、資本主義システムには矛盾があって「汗水たらして働いでも幸せなれるとは限らない」ので、職場という社会から降りていく生き方を選択することは合理的だったりします。

つまり、ひきこもりのメリットその2は「働かなくてもいい」ことです。

もちろん「働くこと」は富を手に入れるだけでなく、仲間と共に協力して大きな仕事を成し遂げることで達成感を得たり、自己実現を目指す手段でもあります。幸福度を高めるための重要な営みであることも確かです。

次回は、そのへんも含めつつ、ひきこもりのメリットその3「欲望を他人に利用されない」について考えていきます。

ひきこもりのメリットその1「闘争しなくてもいい」


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ひきこもりのメリットを考えてみようというわけで、ひきこもりのメリットについて具体的に考えていきます。

年間 288人 / 20,465人 

これは何の数字でしょうか?

正解は、日本における他殺者数/自殺者数です(厚生労働省 2017年人口動態統計より)。

日本は他殺に比べて圧倒的に自殺が多い国です。さらに他殺数はどんどん減少しています。

推移はこちら。
他殺と自殺の推移


殺人の動機=成熟の条件

一般的に、殺人の動機は「イロ・カネ・メンツ」といわれています。恋人やお金を奪われたり、メンツをつぶされたりすることでトラブルが生じて「ぶっ殺す!」ってなるのは想像に難くありません。

同時に「イロ・カネ・メンツ」は「成熟の条件」でもあります。成熟、つまり「オトナ」になるための条件。

自分でお金を稼いで経済的に自立して、パートナーをゲットして結婚して、社会的な役割を果たして評判を得ることができるひとのことを、世間は「立派なオトナ」と呼んでいます。

なぜ、成熟の条件が殺人の動機になるかと言うと、「イロ・カネ・メンツ」は特定のひとに集中して極端にかたよってしまうというやっかいな性質があって、熾烈な競争が生まれるからです。

成熟と闘争

「イロ・カネ・メンツ」には平等なんてありえません。身長や体重のように穏やかな正規分布にすらなりません。100倍身長の高いひとはいませんが、100倍年収の高いひとはゴロゴロいます。

それは、べき乗分布のごとく過激なカーブを描きます。
べき乗分布
めちゃくちゃモテるひと・めちゃくちゃ金持ちなひと・めちゃくちゃ評判のいいひとはごくひと握り。大多数のひとは、モテないし・お金がないし・評判がよくありません。

なので、モテるため・大金を手に入れるため・評判を上げるためには、闘争して勝って頭ひとつ飛びぬけなければいけません。リスクはあるけどワンチャンあるかも!というわけです。

あまり表立って言われませんが、受験も恋愛も就職も完全なる競争です。勝つことなしに「イロ・カネ・メンツ」をゲットできるほど世の中甘くありません。

こんなことをいうと不機嫌になるひとがいるのですが、そうなっているのだから仕方がありません。

競争を毛嫌いするひとの真逆に、競争を賛美するひとがいて2極化がはなはだしいのですが、どちらの立場とも現状をリアルにとらえられません。

もっとマクロのレベルで考える必要があります。生物の世界が弱肉強食なのかといえば全くそうではないからです。


絶滅寸前のトラ/はびこるネズミ

生物の世界は「弱肉強食」と考えられがちですが、正しくは「適者生存」です。強いものではなく環境に適したものが生き残ります。

強い生物はしばしば絶滅危惧種で、アジア最強のトラは3000頭あまりに減少しているそうです。一方で、トラよりも圧倒的に弱いネズミはうじゃうじゃと世界中にはびこっています。

そこそこ「か弱い」人間は、社会インフラをつくることで環境自体を変えるようになりました。それによって、成熟できない・自分のチカラでは生き延びられない・「か弱い」個体でも生存可能にする戦略をとって繁栄することができました。

ある環境において「か弱い」という形質/特性が、別の環境においては逆に「強み」になることはめずらしくありません。

人間は、多様な形質/特性を社会に抱えることによって、さらに多様な環境に適応できるようになりました。今風にいうとダイバーシティを推進してイノベーションを起こそう!ってノリを地でいってたわけです。

こうして、個体レベルでは局所的に闘争することはあるものの、種のレベルでは協調が行われています。


社会インフラの成熟と個人の成熟は反比例する

成熟できない・ひとりでは生き残れない・「か弱い」個体をどれだけ保護できるかは、社会インフラがどのくらい成熟しているかに比例します。

戦後の焼け野原、社会インフラがボロボロだった時代は、成熟できないことは死に直結していたでしょう。個体が成熟することが強く求められていたので、団塊世代は強くたくましく育成されました。

現代の日本は世界的にみても社会インフラが非常に発達しています。交通網と通信網が張り巡らされ、欲しいモノや情報やサービスがすぐ手に入ります。

成熟できない・ひとりでは生き残れない・「か弱い」ひとでも、さまざまなリソースを利用することによって快適に生活することができるようになっています。

いったんそんな社会ができあがると、ムリして成熟しなくても生きていくことができようになります。リスクある闘争を避けてひきこもり、成熟しない戦略をとる個体が増えることはとても合理的なことです。

誰しも闘争なんてしたくはありません。平和がイチバン。闘争せずに生きていけるならそれに越したことはありません。

つまり「ひきこもり」のメリットは「闘争しなくてもいい」ことです。


少年犯罪は増えているのか?

若者の〇〇離れ、草食化が進んでいるといわれる一方で、少年犯罪がセンセーショナルにとりあげられて親の不安をあおったりします。

ひきこもりの状態になったお子さんを持つ親から「将来うちの子は事件を起こしたりしませんか?」と質問されることはめずらしくありません。

実際に統計を調べてみると、、、

少年犯罪の推移
出典:少年犯罪データベースより作成
10歳以上20歳未満の少年人口10万人当たりの少年刑法犯検挙人員の比率

このように、少年犯罪は減少傾向にあります。ちなみに、強くたくましい団塊世代の犯罪率が異常に高かったことがよくわかります。

もっとマクロな視点で、全人類史を通して全世界的にみても、殺人は減少しているようです。進化心理学者スティーブン・ピンカーは、膨大なデータを精査してそれを実証しました。先史時代から現代にかけて全世界における戦争で死亡した人の割合を並べた壮大なグラフがこちら。
暴力の人類史_戦争により死亡する人の割合

ひきこもることで闘争しなくてもよくなることはメリットなのですが、自殺のリスクが高まってしまうことは大問題です。

次回は、自殺の問題を考えながら、ひきこもりのメリットその2「働かなくてもいい」を紹介していこうと思います。

ひきこもりのメリットを考えてみよう


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あけましておめでとうございます。さてさて、精神科のクリニックのなかではめずらしく訪問診療をやっていたり児童思春期のケースに関わっている関係上、ひきこもりの支援方法について尋ねられることが多かったりするのでまとめていきます。

一般的に、ひきこもって社会に背を向けることは悪いことであるとされているので「将来、ひきこもりになってしまったらどうしよう」という悩んでいるひとはとてもたくさんいます。

ここは視点を変えて考えてみる必要があります。ひきこもりの問題を考える上でまず重要なのは、ひきこもりのメリットについて考えることです。それによってひきこもりについての理解が深まります。

まずは、ひきこもりの定義から確認していきます。


ひきこもりの定義

ザックリ説明すると、

①就学・就労をしていない
②人間関係がない
③その状態が長期間持続している

つまり、友だちのいないニートです。
①だけならいわゆるニートですが、親のお金を使って友だちと楽しく遊んでいる場合は問題にはなりません。むしろ、就学や就労というイス取りゲームにおいて、他の誰かにイスをゆずって親世代の資産を循環させているので、社会のためには貢献しているとも言えなくもありません。

問題は、友だちがいなくて、家族とも険悪で、ほとんど人間関係がなくなってしまったケースです。人間は社会的な生物なので、人間関係が長期間ない状態が続くと悪影響がでてくるのは想像しやすいかと思います。まして、人間関係を広げていく青年期であればなおさらです。

ひきこもりは精神医学的にも、発達障害とくにグレーゾーンの問題が背景にあったり、
うつや不安の問題が生じたり、身体的にも影響があったりと、密接に関連しています。


このように、ひきこもりのデメリットについてはなにかと指摘されているのですが、メリットはなかなか語られません。


ひきこもり支援で必要な「ためらい」

ためらい

なぜわざわざひきこもりのメリットを考えないといけないかと言うと、ひきこもり支援に必要な「ためらい」が生じるからです。

ひきこもりの状態になっているひとは、基本的にプライベート空間にこもって他人との関わりを拒否しています。支援なんて大きなお世話。誰であろうと他人のプライベート空間に踏み込むことはとても難しいわけです。

世の中には、ひきこもりのひとを強引に施設に入所させて無理やり更生させようとするハードボイルドな業者があります。部分的に有効なこともあるのでしょうが、あちこちでトラブルが続出しているようです。彼らは自分たちがやっていることは絶対的に正しいと信じていて「ためらい」がないからでしょう。

「ためらい」のない人は、決断は早いんだけれどブレーキがきかなくてエスカレートしてしまいがちです。

逆に、そのような業者を全否定して批判することに精を出すひとも「ためらい」がなくて逆方向にエスカレートしがちです。ひきこもりのひとがどうなっていてもプライベート空間には絶対に踏み込んではいけない、と考えることは度が過ぎていて現実的ではありません。

というわけで、ためらいながらも介入するチャンスを「待つ」という微妙なバランス感覚が必要になるわけです。


どうしても踏み込まないといけないとき

ひきこもりによって二次的にメンタルヘルスの問題が生じる場合はありますが、ひきこもりそのものは精神疾患ではありません。

ですが、まぎらわしいことに精神疾患が原因で「ひきこもり」の状態になることがあります。

なので、その場合はまず精神疾患の治療にとりかからなくてはいけません。特に、重いうつ病や統合失調症で精神状態が悪化して食事もとれない状態になってしまっていたり、自殺のリスクがあるケースはのんびり支援している場合ではないので積極的に踏み込んでいく必要があります。

そのへんの判断は経験を積んだ精神科医でないと難しいので、一度相談しておくことをおすすめします。


前置きが長くなってしまいました。次からはより具体的に「ひきこもりのメリット」を考えていきたいと思います。

 
 
 

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