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精神科治療を受けていたひとの犯罪


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精神科治療を受けていたひとの犯罪

このところ、重大犯罪をおかしたひとのなかで、幻覚や妄想などの精神症状をもっていて精神科の治療を受けていたことのあるひとがチラホラ増えてきているようです。精神科の敷居が下がってアクセスしやすくなったためでしょうか。

しばしば論点になるのは、その精神症状が精神病によるものなのか、薬物による影響なのか、という問題です。精神病による影響が大きければ責任能力がなかった、ということで罪が軽くなることがある一方で、薬物による影響が大きければ自己責任ってことで、責任能力をみとめられるという風潮があったりします。

たとえば、先日死刑判決になった相模原障害者施設殺傷事件と無期懲役判決になった淡路島5人殺害事件。どちらも被告は事件前から精神症状があって精神科治療を受けていました。そして、どちらも精神鑑定の結果では、薬剤性精神病という診断になっていました。つまり、精神病ではなく薬剤が原因で精神症状が出ていたと考えられていたわけです。


相模原障害者施設殺傷事件の場合

精神鑑定では薬剤性精神病(大麻精神病)で、完全責任能力/死刑判決となりました。ざっくり説明すると、
  1. 被告は大麻を使用することで大麻精神病になり、妄想に支配されて犯行におよんだため、限定責任能力であり刑を軽くするべきだと弁護側は主張しました。

  2. しかし、周到な犯行準備をして犯行時は柔軟な対応ができているため、妄想があったとしても影響は軽かったであろうと判断されました。

  3. よって、完全責任能力があると判決されました。
つまり、純粋な精神病ではなく薬物による精神症状があるものの、精神症状の程度は軽いであろうと結論されました。

しかし、この1と2の説明はどちらも間違っています。
  1. まず、大麻精神病という診断名は国際的には認められていません。大麻の使用によって起こる精神症状は知覚変容や幻覚や興奮など断片的で一時的なもので、持続的にあのような壮大な妄想を構築することや突飛な言動を説明することは到底できません。もともと精神病をもつひとが大麻の使用によって精神症状が悪化することはあっても、大麻の使用だけで持続的に精神病の状態になって精神科を受診するひとはまずいません。大麻は国によっては合法的な嗜好品に過ぎないものです。

  2. そもそも妄想というのは、間違った前提を信じているものの、思考パターンは因果関係が明確で理論的にはスジが通っているものです。なので、むしろ妄想があるからこそ目的に向かって周到な準備や柔軟な対応ができるようになるわけです。精神病には妄想型(思考がまとまるタイプ)と解体型(思考がとっちらかるタイプ)があって、まとまった行動ができなくなるのは解体型のほうで、妄想型は目的に応じてまとまった行動をとるようになるわけで、このへんがごっちゃになっているようです。
薬物の影響だけでは説明できない精神症状があらわれいて、強固な妄想にもとづいて犯行におよんだかもしれない、つまり精神病をもっていた可能性を吟味する必要があるケースではないかと考えられます。


淡路島5人殺害事件の場合

こちらはちょっとややこしくて、一審と二審で精神鑑定の結果が大きく異なっています。
一審では薬物による影響が大きいものの精神症状の程度は軽いため完全責任能力となり死刑判決でしたが、二審では一転して薬物による影響は否定されて、もともともっている精神病の影響が大きいため責任能力は限定されていたとして無期懲役判決になりました。

一審の鑑定医が薬剤性精神病と診断したのは、犯行の約10年前にメチルフェニデート(リタリン®・コンサータ®)を使用していたからです。しかし、被告は犯行時にはメチルフェニデートを使用していませんでした。

100歩ゆずって、相模原のケースは薬物の影響が多少なりともあったとしても、淡路のケースは約10年前に使用していた薬物の影響が残っているはずもありません。そんなことは精神科医でなくても誰にでもわかることです。一審の鑑定医はメチルフェニデート中止後も幻覚や妄想が持続しているケースレポートをエビデンスにしているようですが、そのケースはメチルフェニデート以外にもたくさんの薬物を併用しているのでエビデンスとしての価値はほとんどありません。

そもそも薬物の使用をやめた後、長期間にわたって精神病状態が持続していたとしたら、もともと精神病をもっていたひとであると誰もが診断するでしょう。しかも、メチルフェニデートはADHDの治療薬として多くのひとが常用している比較的安全な薬物です。これはもう、あらかじめ薬剤性精神病と診断したかったのではないか、と感じてしまうほどです。


精神鑑定はけっこういいかげん?

淡路島5人殺害事件の一審と二審の判決文は、精神科医のみならず一般のひとが読んでも驚くべき内容になっています。一審の鑑定医は明らかに知識が乏しく、論理の組み立てが場当たり的で、コロコロと意見を変えているからです。

たとえば、法廷でテンパっているときの発言。
人格自体は,本人の人格,その責任を取るという意味での,その事件時の人格というものは十分保たれていたというふうなことです。
このうっかり発言によって、被告を完全責任能力にしようとする意図がバレてしまっています。結論ありきで理屈をこじつけてきたからこそ、論理が破綻しているのではないかと感じてしまいます。

二審の鑑定は、被告は生まれながらの自閉スペクトラム症をもっていて、偏った性格になって/つまり二次障害を経て、妄想を形成して精神症状があらわれた、という流れの説明になっています。何でもかんでも自閉スペクトラム症で説明するのは流行りなので仕方ないとして、それ以外はまずまず説得力のある内容です。

一審の鑑定医は二審で矛盾点を容赦なくツッコまれ、「信用することはできない」とまで断定され、完膚なきまでに叩きのめされています。こんなに恥ずかしい記録が未来永劫webに残るなんて、とても恐ろしい仕打ちです。ホント、司法の世界は怖すぎます。。。

ちなみに、ひと昔前なら精神鑑定は精神科医の花形でありステータスだったので、優秀な精神科医が引き受けていたそうですが、今ではステータスにもならないし、めんどくさいわりに報酬も少ないので、引き受けるひとが少なくて困っているみたいです。優秀な精神科医は他の業務にいそがしいので、鑑定医の質が落ちるのは仕方ありません。

ちなみに、物好きなぼくはもともと精神鑑定に興味があったので、とある先輩に頼んで鑑定の助手をさせてもらったことがあります。はじめての経験で勝手がよくわからなかったのですが、先輩からはなんの指導もなく、とりあえず鑑定主文を書くよう頼まれました。とりあえず拘置所へ行って診察して、文献を調べながら鑑定書の下書きを作成してみました。もちろん先輩が添削してくれるものと思っていたのですが、結局そのまんま鑑定書に採用されていてビックリしたことがあります。もちろん報酬ゼロのボランティアです。おいおい、どんだけテキトーなんだと。。。

ともかく、相模原のケースや淡路のケース(一審)でみられたように、精神病をもっているかもしれないひとが犯罪をおかすと、精神病である可能性が排除されて薬物依存として裁かれるトレンドがあるのではないか、と思う今日このごろです。次回はそれについてまとめていきたいと思います。

モテたくてポリコレ


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前回からの続きです。


精神科医療におけるノーマライゼーションは建前としては浸透しているけど、実質的にはまだまだ浸透していないのではないか、という話でした。

今回は、ひと昔前にあった、急進的にノーマライゼーションをすすめようとするアツいチャレンジについて、少しだけまとめました。


治療共同体という失敗

昔々、医療者も患者さんも対等な立場で交流する「共同体」をつくりましょう、というロマンティックな考え方がウケていた時期があったそうです。とある地域では、精神科医が白衣を脱いで私服で診察するスタイルが流行していました。

とくにアルコール依存症の治療共同体が流行っていたみたいで、たとえばアルコール依存症のひとを支援する精神科医は自分自身も対等に?アルコール依存症じゃないとアカンよね、みたいなノリがあったようです。同じ依存症同士の方がわかりあえる、ということでしょうか。

そういえば最近、どこかのアルコール依存症専門クリニックの院長が飲酒運転で事故って現行犯逮捕されたというニュースがありましたが、治療共同体文化の名残りだったりするのかもしれません。

それはともかく、このような治療共同体という試みはことごとく失敗したので、現在はほとんどその痕跡は残っていません。お行儀のよい患者さんばかりを集めて会員制クラブみたいに運営していることを批判されたり、みんな対等な関係のままで患者さんの対応をすることができなかったのでしょう。

聞いた話では、とある地域で治療共同体の思想におもいっきりかぶれた精神科医がたまたまトップだったために、一部のややこしい患者さんたちが医師控え室を占拠して医師をつるしあげたり暴力をふるったり、無法地帯になって診療機能がストップしてしまったことがあったとか。

ややこしい患者さんもみんな含めてノーマライゼーションを実践する必要があるわけで、それを達成するにはある程度の規律が必要なことは明白です。にもかかわらず、現実に目を背けてロマンティックなお花畑を夢みてしまうことで、さまざまな歪みが生み出されていたようです。

さて、そのツケは誰が支払うのでしょうか?建前としてのノーマライゼーションによって排除されたややこしい患者さんは一体誰が受け入れているのでしょうか?

このへんが精神科病院への強制入院が急増している一因であると思うわけです。



モテたくてポリコレ

以上をまとめると、「ノーマライゼーション」という政治的に正しい/ポリコレを声高に主張して尊敬を集めて承認欲求を満たそうとするひとたちは、しばしば自分たちにとって都合のイイお行儀のよい患者さんばかりを集めて、ややこしい患者さんを排除するという矛盾を隠している偽善的なひとが多くて、中途半端なノーマライゼーションを実践して自己満足しているんじゃないかと思うわけです。

つまり、大きな声で主張するわりには、全然行動がともなっていないわけです。

しかも、自分たちが引き受けることのない、ややこしい患者さんを担当している援助者を批判することで、さらに自分のステータスをあげようとする身ぶりはとても浅ましいなあと思うわけです。
 

進化心理学者のジェフリー・ミラーは、「自分がいかに道徳的に優れているか」という言動をみせびらかすひとの習性を性淘汰の枠組みで説明しています。
People say they believe passionately in issue X, but they don’t bother to do anything real to support X.
情熱的にやかましく意見を表明するだけで実効的な行動をしない「ええカッコしいの役立たず」って、不思議なことに次々登場するんですよね、と。

ポリティカル・コレクトネス/政治的に正しい意見の表明は問題の解決そのものではなく、自分を魅力的に演出するための求愛ディスプレイに過ぎないという興味深い仮説です。
孔雀の羽
人間が異性に対して自分をアピールするときに、身体的魅力や社会的地位よりも効果的なのは「やさしさ」すなわち「道徳的な言動をすること」だったりすることはご承知の事実です。

つまり、「モテたくてポリコレ」。

伝統的に「性は道徳の敵」であるとみなされ、対比的に論じられてきました。西洋思想の伝統は心身二元論だからです。
  • 動物 身体 欲望 罪人
  • 人間 精神 道徳 聖人
フロイトの精神分析もこの枠組みにスッポリおさまっているし、進化心理学も道徳/あるいは利他性は個人や所属集団の生存効率を高める戦略であると論じられてきました。

ミラーは、このような二元論のバイアスを克服し、性的魅力と道徳を包括的にあつかうことで、新しい視点を得ようとしています。この試みは非常にエキサイティングで示唆に富みます。



次回は、精神障害と犯罪の関係について、最近の気になる動向をまとめてみたいと思います。


ノーマライゼーションの夢と現実


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精神科医療におけるノーマライゼーション

日本の精神科医療は患者さんを長期間入院させすぎだと批判されてきたので、「病院から地域へ」をスローガンに改革がすすめられてきました。患者さんたちが地域に溶けこんで共に生活することを目指す、いわゆる「ノーマライゼーション」。これはもう、誰がどう考えても目指していくべき正しい方向なので、誰も反対することはできません。

しかし、これって実は建前であって、本音はちっともノーマライゼーションなんて受け入れられてないんじゃないかと思うわけです。みんな口には出さないけど本音はそんなのイヤだと思っているのではないかと。

なぜそう思うのかというと、たとえば精神科病院へ強制入院が激増しているからです。


本当にノーマライゼーションが達成されていれば強制入院は減っていくはずです。どうやら精神科領域では、建前としての「ノーマライゼーション」は進んでいるように思われていますが、実質的なノーマライゼーションはあまり進んでいないようです。

いや、もちろん建前ではなくて本気で真剣に患者さんと共に生活することを実践されている素晴らしい援助者が活躍されていて、とても尊敬しているのですが、めったにお目にかかれません。


リベラルな精神科医ほど患者を選ぶ?

ぼくの経験上ほとんどの場合、ノーマライゼーションを声高に主張する「リベラル」なひとたちにはある種の共通点があって、それは「都合のいい患者さんを選ぶ」つまり「お行儀のよい患者さんしか相手にしない」そして「やっかいな患者さんにはけっこう冷たい」という特徴です。

言うまでもなく、精神障害をもつひとのなかにもいろんなタイプがいて、性格の良いひともいれば悪いひともいます。お行儀のよいひともいればややこしいひともいるわけです。というか、病状が悪くて余裕のない患者さんほどややこしくなってしまうことがあるわけです。

たとえば、精神科医療で患者さんを在宅でサポートするACTというシステムがあります。
※ ACT/Assertive Community Treatment/包括型地域生活支援

精神障害をもつひとたちが入院治療にたよることなく、地域で暮らせるように多職種の医療チームが訪問してサポートするという、まさにノーマライゼーションの最前線です。昔からACTには興味があったので、京都でACTを実践しているACT-Kの高木俊介先生と関係者のひとからお話をうかがったことがあります。

横文字でカッコよく“ACT”というからには特殊なことをやっているのかなと思っていたのですが、お話を聞くかぎりでは一般的な訪問診療や訪問看護と実質的にはなんら違いはありませんでした。ただ、"ACT"を名乗るためにはどこかの団体に年会費を払わないといけないだけみたいです。

ACTは本来さまざまな職種でチームをつくるはずですが、ACT-Kは医師と看護師だけでやっているようです。以前は精神保健福祉士も関わっていたようですが、診療報酬がつかないためか、みんな退職されているそうです。


人格障害のひと、お断り

ACT-Kには「人格障害のひとはお断り」というルールがあります。これは代表である高木先生から直接うかがったので、ACT-Kの方針なのでしょう。

人格障害とは、一般社会で期待される規範と異なる思考、知覚、反応、対人関係のパターンが人生の早い段階から比較的安定してみられるひとに対して用いられる用語です。つまり、いわゆる「ややこしいひと」のことです。

人格障害は精神科の正式な診断名なのですが、ぼくは「人格障害」という診断名はあえて使用しないようにしています。というのも、最近の精神疾患の特徴として、重症で典型的なケースが減っている一方、軽症で微妙なケースが増えているからです。山が低くなって裾野がひろがっているイメージです。

つまり、はっきりと人格障害と他の精神疾患をわけることが難しいし、人格障害と他の精神疾患はオーバーラップすることも多くて、統合失調症や双極性障害や発達障害をもっているひとのなかには、病気の経過が悪いときに人格障害のような症状がみられることもあったりするからです。つまり渾然一体としているのです。おまけに、人格障害と診断したところであまり有効な治療方法があるわけではありません。なので、人格障害と診断することに治療上のメリットはほとんどないので、戦略的に他の精神疾患を想定して治療するべきだと思うわけです。


リベラルっぽい精神科医の矛盾

ACT-Kをやっている高木先生は精神科病院の強制入院や長期入院を批判し、「病院から地域へ」というノーマライゼーションの理念を最前線で実践していることになっているからこそ尊敬を集めているのですが、そもそも人格障害のひとを排除することは明らかにノーマライゼーションの理念に反しています。

ACTをノーマライゼーションの実践ではなく、お金もうけの手段として考えるなら、人格障害などややこしいひとを相手にしない方が効率が良いので、合理的な判断をくだしていると考えることも可能ですが。。。

ちなみに、高木先生はクラフトビールを製造する会社を経営されていて、いまは精神科医療よりもそっちの方が楽しいみたいです。患者さんをスタッフとして雇用しているという噂があったので確かめてみたら、健常者だけで運営しているごくフツーの会社でした。

高木先生はもうだいぶご高齢なので医療の知識はほとんどアップデートされていないみたいで、医療に関する興味深い話はまったく聞けませんでしたが、ビールのマーケティングを語るときはとてもイキイキして饒舌になっている姿がとても印象的でした。

本業をなかば引退してビールづくりに精を出すのって、お金もってる俗物の道楽によくあるパターンで全然リベラルっぽくなくて、むしろ真逆だなあと感じました。おまけにそのビール、とりあえず飲んでみたけど、あんまり美味しくないのにやたら高価なんですよね。。。

これなら、一般の精神科病院でややこしい患者さんを引き受けて地道に苦労している勤務医の方がよっぽどノーマライゼーションに貢献しているのではないかと思う今日この頃です。

長くなったので、次回に続きます。


精神科病院への強制入院が急増している理由


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前回からの続きです。

最近、ひきこもりのひとが精神科病院へ強制入院させられたことがニュースで話題になっていました。

というわけで、精神科病院への強制入院って現状どうなっているのか、精神科救急にどっぷり関わっていた経験をもとにまとめてみました。


日本は外国と比べて精神科病院のベット数が多すぎるとか、入院期間(平均在院日数)が長すぎるだとか、よく批判されています。それはそれでおおきな問題なのですが、それよりも注目すべき事実があります。


急増する強制入院(措置入院・医療保護入院)

急増する強制入院

強制入院とは、本人が同意していない入院のことです。本人の意志に関係なく、医療者側の判断によって決定されます。

実は、精神科病院への強制入院する患者数がこのところ急増しています。なんと、ここ20年間で措置入院は約2倍、医療保護入院は約3倍、2014年には約17万件の強制入院があったようです。

これはけっこうスゴイことなのですが、あまり話題になっていないようです。

精神科病院入院患者の推移

さんざん批判されている在院患者数は減少に転じているのですが、それを補うかのように強制入院の割合が増えているのが興味深いところです。


強制入院が増えている理由

① お金がもうかるから

これは精神科医療の業界ではよくいわれていることなのですが、精神科救急はめちゃくちゃもうかります。なにしろ一般病棟の約3倍以上の収益をあげることができるからです。ちょうど5つ星ホテルの宿泊料なみです。

もちろん、5つ星ホテルのような設備やサービスは必要ありません。一般病棟よりも個室の割合が多いだけで、設備はだいたい場末のビジネスホテルなみです。

「精神科スーパー救急病棟」って広告をみると何か特別な治療をやってるように思われがちですが、スタッフの数が若干多いだけで、いたってフツーの精神科治療がなされています。つまり、多少のコストで莫大な収益を生む構造になっているので、経営者はなんとしてでも精神科救急をやりたいわけです。

で、どうやったらできるかというと、さまざまな施設基準を満たす必要があります。なかでも、「入院患者の6割以上が強制入院である」という条件をクリアしなければなりません。つまり、本人の同意による入院/任意入院よりも、強制入院をさせると金銭的メリットがあるというルールが設定されているわけです。

② 手間がかからないから

また、本人の同意による入院/任意入院はなにかと大変です。まず、治療者との信頼関係が前提になるし、治療の意義とか方針を丁寧に説明して、その必要性を理解してもらわないといけません。精神疾患の場合、自分が病気であるという自覚=病識がなくなることもあるからたいへんです。なので、知識も技能も時間も必要になるわけです。

さらに、任意入院しているひとは自由度が高くなるので、トラブルや事故などのリスクがなにかとつきまといます。

その一方で、強制入院は治療者との信頼関係がなくても、丁寧な説明がなくても、患者さんが理解していなくても可能です。極端な話、専門的な知識や技能がなくてもいいし、短時間で済ませることが可能だったりします。

③ 精神科病院は中小企業だから

病院って特別感があったりするのでピンとこない方もいるかと思いますが、ほとんどの精神科病院は構造的には家族経営の中小企業みたいなものです。で、そこにいる精神保健指定医は病院から給与をもらっているサラリーマンです。

そこで、①お金がもうかる上に、②手間がかからないとなると、中小企業の経営者はどうするか。

良識ある経営者ならともかく、モラルのない経営者であれば、本来は任意入院できるケースを強制入院させてしまうことを選ぶでしょう。

かくして、本来は必要のない強制入院をさせた医師は評価され、任意入院をさせた医師は経営者に呼び出されてお説教されたりするわけです。

良識ある医療者は反発するでしょうが、みんな病院からお給料をもらっている従業員なので、そうカンタンには逆らえません。

さらに、精神科救急で財務状況が良好な病院ほど高い給料(口止め料?)を支払う余裕があります。

で、経営陣の方針に忖度できるひとほど出世して要職について権限をもつようになり、忖度できないひとは排除され、強制入院の捏造がごくあたりまえの慣習になっていくわけです。

ってことで、モラルのない経営者ほど収益を上げることができるルールになっている以上、良識ある経営者は収益を上げにくくなっているので、ゆっくりと淘汰されていくことになるでしょう。

あるいは、もともと良識あるひとでも経営者になったとたんクソ野郎に成り下がっちゃうことも珍しくありません。ってことで、だんだんモラルのない経営者がはびこる業界になっていくことが予測されます。


どんな精神症状があったら強制入院になるの?

いやいや、そんなにカンタンに強制入院させれるわけないやんけ、と思う方も多いでしょうから、強制入院の要件を確認してみましょう。

参考:精神科救急医療ガイドライン2015年版/日本精神科救急学会(PDF)
非自発入院(強制入院)の判断基準

1)精神保健福祉法が規定する精神障害と診断される。
まず、1)の精神保健福祉法が規定する精神障害とは、
第五条
この法律で「精神障害者」とは、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう。
精神保健福祉法詳解
ここで、「その他の精神疾患」とは「精神保健福祉法詳解」によると、国際疾病分類ICD10のF4以降のすべて、すなわち精神疾患なら全部OKなのです。

実はこの「その他の精神疾患」は、1993年法改正で新たに追加された歴史があります。つまり、もともとは狭い範囲の精神障害のひとだけ対象とする基準が緩和され、強制入院のハードルは低くなっているわけです。



さらに強制入院のガイドラインをみてみましょう。
非自発入院(強制入院)の判断基準

2)上記の精神障害のために判断能力が著しく低下した病態にある(精神病状態,重症の躁状態またはうつ状態,せん妄状態など)。

3)この病態のために,社会生活上,自他に不利益となる事態が生じている。

4)医学的介入なしには,この事態が遷延ないし悪化する可能性が高い。

5)医学的介入によって,この事態の改善が期待される。

6)入院治療以外に医学的な介入の手段がない。

7)入院治療についてインフォームドコンセントが成立しない。
2)たとえば軽いパニック症でも不安が高まった状態であれば一時的に判断能力が低下することがあります。

3)精神疾患である以上、なんらかの「社会生活上、自他に不利益となる事態」は生じているでしょうよ。そうでなければ医療機関にかかっていません。

4)まあ、そうでしょう。そうでなければ医療機関にかかっていません。

5)放置するよりもケアする方がいくらか改善するでしょう。

6)7)は主観的な判断なので、ある程度精神状態が悪そうなら、満たすといえなくもないでしょう。

というわけで、実は強制入院は精神保健指定医のさじ加減ひとつでいくらでも解釈が可能になっちゃってるわけです。つまり、法令による縛りはあってないようなものなので、運用は精神保健指定医の良識に委ねられています。

なので、実際には精神症状ではなく、経営者の方針とか病院の慣習とかベットの空き状況によって強制入院が決定されることがあるわけです。判断をする精神保健指定医はサラリーマンなので、病院の方針には逆らえなかったりするからです。


強制入院のチェックシステム/精神医療審査会

強制入院は人権侵害のリスクが高いのに、そんなダルダルな基準でよいのでしょうか?というわけで、ちゃんとチェックシステムが定められています。

強制入院が不当だと感じたひとが申立をすれば、精神科医療審査会が開催されます。精神科医、精神保健福祉士、弁護士など有識者数名が集まって強制入院が妥当だったかどうか審議してくれるという、とても頼もしい制度です。

それで、実際に入院が不当であると判断されたケースをどのくらいあるかというと、、、

退院請求の結果
H26年では医療保護入院169,799件、措置入院6,861件、全部で176,660件の強制入院が報告されています。そのうち退院請求が3,289件で、審査されたのが2,437件。その結果、入院または処遇が不適当と判断されたのは、たったの104件です。

104/176,660=0.00058870146

つまり0.06%、10,000件中6件しか不当であるとみとめられていないのが現状です。めちゃくちゃ低い確率ですね。

さらに、申立てから審査会が開催されるまでにはだいたい1ヶ月以上かかります。

申立てしたところでひっくりかえる確率は低いし1ヶ月もかかるんだったら、賢明な人ならどうするかというと、主治医の言うことを聞いておとなしく入院生活をやり過ごしてさっさと退院してしまうわけです。うまくいけば1ヶ月くらいで退院できるからです。

最近は、精神科病院に入院すると先に入院している患者さんが「従順なフリしとけば早く退院できるよ」ってことを親切にオリエンテーションしてくれたりするらしいです。

となると、精神症状が安定していて客観的に現状を分析できるひとほど審査会を利用せず、認知症のひとや病状の重いひと、あるいはクレーマーほど利用することになったりします。

つまり、本来審査会が必要なひとほど利用せず、不必要なひとが利用することに事務コストを使っているというシュールな状況が生まれていくわけです。

ともかく、ゆるい基準で強制入院させることができて、しかもチェック機構が有効に機能していないって、なかなかすごいことだと思います。


強制入院が不当であることを立証することは可能か

さて、ひきこもりの自立支援施設の入所を拒否したために精神科病院へ強制入院/医療保護入院になったひとが、処遇が不当であるとして病院側に対して損害賠償請求訴訟を起こし、病院の医師を刑事告訴したケースがあります。さて、強制入院が不当であることを立証することは可能なのでしょうか?

被告側は強制入院が妥当だった証拠をあげなければならないわけですが、診察した精神保健指定医がカルテに記載すればそれがそのまま証拠になるのでカンタンです。よほどずさんなカルテなら問題でしょうが、悪徳な病院ほどぬかりなくカルテ記載を厳重にチェックしていたりします。

一方で、強制入院の要件をみたす精神症状が「なかった」ことを原告側が証明することはとても困難です。本人がいくら証言しても「病識がない」とか「認知の歪み」であると反論することが可能だからです。

さらに、医療保護入院になったということは、本来であれば最大の味方であるハズの家族が強制入院に賛成しているので孤立無援になっているわけです。ワンチャン、病院のスタッフが内部告発して証言してくれるかもしれませんが、見ず知らずのひとのために生活の面倒をみてくれている病院を裏切ることができるでしょうか?

っと、まあたいへん殺伐とした話になりましたが、、、まとめると、精神科病院とか精神保健指定医が悪徳かどうかというモラルの問題に矮小化してしまうよりも、制度の不備とかシステムの問題として考えていく必要があると思う今日このごろです。

次回は、精神科病院への強制入院が激増した理由を別の観点からまとめてみます。


ひきこもり自立支援施設ってどうなの?


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前回からの続きです。


今回は民間業者が運営するひきこもりのひとを自立させる施設について考えてみます。

とそのまえに、ひきこもり支援の概要についてみてみましょう。


ひきこもり支援の3ステップ

厚生労働省の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」によると、ひきこもりの支援は大きくわけて3段階のステップとなっています。
  1. 家族の支援
  2. 本人の支援
  3. 集団への参加
ざっくり説明すると、、、

1.家族の支援
ひきこもりの支援は家族からの相談を受けることから始まります。本人はひきこもっていて出てこないからです。この「家族の支援」が1番肝心なところで、ひきこもりの問題は本人だけではなく家族を巻き込んでいくので、家族自身も消耗・疲弊していてケアが必要になっていることがよくあるわけです。なので、まずは家族が元気になってもらって、本人との関係を調整していくことから始めていきます。

2.本人の支援
支援者が家族を介して本人に間接的にアプローチすることができるようになれば、徐々に変化がみられるようになります。本人が来院なり通所するようになれば、もうかなり状況は改善しているといえるので、あとひと息です。支援者が本人へ直接アプローチすることができるようになれば、変化はより促進されます。

3.集団への参加
最終段階として、いよいよ集団へ参加します。ここまで到達できればほとんど目標達成といえます。適切な環境さえ提供できれば、同じ境遇の仲間と接して共に時間を過ごすだけで、かなりの改善効果が見込まれます。しょせん親や支援者の立場にいると本当の意味での交流はできないし、仲間にはなれないからです。


ひきこもり自立支援施設の強み

さて、問題になっている業者は、ひきこもりの自立支援のために共同生活をする施設/寮をもっていて、強引に入所させるところから支援が始まる場合があるようです。

つまり、1と2のプロセスをすっ飛ばして、いきなり3の最終段階からスタートすることができるわけです。

倫理的な観点を無視して、純粋に支援の効率だけを考えれば、これはかなり有利であると考えざるを得ません。1と2はかなり時間と労力のかかる地道なプロセスだからです。

昔から戸塚ヨットスクールはじめ、さまざまな若者の自立支援施設が(一時的であるにせよ)注目されて人気を博すことがあるのは、共同生活による改善効果が絶大だからでしょう。
  
ではなぜ、このような民間の自立支援施設がさまざまなトラブルを起こしたりして長続きしないのでしょうか?


自立支援施設でトラブルが多いワケ

原因のひとつとして考えられるのは、統合失調症などの深刻な精神疾患を抱えるひとを対象にしている可能性です。

民間の自立支援施設は、共同生活の場という強みをもっていますが、残念ながら精神科医療のシステムがないので、精神疾患のあるケースを適切にケアすることができません。民間業者と違って、医療はリソースがとても潤沢なので人員や設備が充実しています。

また、統合失調症などの精神病は、病気の時期によっては共同生活と相性が悪かったり、自立を促進するはたらきかけが病状の悪化をまねくことがあります。

そもそも、本来は精神科医療で対応すべき精神病をもつひとを民間業者が相手にしているのはおかしな話です。これは、以前の記事で指摘したように、ひきこもりと精神科医療のねじれが関係しているかもしれません。



そもそも、ひきこもりの定義からしてねじれているので、ひきこもりの権威である精神科医の斎藤環が精神病以外のひとを支援の対象とする一方で、資格のない民間業者が精神病のひとを支援の対象としているという「ねじれ」が生じています。


自立支援施設と精神科病院のむすびつき

なので、最近の民間業者は精神科病院と連携してこれを補完しようとしているようです。そうすることによって、自立支援施設で対応できないほど精神状態が悪化した場合は、専門機関へ治療やケアを任せることができるからです。

これはいちおう理にかなっていることのように思えます。

しかし、ニュースによると、ひきこもりの自立支援施設の入所を拒否したために精神科病院へ強制入院/医療保護入院になった方が処遇が不当であったとして、病院側に対して損害賠償請求訴訟を起こし、病院の医師を刑事告訴しています。


原告側は治療のためではなく「見せしめ」のために精神科病院へ入院させられたと主張しています。

まだ事実関係が明らかになっていないのでなんともいえませんが、はたして連携している精神科病院は悪徳業者の片棒をかつぐ悪徳病院なのでしょうか?

争点は、病院受診時に原告がどのような精神状態だったのか、医療保護入院の要件を満たしていたのかどうか、になるでしょう。

というわけで次回は、ひきこもりと医療保護入院についてまとめていきます。


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