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発達障害をもつ子どもが利用する療育施設の選び方


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療育に関する問題は昔からボンヤリと考えていたのですが、「アヴェロンの野生児」の療育について調べてみて、問題点がだいぶ明確になりました。

児童思春期外来を10年以上もやっていると、「発達障害の療育施設はどこがいいですか?」と質問されることが多くなってきたので、いろいろな療育施設を見学してみて感じたり調べたことをまとめてみようと思います。

放課後デイサービスなどなど療育施設がたくさん出現しているので、選び方に迷われるひとが多いようです。

一般的に、療育施設を選ぶにあたって、カリキュラムがどうだとか、スタッフの力量がどうだとか、わりとどうでもいいことが強調されがちだったりするので、もっと実用的な選び方を紹介できればと思います。


おすすめできない選び方

  • 家から遠い
  • 医療機関が運営している
  • 言語療法士や作業療法士など専門職が多い
  • 特別なメソッドを使っている
  • 親向けのプログラムを熱心にやっている
  • 高額な料金がかかる

おすすめな選び方

  • 家から近い
  • 送迎サービスあり
  • 子どもが雰囲気になじめそう
  • 親がひと休みできる
  • 料金がかからない


まずはアクセスと料金をチェック

療育は生活に密着している営みなので、なるべく家から近くて通いやすくて便利なところにしましょう。送迎サービスがあればなおよしです。

また、なるべくお金がかからないように、公的補助によって料金負担が少ないところを利用しましょう。

たとえば、有名な療育施設へ通うために片道2時間かけてせっせと通所して、やたらと高い料金を払っている熱心な親御さんがいますが、時間とお金がありあまっているひと以外はやめたほうがよいです。それなら、楽しいイベントに参加したり美味しいごはんを食べに行く方がよっぽどマシです。


とりあえず子どもがなじめそうかどうか

最も重要なのは、お子さんが療育施設になじめそうかどうかです。子どもは自分に似たタイプの子どもに接近して仲良くなるので、そのへんをチェックしておきます。

施設ごとにカラーが微妙に違うので、見学や体験をしてみて確かめましょう。

もしも、あまりなじめそうになくて、子どもが楽しくなさそうなら、気にせず他のところにも行ってみましょう。よさそうなら移籍すればOKです。

他の子どもたちと遊べるようになることが重要なので、有名な先生がいるとか、専門職がいるとか、特別なメソッドを使っているとかは、わりとどうでもよかったりします。

オトナのメンツよりも、子どものメンツを重視しましょう。


親にとって便利なところがいい

次に重要なのは、子どもを預けているあいだ、親が気をつかわずにひと休みできるかどうか、です。

極論を言うと、療育の効果がゼロでも、子どもを預けているあいだに親がゆっくり/レスパイトできていれば、それだけで状況がよくなったりします。ただでさえ障害をもつお子さんをもつ親は、教育に力が入りすぎてしまい疲れてしまうことが多いからです。

なので、親も参加しないといけないプログラムを押しつけてくるところはあまりおすすめできません。

親子が真剣に向き合いすぎると感情がもつれるし、お互いに消耗が激しくなって状況が悪化する場合がけっこう多いです。

せめてお子さんが療育施設を利用している間くらいは、子育てから解放されて、ひと息ついてゆっくり自分の時間を大切にしていただきたいと思います。



専門職が多いところは?

療育施設を選ぶときに、臨床心理士やら言語療法士やら作業療法士やら精神保健福祉士やら資格者がいるところを優先するひとがいますけど、これはあまり重要な要素ではありません。

発達障害の子どもの療育について実務経験があるかどうかと、資格をもっているかどうかは、ほとんど関係がないからです。

むしろ、事業所が宣伝効果のために、資格者が在籍していることをアピールするために、実務経験の乏しい資格者を急ごしらえで採用していることもあったりするのでかなり微妙です。

同じような理由で、特別なメソッドを使っているところは、他にアピールするものがなくて困っていたり、偏った考えを押しつけてくる場合があるので、あまりおすすめできません。特別なメソッドよりも当たり前の日常の積み重ねが重要だからです。


医療機関で療育を受ける意味はある?

病院やクリニックなど医療機関で療育プログラムをやっているところもありますが、だいたい中途半端になりがちです。

某医療機関の療育は予約がいっぱいなので月に1回だけ通っています、というひとがたまにいますけど、子どもにとってはほとんど意味がありません。「療育やらせてます!」というアリバイ作りにすぎないので、やめたほうがいいと思われます。

療育の運営主体は医療機関だろうがNPOだろうがほとんど関係ありません。療育と医療は、近いようでめちゃくちゃ遠い営みなので、必ずしも医療機関で療育をやればよいわけではないからです。

とくに発達障害の支援は、医療機関で包括的にやれるものではありません。医療・教育・福祉・行政などなど複数の専門家による支援ネットワークの形成が重要で、医療はその一端を担うにすぎないからです。

というわけで、お子さんにとって楽しい療育になることを願っております。
子どもたち

ひきこもりのメリットその3「欲望を他人に利用されない」


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ひきこもりのメリットについてまとめてきました。



今回は、3つめのメリットをかなり偏った視点から考えてみようと思います。


欲求と欲望

限りない要望

欲求と欲望は似たような言葉ですが定義が違います。

動物的な欲求(睡眠欲・食欲・性欲)は、いったん満たされればとりあえず解消されます。

一方で、人間の社会的な欲望には限りがありません。友だちをつくりたい、目立ちたい、注目を集めたい、高い地位につきたい、尊敬されたい、評価されたい、チヤホヤされたい、他人がうらやむモノを手に入れたい、自慢したい、他人を支配したい、などなど。

ひきこもり状態が長期化しているひとは欲望をもたなくなります。欲望をあきらめているか、もしくは、興味を失っているようにみえます。誰にも会いたくないし、他人の評価なんてどうでもいいようにみえたりします。

まるで徳の高い修行僧のように世俗を離れてストイックな生活をして「ありがたい」雰囲気を身にまとっていることもめずらしくありません。


欲望は他人の欲望?

ジャック・ラカンという精神分析の巨匠がこう言いました。要するに「他人の欲望するものをひとは欲望する」ということです。

ひきこもり専門家の精神科医である斎藤環はジャック・ラカンを紹介しつつ、「ひきこもり状態にあるひとは他人と接触しなくなるため自分の欲望を見失ってしまう」という問題を指摘しました。

そのため、ひきこもりの支援においては、欲望をもたらしてくれる「第三者」と接触することを重視しています。

これは臨床上はとても有効です。とりあえずアカの他人つまり「第三者」である支援者が定期的に接触して対話を続けることで、ひきこもり状態が解消されていくことがあるからです。


「第三者」ってどんなひと?

でも、なんとなく腑に落ちないのがこの「第三者」という存在です。

斎藤は「第三者」について、
  1. 親のように愛情と熱意をもって接触する者ではなく
  2. 利害関係のある者でもなく
対等でフラットに対話が続けられる存在であるとしています。

実際には、そんなひとはいるわけがありません。一時的にそんな存在になれることがあるかもしれませんが、たいていは長続きしません。

というのも、支援者も人間だからです。時には情熱を抱いてしまうし、あらかじめ利害関係が存在しているか、後になって必ず生じてしまうからです。

とりあえずの指針としては役に立つこともありますが、臨床現場はなにかとカオスなので理論を信奉するだけではうまくいきません。


なぜ欲望をもたなくなるのか?

そもそも、「欲望をもたらす他者と接触しなくなることで二次的に欲望をもてなくなる」という説明は、ひきこもりの持続要因に過ぎません。

この点について、評論家の岡田斗司夫が、哲学者の内田樹との対談のなかでリアリティのある説明をしています。
いま、若い男子が一番嫌なことっていうのは、誰かにいいように利用されるっていうことなんですよ。利用されたり、いいようにされたり。

だから草食系になっちゃうのはなぜかというと、欲望というものを持ってしまったり、それが他人にばれたら、巧みに利用されてしまうと思っているから。

欲望を逆手にとって操られるのが怖いから、欲望に背を向けようとしているんですね。欲望というのを意識したくないし、できれば持ちたくない。

そうすると女の子のほうはイライラしてくる。欲望あるでしょ、と。
他者と接触しなくなった結果、欲望をもたなくなるその前に、積極的に欲望から背を向けているというわけです。

これは、欲望を見透かされた瞬間に負けが決定するゲームがあちこちで展開されていて、ストレートに欲望を表に出してしまうひとはカモにされるルールが存在している状況では、とても合理的な行動と言えます。

たとえば、ひきこもりがちだった自閉スペクトラム症をもつひとが、なまじソーシャルスキルを身につけて社会に出てしまったがゆえに、詐欺にひっかかってしまう悲劇はめずらしくありません。


[理想の自分]ー[現在の自分]=[利益]

日本は世界的には豊かな国なのに幸福度が低いようです。これは、自分よりもキラキラ幸福なひとがメディアに露出していることが一因です。上をみあげることで欲望に火がともされて、今の自分に満足することができずに、夢・やりがい・自己実現を求めてしまうようになります。

そして、欲望を達成した[理想の自分]と[現在の自分]の「差分」が、かけはなれていればいるほど大きな利益を発生させることができる仕組みがあちこちに存在しています。

美容・健康・ダイエット・ギャンブル・アイドル・SNS・自己啓発・やりがい搾取・情報商材・スピリチュアル、などなど。さまざまな産業がそんな欲望に狙いをさだめています。いったん欲望に火をともすことさえできればあとは勝手に利益を生み出すことができます。

さらに、それを持続可能にするシステムとして消費者金融が機能しています。闇金ウシジマくんの世界です。



うっかり欲望をもってしまったがゆえの「代償」はウシジマくんによってキッチリと回収されます。[理想の自分]から[現在の自分]へ反転する瞬間のカタルシスに向かって物語は進行します。

  

手を差しのべておいて出しぬく

そして極めつけがコレです。肥大した欲望のせいでお金を巻き上げられてスッカラカンになるだけならまだしも、「手を差しのべておいて出しぬく」裏切り行為には耐えがたいものがあります。

その昔、精神病理学では、分裂気質/シゾイド性格のひとに対してコレをやると、統合失調症を発症してしまう説が素朴に信じられていました。

でも冷静に考えれば、シゾイド性格でなくてもコレをやられたらメンタルやられることくらい誰でもわかることです。

例えば、曲がったことが大嫌いで原理原則にこだわる自閉スペクトラム症/ASDのひともたいそう深く傷つくことでしょう。

また、PTSDが長引く原因のほとんどがコレだったりします。大災害そのものよりも裏切り行為の方がひとを深く傷つけます。

依存症の原因にもなるでしょう。裏切られて傷ついてポッカリあいた穴を埋めるためです。アルコールとか薬物は、そのような経験を一時的に忘れさせてくれるからです。


まとめ

というわけで、肥大した欲望を抱いていることが他人にバレてしまうことはリスクになることがあります。ゆえに、ひきこもりのメリットその3は「欲望を他人に利用されない」です。得るものは減ってしまいますが、失うものがなくなるのでとりあえず安心です。

ひきこもりのメリットその2「働かなくてもいい」


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ひきこもりのメリットを考えてみようというわけで、前回はひきこもりのメリットその1を紹介しました。


ひきこもることで闘争を避けるようになることは犯罪率の低下に関係しているかもしれません。それは結構なことかもしれませんが、ひきこもりが自殺の原因になっている可能性があったりするのは問題です。


自殺率と失業率の密接な関係

自殺者と失業者は同じように推移しています。つまり、無職のひとは自殺しやすいのです。あるいは、職場は福祉の機能を担っているのです。

バブル崩壊後から自殺者数が増加の一途をたどり、一時期は年間3万人を超えて高止まりを続けて大騒ぎになりました。自殺対策の予算がたくさんおりて、僕も学校で自殺対策の授業を頼まれてやったりしてました。

ところが結局、2010年代から失業者が減ってくると自殺者も減ったわけです。失業者減少の原因は、金融政策の効果とか人口動態の変化とか諸説あります。ともかく、失業者を減らすことは自殺対策に効果的であることは明白です。

男女別で見てみると、
【男女別】実業率と自殺率の関係
女性は失業率と自殺率が相関していませんが、男性は驚くほど相関しています。つまり、「無職の男性は生きる価値がない」という世間からのプレッシャーがすさまじいことがわかります。

はたして、汗水たらして働いていない男性は生きる価値がないのでしょうか?

もちろん、そんなことはありません。


トマ・ピケティの「r>g」

フランスの経済学者トマ・ピケティの「21世紀の資本」は150万部を超えるベストセラーになりました。
21世紀の資本
トマ・ピケティ
みすず書房



古今東西膨大なデータを解析することで「r>g」という法則を実証しました。

r/資本収益率 所有する株や不動産から得られる利益
g/経済成長率 労働による収益、働いて得られる給料

汗水たらして働くよりも、株や不動産を持つことで配当や家賃をゲットしているひとの方が儲かっていることは、これまでもみんなうすうす気づいていましたが、ピケティさんが身もふたもなく実証してしまったのです。

なので「汗水たらして働くことが正しい」という価値観は必ずしも正しいわけではないということになります。

つまり「汗水たらして働いても幸せになれるとは限らない」し、「働くこと」はさまざまなリスクを抱えることでもあるわけです。



アンチ資本主義としての「働いたら負け」

賃上げデモ
r>gゆえに、賃金を上げることで富の再配分を促進させることはとても大切なことです。賃金上げろデモは正論であることに間違いありません。

しかし、賃金上げろデモよりもたったひとつの冴えたやりかたがコレ↓↓ まさに過激なパンクです。
働いたら負け
みんなが一斉にコレをやると資本主義システムが維持できなくなるので、お行儀よくデモをやってくれた方がよっぽど助かります。


非社会的行動としてのFIREムーブメント

関連する現象として、アメリカのミレニアル世代/1980年代〜2000年初頭生まれの若者たちを中心に静かなブームを巻き起こしてるFIREムーブメント。

FIRE/Financial Independence , Retire Early(経済的に自立して早く引退しよう)
FIREムーブメント
アリーとジョーはふたりとも教師。徹底した倹約と投資によって100万ドルの資産を築き、30代で仕事をリタイア。その後も年間支出2万ドルの倹約生活を続けながら気ままに暮らしています。

若いうちから贅沢せずに徹底的に倹約し、株や不動産など資産形成して不労所得を積み上げ、早期にリタイア。ナニゴトにもしばられずに自由気ままに生きていくスタイル。旅行したり、ブログやSNSで情報発信したり、趣味を楽しんだり。

社会との関係がタイトではなくルーズなわけです。このようなライフスタイルが支持されてきつつあるようです。

日本でも早期リタイアを達成したひとのブログがちょこちょこみられるようになっています。のぞいてみると、ひきこもり気質のひともけっこういるようです。

ひきこもりは、非行や犯罪などの「反社会的行動」と対照的に「非社会的行動」と呼ばれています。社会から背を向けて、社会と関係を結ぶことを拒否することです。

そうすると、早くから職場という社会から降りていくFIREムーブメントは、とてもうまくいっている非社会的行動といえなくもありません。


まとめ

「汗水たらして働かないヤツはダメだ」という価値観は自殺率を高めます。また、資本主義システムには矛盾があって「汗水たらして働いでも幸せなれるとは限らない」ので、職場という社会から降りていく生き方を選択することは合理的だったりします。

つまり、ひきこもりのメリットその2は「働かなくてもいい」ことです。

もちろん「働くこと」は富を手に入れるだけでなく、仲間と共に協力して大きな仕事を成し遂げることで達成感を得たり、自己実現を目指す手段でもあります。幸福度を高めるための重要な営みであることも確かです。

次回は、そのへんも含めつつ、ひきこもりのメリットその3「欲望を他人に利用されない」について考えていきます。

ひきこもりのメリットその1「闘争しなくてもいい」


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前回からの続きです。


今回は、ひきこもりのメリットについて具体的に考えていきます。


年間 288人 / 20,465人 

これは何の数字でしょうか?

正解は、日本における他殺者数/自殺者数です(厚生労働省 2017年人口動態統計より)。

日本は他殺に比べて圧倒的に自殺が多い国です。さらに他殺数はどんどん減少しています。

推移はこちら。
他殺と自殺の推移


殺人の動機=成熟の条件

一般的に、殺人の動機は「イロ・カネ・メンツ」といわれています。恋人やお金を奪われたり、メンツをつぶされたりすることでトラブルが生じて「ぶっ殺す!」ってなるのは想像に難くありません。

同時に「イロ・カネ・メンツ」は「成熟の条件」でもあります。成熟、つまり「オトナ」になるための条件。

自分でお金を稼いで経済的に自立して、パートナーをゲットして結婚して、社会的な役割を果たして評判を得ることができるひとのことを、世間は「立派なオトナ」と呼んでいます。

なぜ、成熟の条件が殺人の動機になるかと言うと、「イロ・カネ・メンツ」は特定のひとに集中して極端にかたよってしまうというやっかいな性質があって、熾烈な競争が生まれるからです。

成熟と闘争

「イロ・カネ・メンツ」には平等なんてありえません。身長や体重のように穏やかな正規分布にすらなりません。100倍身長の高いひとはいませんが、100倍年収の高いひとはゴロゴロいます。

それは、べき乗分布のごとく過激なカーブを描きます。
べき乗分布
めちゃくちゃモテるひと・めちゃくちゃ金持ちなひと・めちゃくちゃ評判のいいひとはごくひと握り。大多数のひとは、モテないし・お金がないし・評判がよくありません。

なので、モテるため・大金を手に入れるため・評判を上げるためには、闘争して勝って頭ひとつ飛びぬけなければいけません。リスクはあるけどワンチャンあるかも!というわけです。

受験も恋愛も就職も完全なる競争です。勝つことなしに「イロ・カネ・メンツ」をゲットできるほど世の中は甘くありません。

こんなことをいうと不機嫌になるひとがいるのですが、そうなっているのだから仕方がありません。

競争を毛嫌いするひとの真逆に、競争を極端に賛美するひとがいて2極化がはなはだしいのですが、どちらの立場とも現状をリアルにとらえられません。

マクロのレベルで考えてみると、生物の世界が弱肉強食なのかといえば全くそうではないからです。


絶滅寸前のトラ/はびこるネズミ

生物の世界は「弱肉強食」と考えられがちですが、正しくは「適者生存」です。強いものではなく環境に適したものが生き残ります。

強い生物はしばしば絶滅危惧種で、アジア最強のトラは3000頭あまりに減少しているそうです。一方で、トラよりも圧倒的に弱いネズミはうじゃうじゃと世界中にはびこっています。

そこそこ「か弱い」人間は、社会インフラをつくることで環境自体を変えるようになりました。それによって、成熟できない・自分のチカラでは生き延びられない・「か弱い」個体でも生存可能にする戦略をとって繁栄することができました。

ある環境において「か弱い」という形質/特性が、別の環境においては逆に「強み」になることはめずらしくありません。

人間は、多様な形質/特性を社会に抱えることによって、さらに多様な環境に適応できるようになりました。今風にいうとダイバーシティを推進してイノベーションを起こそう!ってノリを地でいってたわけです。

こうして、個体レベルでは局所的に闘争することはあるものの、種のレベルでは協調が行われています。


社会インフラの成熟と個人の成熟は反比例する

成熟できない・ひとりでは生き残れない・「か弱い」個体をどれだけ保護できるかは、社会インフラがどのくらい成熟しているかに比例します。

戦後の焼け野原、社会インフラがボロボロだった時代は、成熟できないことは死に直結していたでしょう。個体が成熟することが強く求められていたので、団塊世代は強くたくましく育成されました。

現代の日本は世界的にみても社会インフラが非常に発達しています。交通網と通信網が張り巡らされ、欲しいモノや情報やサービスがすぐ手に入ります。

成熟できない・ひとりでは生き残れない・「か弱い」ひとでも、さまざまなリソースを利用することによって快適に生活することができるようになっています。

いったんそんな社会ができあがると、ムリして成熟しなくても生きていくことができようになります。リスクある闘争を避けてひきこもり、成熟しない戦略をとる個体が増えることはとても合理的なことです。

誰しも闘争なんてしたくはありません。平和がイチバン。闘争せずに生きていけるならそれに越したことはありません。

つまり「ひきこもり」のメリットは「闘争しなくてもいい」ことです。


少年犯罪は増えているのか?

若者の〇〇離れ、草食化が進んでいるといわれる一方で、少年犯罪がセンセーショナルにとりあげられて親の不安をあおったりします。

ひきこもりの状態になったお子さんを持つ親から「将来うちの子は事件を起こしたりしませんか?」と質問されることはめずらしくありません。

実際に統計を調べてみると、、、

少年犯罪の推移
出典:少年犯罪データベースより作成
10歳以上20歳未満の少年人口10万人当たりの少年刑法犯検挙人員の比率

このように、少年犯罪は減少傾向にあります。ちなみに、強くたくましい団塊世代の犯罪率が異常に高かったことがよくわかります。

もっとマクロな視点で、全人類史を通して全世界的にみても、殺人は減少しているようです。進化心理学者スティーブン・ピンカーは、膨大なデータを精査してそれを実証しました。先史時代から現代にかけて全世界における戦争で死亡した人の割合を並べた壮大なグラフがこちら。
暴力の人類史_戦争により死亡する人の割合

ひきこもることで闘争しなくてもよくなることはメリットなのですが、自殺のリスクが高まってしまうことは大問題です。

次回は、就労と自殺の問題を考えていきます。


ひきこもりのメリットを考えてみよう


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あけましておめでとうございます。さてさて、精神科のクリニックのなかではめずらしく訪問診療をやっていたり児童思春期のケースに関わっている関係上、ひきこもりの支援方法について尋ねられることが多かったりするのでまとめていきます。

一般的に、ひきこもって社会に背を向けることは悪いことであるとされているので「将来、ひきこもりになってしまったらどうしよう」という悩んでいるひとはとてもたくさんいます。

ここは視点を変えて考えてみる必要があります。ひきこもりの問題を考える上でまず重要なのは、ひきこもりのメリットについて考えることです。それによってひきこもりについての理解が深まります。

まずは、ひきこもりの定義から確認していきます。


ひきこもりの定義

ザックリ説明すると、

①就学・就労をしていない
②人間関係がない
③その状態が長期間持続している

つまり、友だちのいないニートです。
①だけならいわゆるニートですが、親のお金を使って友だちと楽しく遊んでいる場合は問題にはなりません。むしろ、就学や就労というイス取りゲームにおいて、他の誰かにイスをゆずって親世代の資産を社会へ循環させているので、社会貢献しているとも言えなくもありません。

問題になるのは、友だちがいなくて、家族とも険悪で、ほとんど人間関係がなくなってしまったケースです。人間は社会的な生物なので、人間関係が長期間ない状態が続くと悪影響がでてくるのは想像しやすいかと思います。まして、人間関係を広げていく青年期であればなおさらです。

ひきこもりは精神医学的にも、発達障害とくにグレーゾーンの問題が背景にあったり、
うつや不安の問題が生じたり、身体的にも影響があったりと、密接に関連しています。


このように、ひきこもりのデメリットについてはなにかと指摘されているのですが、メリットはなかなか語られません。


ひきこもり支援で必要な「ためらい」

ためらい

なぜわざわざひきこもりのメリットを考えないといけないかと言うと、ひきこもり支援に必要な「ためらい」が生じるからです。

ひきこもりの状態になっているひとは、基本的にプライベート空間にこもって他人との関わりを拒否しています。支援なんて大きなお世話。誰であろうと他人のプライベート空間に踏み込むことはとても難しいわけです。

世の中には、ひきこもりのひとを強引に施設に入所させて無理やり更生させようとするハードボイルドな業者があります。部分的に有効なこともあるのでしょうが、あちこちでトラブルが続出しているようです。彼らは自分たちがやっていることは絶対的に正しいと信じていて「ためらい」がないからでしょう。

「ためらい」のない人は、決断は早いんだけれどブレーキがきかなくてエスカレートしてしまいがちです。

逆に、そのような業者を全否定して批判することに精を出すひとも「ためらい」がなくて逆方向にエスカレートしがちです。ひきこもりのひとがどうなっていてもプライベート空間には絶対に踏み込んではいけない、と考えることは度が過ぎていて現実的ではありません。

というわけで、ためらいながらも介入するチャンスを「待つ」という微妙なバランス感覚が必要になるわけです。


どうしても踏み込まないといけないとき

ひきこもりによって二次的にメンタルヘルスの問題が生じる場合はありますが、ひきこもりそのものは精神疾患ではありません。

ですが、まぎらわしいことに精神疾患が原因で「ひきこもり」の状態になることがあります。

なので、その場合はまず精神疾患の治療にとりかからなくてはいけません。特に、重いうつ病や統合失調症で精神状態が悪化して食事もとれない状態になってしまっていたり、自殺のリスクがあるケースはのんびり支援している場合ではないので積極的に踏み込んでいく必要があります。

そのへんの判断は経験を積んだ精神科医でないと難しいので、一度相談しておくことをおすすめします。


前置きが長くなってしまいました。次からはより具体的に「ひきこもりのメリット」を考えていきたいと思います。

 
 
 

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