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精神科医療におけるノーマライゼーション

日本の精神科医療は患者さんを長期間入院させすぎだと批判されてきたので、「病院から地域へ」をスローガンに改革がすすめられてきました。患者さんたちが地域に溶けこんで共に生活することを目指す、いわゆる「ノーマライゼーション」。これはもう、誰がどう考えても目指していくべき正しい方向なので、誰も反対することはできません。

しかし、これって実は建前であって、本音はちっともノーマライゼーションなんて受け入れられてないんじゃないかと思うわけです。みんな口には出さないけど本音はそんなのイヤだと思っているのではないかと。

なぜそう思うのかというと、たとえば精神科病院へ強制入院が激増しているからです。


本当にノーマライゼーションが達成されていれば強制入院は減っていくはずです。どうやら精神科領域では、建前としての「ノーマライゼーション」は進んでいるように思われていますが、実質的なノーマライゼーションはあまり進んでいないようです。

いや、もちろん建前ではなくて本気で真剣に患者さんと共に生活することを実践されている素晴らしい援助者が活躍されていて、とても尊敬しているのですが、めったにお目にかかれません。


リベラルな精神科医ほど患者を選ぶ?

ぼくの経験上ほとんどの場合、ノーマライゼーションを声高に主張する「リベラル」なひとたちにはある種の共通点があって、それは「都合のいい患者さんを選ぶ」つまり「お行儀のよい患者さんしか相手にしない」そして「やっかいな患者さんにはけっこう冷たい」という特徴です。

言うまでもなく、精神障害をもつひとのなかにもいろんなタイプがいて、性格の良いひともいれば悪いひともいます。お行儀のよいひともいればややこしいひともいるわけです。というか、病状が悪くて余裕のない患者さんほどややこしくなってしまうことがあるわけです。

たとえば、精神科医療で患者さんを在宅でサポートするACTというシステムがあります。
※ ACT/Assertive Community Treatment/包括型地域生活支援

精神障害をもつひとたちが入院治療にたよることなく、地域で暮らせるように多職種の医療チームが訪問してサポートするという、まさにノーマライゼーションの最前線です。昔からACTには興味があったので、京都でACTを実践しているACT-Kの高木俊介先生と関係者のひとからお話をうかがったことがあります。

横文字でカッコよく“ACT”というからには特殊なことをやっているのかなと思っていたのですが、お話を聞くかぎりでは一般的な訪問診療や訪問看護と実質的にはなんら違いはありませんでした。ただ、"ACT"を名乗るためにはどこかの団体に年会費を払わないといけないだけみたいです。

ACTは本来さまざまな職種でチームをつくるはずですが、ACT-Kは医師と看護師だけでやっているようです。以前は精神保健福祉士も関わっていたようですが、診療報酬がつかないためか、みんな退職されているそうです。


人格障害のひと、お断り

ACT-Kには「人格障害のひとはお断り」というルールがあります。これは代表である高木先生から直接うかがったので、ACT-Kの方針なのでしょう。

人格障害とは、一般社会で期待される規範と異なる思考、知覚、反応、対人関係のパターンが人生の早い段階から比較的安定してみられるひとに対して用いられる用語です。つまり、いわゆる「ややこしいひと」のことです。

人格障害は精神科の正式な診断名なのですが、ぼくは「人格障害」という診断名はあえて使用しないようにしています。というのも、最近の精神疾患の特徴として、重症で典型的なケースが減っている一方、軽症で微妙なケースが増えているからです。山が低くなって裾野がひろがっているイメージです。

つまり、はっきりと人格障害と他の精神疾患をわけることが難しいし、人格障害と他の精神疾患はオーバーラップすることも多くて、統合失調症や双極性障害や発達障害をもっているひとのなかには、病気の経過が悪いときに人格障害のような症状がみられることもあったりするからです。つまり渾然一体としているのです。おまけに、人格障害と診断したところであまり有効な治療方法があるわけではありません。なので、人格障害と診断することに治療上のメリットはほとんどないので、戦略的に他の精神疾患を想定して治療するべきだと思うわけです。


リベラルっぽい精神科医の矛盾

ACT-Kをやっている高木先生は精神科病院の強制入院や長期入院を批判し、「病院から地域へ」というノーマライゼーションの理念を最前線で実践していることになっているからこそ尊敬を集めているのですが、そもそも人格障害のひとを排除することは明らかにノーマライゼーションの理念に反しています。

ACTをノーマライゼーションの実践ではなく、お金もうけの手段として考えるなら、人格障害などややこしいひとを相手にしない方が効率が良いので、合理的な判断をくだしていると考えることも可能ですが。。。

ちなみに、高木先生はクラフトビールを製造する会社を経営されていて、いまは精神科医療よりもそっちの方が楽しいみたいです。患者さんをスタッフとして雇用しているという噂があったので確かめてみたら、健常者だけで運営しているごくフツーの会社でした。

高木先生はもうだいぶご高齢なので医療の知識はほとんどアップデートされていないみたいで、医療に関する興味深い話はまったく聞けませんでしたが、ビールのマーケティングを語るときはとてもイキイキして饒舌になっている姿がとても印象的でした。

本業をなかば引退してビールづくりに精を出すのって、お金もってる俗物の道楽によくあるパターンで全然リベラルっぽくなくて、むしろ真逆だなあと感じました。おまけにそのビール、とりあえず飲んでみたけど、あんまり美味しくないのにやたら高価なんですよね。。。

これなら、一般の精神科病院でややこしい患者さんを引き受けて地道に苦労している勤務医の方がよっぽどノーマライゼーションに貢献しているのではないかと思う今日この頃です。

長くなったので、次回に続きます。