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とある団塊世代の児童精神科医

ぼくは精神科医になったときから児童精神科領域に興味があったので、有名な児童精神科医の話を聴きに行ったりしていました。たまたまなのか、団塊世代とその周辺の児童精神科医がよく目立っていたので何人か観察していました。

その結果、独断と偏見で申しわけないのですが、団塊世代の児童精神科医の特徴が3つほどあって、、、
  1. あつかましくてあつくるしい
  2. うさんくさくてカルトっぽい
  3. 思いこみがはげしくてロジカルじゃない
たまたまぼくの行動範囲にそんなひとが多かっただけだと思うのですが、そんなわけで当時のぼくは児童精神科領域から距離をとろうかな、と思うようになったりしていました。

そんな中、ひときわ異彩を放っていたのが滝川一廣先生でした。

滝川先生は団塊世代ど真ん中なのにとても聡明だったので興味をもちました。最初の印象は、声が小さくてナニしゃべってるのかわからないひとでしたが、よくよく耳をすまして聴いてみると、シャープでロジカルかつ独創的な発想をもったひとだったので、著作を読み漁るようになっていました。

児童思春期の臨床に携わるようになってはじめのうちはよく参照しながら取り組んでいました。それから10年ほど経て、自分なりのスタイルで診療をするようになってからはあまり参照することもなくなっていましたが、いつも頭の片隅には残っていたように思います。

ある研究会で滝川先生とちょこちょこお話させていただくようになって、「子どものための精神医学」を献本いただいたので、感想をまとめてみようと思います。

ほぼ10年ぶりに滝川先生の著作を読んでみて、とてもなつかしくなりました。とにかく、これは児童精神科臨床の到達点のひとつであり金字塔です。

とても素晴らしい本なので批判するひとは誰もいないと思いますが、よりいっそう理解を深めるために、ここはあえて批判的な読み方をしてみたいと思います。

滝川先生は団塊世代の児童精神科医としてはおそらく最も優秀なひとなので、団塊世代の児童精神科医が枠組みにしているパラダイムをロジカルにまとめることができています。

それはとても素晴らしいことなのですが、それゆえにそのパラダイムにとらわれてしまっているのではないか、という批判が可能になります。


本書の構成 

かわいらしい表紙に油断してはいけません。読みやすい文体で書かれているものの、かなり読み応えのある専門的な教科書です。450ページの厚みのある本で、以下のように4部構成になっています。
第1部 はじめに知っておきたいこと 
第2部 育つ側のむずかしさ 
第3部 育てる側のむずかしさ 
第4部 社会に出てゆくむずかしさ 
第1部は「理論編」で、発達に関する知識や学説の歴史について考古学的にまとめられています。このへんの古いパラダイムについてまとめることができる優秀な書き手はもうあまり残っていないので、資料としてとても貴重だと思いました。

第2・3・4部は「実践編」で、おもに発達障害の「むずかしさ」について書かれています。発達障害をもつ個人・とりまく家族・そして社会、それぞれのレベルで「むずかしさ」についてとりあげています。

医学書なので当然といえば当然なのですが、ざっくりいうと悲観論からのパターナリズムです。

つまり、発達障害をもつ個人はとても苦労するし、家族もつらい状況に追い込まれるし、社会に出ていくことはとてもむずかしいことなので、専門家の支援が必要である、という流れになりがちです。

まだ発達障害の概念が浸透していなかった時代には重要な考え方であることに間違いありあません。ですが、発達障害の概念が浸透してむしろ過剰診断や過剰処遇が問題となりつつある現在においてもなお妥当かどうか、検討の余地があります。

とくに発達障害は正常から重症までなめらかに連続する概念なので、悲観的な視点にかたよることは本人のもっている能力を過小評価したり可能性を狭めてしまうことになることがあるので要注意です。

また、「昔は良かった」けれども現代社会の変化によって発達障害をもつひとが苦しむようになった、というノスタルジックな説明がよく目につきます。

はたして本当に、昔の社会は発達障害をもつひとにとって幸せな社会だったのでしょうか?もしもそうだったとしたら、その代わりに不幸になっていたひとたちはどんなひとたちなのでしょうか?

これからいろいろ考えてみたいと思います。